表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/105

一生分の願いと

 お正月も三が日をすぎると、神社の境内は閑散とする。

 三が日の期間、参道の両側に並んでいた露店や屋台も、すでにあらかた撤去され、広々とした参道を歩いているのは、私と中島君だけ。

 中島君は、お母さんの実家の方へ帰省していて、昨日の夜、帰ってきた。だから、今日は二人で参拝にくることにした。

 私にとっては今年の初詣で。中島君はどうなんだろう?

 むこうで、初詣で済ませて来たのかな?

 たぶん、そうだと思う。

 でも、それでもいいの。わざわざ私の初詣でに一緒に付き合ってくれるのだから。


 江戸時代に立てられたと伝えられている大きな門をくぐり、境内に入る。

 あちこちに梅や松が植えられており、年末に降ってまだ消え残っている雪が、その根元に溜まっている。

「寒いね」

「うん、こっちは冷えるね」

「向こうはあたたかかったの?」

「ああ、向こうの方は太平洋側で、毎日、晴れてたよ」

「そうなんだぁ~ いいなぁ~」

 どんよりと曇っている空を見上げる。曇り空、年末からずっとだ。

「でも、風がすげー冷たいんだ。すげー吹いてるし」

「乾燥してるんだよね」

「そうそう、外出ると、すぐに頬とかカピカピだよ」

「ふふふ」

 男の子の口から、頬がカピカピとかいう言葉を聞くなんて。ちょっと新鮮。


 私たちは、拝殿の前に立ち、100円玉を財布から取り出して、賽銭箱に投げ込んだ。

――チャラン、チャリーン

 乾いた音を立てて、硬貨が賽銭箱の中へ。

 それから、上からぶら下がっている太い縄を振って鈴をカラコロと鳴らす。

 まず、二礼して、かしわ手をチョンチョンと打つ。

――どうか、ダイエットが成功しますように、学校の成績が今年こそは上がりますように。部活で全国大会に出られますように。胸がもうすこし大きくなりますように。背が伸びますように。中島君といつまででもラブラブでいられますように。中島君が、私のことをずっと好きでいてくれますように。

 思いつくままに、心の中で、いろいろなことを次から次へ神様にお願いする。

 う~ん・・・・・・

 こんなにお願いするのだったら、100円じゃ少なかったかしら?

 横目で見ていると、隣で同じように100円玉を賽銭箱に投げ込んだ中島君。力強く二拝二拍して、辺りに響く大声をだした。

「去年は、ありがとうございました」

 ・・・・・・それだけ。

 中島君、一礼すると、さっさと拝殿の前から離れていった。

 えっと? 中島君、なにもお願いごとしないの?

 あ、そうか。お母さんの実家の方で、初詣でしてきて、あっちの神様にお願いしたから、もういいのかな?

 ともかく、そろそろお願い事を切り上げて、私も中島君のもとへ。

「お待たせ」

「ああ、たくさん、お願いごとできた?」

「うん。いっぱいしちゃった」

「そっか。全部かなうといいな」

「そうだね。かなうといいな」

 二人して、微笑み交わす。

「中島君は、なにもお願いしなかったの?」

「え? ああ」

「あっ、そうか。きっと、あっちで初詣でしたときに、お願い事してきたんだよね?」

「ん? いや、俺、今年の初詣で、今だから。あっちで初詣でしてきてないよ。だから、お願い事もしてきてない」

 えっ!? ええ~!?

 衝撃の事実。でも、ちょっとうれしい。けど、それよりも、疑問の方が大きくて、

「えぇ~! じゃ、なんで、さっきお願い事しなかったの?」

「ああ、だって、神頼みは自分で努力しきった後、もうこれ以上、自分の力じゃどうしようもないときにするもんだろ?」

 きっぱりという。

 そんな基準でいったら、私が今してきたお願い事って・・・・・・

「それに、俺、去年、ここの神様と約束したし」

「えっ? どんな?」

「ん? ああ。俺の望みをかなえてくれたら、もう一生二度と、俺の願いをかなえてくれなくていいって」

 なんか、すごそうなお願い事。一体、どんな願いだったのだろう?

「へぇ~ すごいねぇ~ 一生分の願いと引きかえって、どんな願いだったの?」

 途端に、中島君、あたふた。そして、

「ふふふ、内緒」

「えぇ~! ずるーい! 教えてよぉ~!」

「ははは、ダーメ!」

「えぇ~」

「あはははは」

 屈託のない笑顔につい引き込まれて、私も口元がほころんでしまう。

「ふふふふふ」

「あははははは」

 でも、中島君の一生の願いをかけた望みってなんだったのだろう?

 気になるぅ~!


 参拝を終えて、私たちは社務所の方へ移動する。

 隅でおみくじの番号を引いて、巫女さんがヒマそうな顔して座っている窓口でおみくじを買った。

「私、小吉。中島君は?」

「ん? 俺? 俺は、ほら」

 見せてくれたものを見ると、中島君のも『小吉』

 なんか、二人とも微妙。でも、なんか、

「私たち、気が合うね」

「ああ、そうだな」

 同じ運勢だっていうだけで、なんだか、ほっこりする。

 二人して、近くのみくじ掛けにおみくじを結びつけた。


 さて、参拝も済ませたし、これからどうしようって、二人で相談していると、

「おっ、電気屋の息子やないか」

「あっ、神主さん、あけましておめでとうございます」

「ああ、あけましておめでとう」

 神主さんが近くを通りかかった。中島君を見ると、右手の中指と人差し指を絡めて、手首のスナップを利かせて動かす。

「親父さんに、また、そのうち一席ってな」

「あ、はい。父さんにも伝えておきます」

「ああ、よろしく」

 中島君のお父さんと、神主さんは、碁がたきだそうな。いつも、二人でお酒を酌み交わしながら、囲碁を打つ。もっとも中島君に言わせれば、二人ともヘタの横好きらしいけど。

 ふっと、神主さんの視線が隣に立つ私に移った。

 途端に、興味がわいたのか私の頭の天辺から、つま先までもジロジロ眺める。

 そして、ポンと手を叩き、盛大な笑顔でニヤリと笑う。

「そっか、そっか、そうか」

 途端に、中島君がバツの悪そうな顔をした。

 えっと、なんなのだろうか?

「そうか。なっ、うちの神様、前に教えた通り霊験あらたかだったろう? 去年、わしの言ったとおり、神様にお願いして正解だったろう?」

 中島君、照れくさそうに、横をむいて、頬を掻く。そして、急に私に向かって、

「行こう。駅前でお茶してこよう」

「えっ? あっ、うん・・・・・・?」

 なんだろう、急に? これ以上、私に話を聞かせたくないのかしら?

 神主さん、そんな中島君をニヤニヤ顔で見つめる。

「ああ、そうしてこい。そうしてこい」

「それじゃ、神主さん、さよなら」

「うむ。じゃな。親父さんによろしくな」

「はい」

「うんうん、そっか、そっか」

 なぜか、一人でうんうんうなずきながら、神主さんはその場を離れていった。


 中島君、私の手を強く握って、引っ張って、参道を急ぐ。

「あっ、待ってよ。転んじゃうよ」

 私の声が聞こえていないのか、無視して、どんどん先を進む。中島君、さっきからブツブツつぶやいていた。

――ったく! クソ神主め! 囲碁キチめ!

 急いでいるせいか、他の理由でか、耳まで顔を真っ赤にして。

 私、そんな中島君を後ろから見ながら、胸が熱くなるのを感じていた。

 たぶん、きっと、中島君に強引に引っ張られているせいだからだよね? そうだよね?

 そして、たぶん、きっと、今、私の手を痛いぐらいに掴んでいる温かくて大きな男の子の手を、私は一生忘れないのだろうな。このごつごつした手の感触を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ