一生分の願いと
お正月も三が日をすぎると、神社の境内は閑散とする。
三が日の期間、参道の両側に並んでいた露店や屋台も、すでにあらかた撤去され、広々とした参道を歩いているのは、私と中島君だけ。
中島君は、お母さんの実家の方へ帰省していて、昨日の夜、帰ってきた。だから、今日は二人で参拝にくることにした。
私にとっては今年の初詣で。中島君はどうなんだろう?
むこうで、初詣で済ませて来たのかな?
たぶん、そうだと思う。
でも、それでもいいの。わざわざ私の初詣でに一緒に付き合ってくれるのだから。
江戸時代に立てられたと伝えられている大きな門をくぐり、境内に入る。
あちこちに梅や松が植えられており、年末に降ってまだ消え残っている雪が、その根元に溜まっている。
「寒いね」
「うん、こっちは冷えるね」
「向こうはあたたかかったの?」
「ああ、向こうの方は太平洋側で、毎日、晴れてたよ」
「そうなんだぁ~ いいなぁ~」
どんよりと曇っている空を見上げる。曇り空、年末からずっとだ。
「でも、風がすげー冷たいんだ。すげー吹いてるし」
「乾燥してるんだよね」
「そうそう、外出ると、すぐに頬とかカピカピだよ」
「ふふふ」
男の子の口から、頬がカピカピとかいう言葉を聞くなんて。ちょっと新鮮。
私たちは、拝殿の前に立ち、100円玉を財布から取り出して、賽銭箱に投げ込んだ。
――チャラン、チャリーン
乾いた音を立てて、硬貨が賽銭箱の中へ。
それから、上からぶら下がっている太い縄を振って鈴をカラコロと鳴らす。
まず、二礼して、かしわ手をチョンチョンと打つ。
――どうか、ダイエットが成功しますように、学校の成績が今年こそは上がりますように。部活で全国大会に出られますように。胸がもうすこし大きくなりますように。背が伸びますように。中島君といつまででもラブラブでいられますように。中島君が、私のことをずっと好きでいてくれますように。
思いつくままに、心の中で、いろいろなことを次から次へ神様にお願いする。
う~ん・・・・・・
こんなにお願いするのだったら、100円じゃ少なかったかしら?
横目で見ていると、隣で同じように100円玉を賽銭箱に投げ込んだ中島君。力強く二拝二拍して、辺りに響く大声をだした。
「去年は、ありがとうございました」
・・・・・・それだけ。
中島君、一礼すると、さっさと拝殿の前から離れていった。
えっと? 中島君、なにもお願いごとしないの?
あ、そうか。お母さんの実家の方で、初詣でしてきて、あっちの神様にお願いしたから、もういいのかな?
ともかく、そろそろお願い事を切り上げて、私も中島君のもとへ。
「お待たせ」
「ああ、たくさん、お願いごとできた?」
「うん。いっぱいしちゃった」
「そっか。全部かなうといいな」
「そうだね。かなうといいな」
二人して、微笑み交わす。
「中島君は、なにもお願いしなかったの?」
「え? ああ」
「あっ、そうか。きっと、あっちで初詣でしたときに、お願い事してきたんだよね?」
「ん? いや、俺、今年の初詣で、今だから。あっちで初詣でしてきてないよ。だから、お願い事もしてきてない」
えっ!? ええ~!?
衝撃の事実。でも、ちょっとうれしい。けど、それよりも、疑問の方が大きくて、
「えぇ~! じゃ、なんで、さっきお願い事しなかったの?」
「ああ、だって、神頼みは自分で努力しきった後、もうこれ以上、自分の力じゃどうしようもないときにするもんだろ?」
きっぱりという。
そんな基準でいったら、私が今してきたお願い事って・・・・・・
「それに、俺、去年、ここの神様と約束したし」
「えっ? どんな?」
「ん? ああ。俺の望みをかなえてくれたら、もう一生二度と、俺の願いをかなえてくれなくていいって」
なんか、すごそうなお願い事。一体、どんな願いだったのだろう?
「へぇ~ すごいねぇ~ 一生分の願いと引きかえって、どんな願いだったの?」
途端に、中島君、あたふた。そして、
「ふふふ、内緒」
「えぇ~! ずるーい! 教えてよぉ~!」
「ははは、ダーメ!」
「えぇ~」
「あはははは」
屈託のない笑顔につい引き込まれて、私も口元がほころんでしまう。
「ふふふふふ」
「あははははは」
でも、中島君の一生の願いをかけた望みってなんだったのだろう?
気になるぅ~!
参拝を終えて、私たちは社務所の方へ移動する。
隅でおみくじの番号を引いて、巫女さんがヒマそうな顔して座っている窓口でおみくじを買った。
「私、小吉。中島君は?」
「ん? 俺? 俺は、ほら」
見せてくれたものを見ると、中島君のも『小吉』
なんか、二人とも微妙。でも、なんか、
「私たち、気が合うね」
「ああ、そうだな」
同じ運勢だっていうだけで、なんだか、ほっこりする。
二人して、近くのみくじ掛けにおみくじを結びつけた。
さて、参拝も済ませたし、これからどうしようって、二人で相談していると、
「おっ、電気屋の息子やないか」
「あっ、神主さん、あけましておめでとうございます」
「ああ、あけましておめでとう」
神主さんが近くを通りかかった。中島君を見ると、右手の中指と人差し指を絡めて、手首のスナップを利かせて動かす。
「親父さんに、また、そのうち一席ってな」
「あ、はい。父さんにも伝えておきます」
「ああ、よろしく」
中島君のお父さんと、神主さんは、碁がたきだそうな。いつも、二人でお酒を酌み交わしながら、囲碁を打つ。もっとも中島君に言わせれば、二人ともヘタの横好きらしいけど。
ふっと、神主さんの視線が隣に立つ私に移った。
途端に、興味がわいたのか私の頭の天辺から、つま先までもジロジロ眺める。
そして、ポンと手を叩き、盛大な笑顔でニヤリと笑う。
「そっか、そっか、そうか」
途端に、中島君がバツの悪そうな顔をした。
えっと、なんなのだろうか?
「そうか。なっ、うちの神様、前に教えた通り霊験あらたかだったろう? 去年、わしの言ったとおり、神様にお願いして正解だったろう?」
中島君、照れくさそうに、横をむいて、頬を掻く。そして、急に私に向かって、
「行こう。駅前でお茶してこよう」
「えっ? あっ、うん・・・・・・?」
なんだろう、急に? これ以上、私に話を聞かせたくないのかしら?
神主さん、そんな中島君をニヤニヤ顔で見つめる。
「ああ、そうしてこい。そうしてこい」
「それじゃ、神主さん、さよなら」
「うむ。じゃな。親父さんによろしくな」
「はい」
「うんうん、そっか、そっか」
なぜか、一人でうんうんうなずきながら、神主さんはその場を離れていった。
中島君、私の手を強く握って、引っ張って、参道を急ぐ。
「あっ、待ってよ。転んじゃうよ」
私の声が聞こえていないのか、無視して、どんどん先を進む。中島君、さっきからブツブツつぶやいていた。
――ったく! クソ神主め! 囲碁キチめ!
急いでいるせいか、他の理由でか、耳まで顔を真っ赤にして。
私、そんな中島君を後ろから見ながら、胸が熱くなるのを感じていた。
たぶん、きっと、中島君に強引に引っ張られているせいだからだよね? そうだよね?
そして、たぶん、きっと、今、私の手を痛いぐらいに掴んでいる温かくて大きな男の子の手を、私は一生忘れないのだろうな。このごつごつした手の感触を。