梅が枝
今年の初詣で、振袖姿の遥たちと一緒。
って、この女の子3人組での初詣でって、もう3年連続なんだけど。
高校入学からこっち、同級生たちの中には、彼氏ができて、先週のクリスマスを一緒にすごして、初詣でもって女子だって多いのに、なんで私たちには彼氏ができないのだろう?
ハァ~
思わず、ため息なんてついちゃった。その途端、背中をドンッと強い衝撃が!?
ゲホッ、ゴホッ!!
「な、なにすんのよ、美樹!」
「なに、正月からため息なんてついてるのよ! 縁起でもない!」
「そうよ、薫も、折角、かわいい格好しているんだから、こんなときぐらいビシッとしなきゃ!」
か、かわいい? 振袖着て、お化粧をしてきたのに。
きれいじゃなくて、かわいいんだ・・・・・・
私にもうちょっと背があれば、きっときれいだと言ってもらえるのだろうな。
また、ため息をこぼしそうになって、あわてて押さえる。
なんか、一瞬、美樹の瞳に『しまった! 獲物を逃した!』とでもいうような悔しそうな光が・・・・・・
ゾクッと震えちゃう。その眼、怖い。
「ほら、薫、美樹、本殿行くわよ! グズグズしてると、置いていっちゃうぞ!」
遥は一人で、先行っちゃうし・・・・・・
私たち3人は、参拝者の列に並び、本殿の前の賽銭箱に硬貨を放り込んで、鈴を鳴らし、かしわ手をうって、今年一年のお願いごとをした。
「美樹は、なにお願いしたの?」
「うんとね、今年一年健康でありますようにと、志望校に合格できますように」
「遥は?」
「私は、入試のことと、家内安全、商売繁盛、学業成就、交通安全、それに火の用心! それから、お父さんが禁煙してくれますようにと、ダイエットがうまくいきますように! えっと、それから・・・・・・」
まだあるんだ・・・・・・
遥、指折り数えて、えんえんと願い事をあげつづけた。
100円で、それだけ願われたんじゃ、神様なんてやってらんないね。
そんな遥を放っておいて、美樹が私に尋ねる。
「で、薫は?」
「えっ? 私? 背がもう少し伸びますように・・・・・・」
プッ! アハハハハ!
美樹、私の隣で、お腹を抱えて笑い出した。目尻に涙まで浮かべて。
フンッ! そんなに、爆笑することないじゃない!
恨みがましい眼でにらみつけるのだけど、
「薫は、ちっこいのが小学生みたいでかわいいのだし、背なんて伸びる必要ないわよ。ウフフフ」
だって、なんか傷つく!
私だって、好きで背が低いわけじゃない!
ただ、中学のときから全然身長が伸びなかっただけ。
毎日、ミルクも飲んできたし、背が伸びるって運動もしてきたのだけど、全然効果がなかった。
なんか、くやしぃ~!!
なかなか笑いがおさまらない美樹の横では、遥、まだお願い事、数え上げていた。
3人で、いつものように、おみくじを買って開ける。
遥は『大吉』、美樹は『中吉』
そういえば、去年も一昨年も、遥と美樹、『大吉』と『中吉』ばかりだったっけ。
私はというと・・・・・・
『凶』
え!? なんで?
「へぇ~ ここのおみくじ『凶』も入ってたんだねぇ~」
「そうね、私もはじめて見た」
二人とも、他人事だと思って、面白がって!
「ま、いいんじゃない? まだ、この下には『大凶』だってあるんだし」
「そうよね、まだまだ下には下があるから、大丈夫よ」
って、慰めになってないし・・・・・・
私、泣きそう。でも、ここでないたりしたら、また美樹の鉄拳制裁が。
ここは、ぐっと我慢我慢!
それから、私たち、境内の隅に移動して、梅の木や柵におみくじを結びつけることにした。
もうすでに、私の手の届く枝にも、柵にも、おみくじが鈴なり。結べる場所なんかどこにもない。
「薫は『凶』だったから、できるだけ高いところに結ぶと、厄払いになるわよ」
なんて、遥は簡単そうに言ってくれるけど、その高いところに、手なんて届かない。
あまりおみくじが結ばれていない高い枝に向かって、ピョンピョン飛び跳ねていると、美樹め!
「薫、なんなら、負ぶってあげようか?」
やめて! それだけはカンベン!
自分が、ちょっと背が高いからって!
私が、おみくじを結べずにグズグズしていると、遥、もう飽きてきたのか。
「薫、私、先屋台の方いってるね。たこ焼き買っといてあげる」
ってさっさと一人で行っちゃうし。美樹も、
「私は、少々お花を摘みに。ごめんあそばせ。オホホ」
だなんて、いなくなるし。
ホント、二人とも友達甲斐のない。
しばらくピョンピョン跳んでいて、疲れてきた。
ホント、なんで振袖って、こんなに動きづらいものなのかしら?
重たいし、動きが制限されるし。
疲れて跳ぶのをやめ、青空に向かって伸びる梅の枝を、恨みがましくにらんで立ち尽くしている。
梅の枝に呪詛の言葉を投げつけようとして、やめた。お正月なのに、縁起でもない!
それに、梅の木が別に悪いわけではない。私の背が低いのが一番の問題。
ムムム・・・・・・
と、不意に、その枝が下に下がってきた。
どんどんどんどん、下へ、私の方へ。
えっ!? なんで?
疑問には思ったけど、もう私の手に届く範囲。
慌てて、このチャンスに、おみくじを枝に結びつける。
「ねっ? 田村さん、ちゃんと結べた? もう、いい?」
男の子の声。私に話しかけている。
声のした方をむくと、同級生の有山君が枝を抑えて立っていた。
「あ、ありがとう」
「じゃ、放すよ」
その途端、勢いよく枝が跳ね上がった。
私のおみくじ、もう私の手の届かないところに。青空に映えて、冷たい風に吹かれてる。
「なんか、小学生が上の方の枝に跳び付こうと、跳ねてて」
グサッ! なんか傷つく!
「よく見たら、田村さんだったから」
そうなんだ。有山君って親切なんだね。困っている人見ると、助けないではいられないんだね。
ちょっと不機嫌。
「ね、その着物、きれいだね。田村さんに、よく似合ってるよ」
「え? あ、ありがとう」
どうせ、お人形さんみたいにかわいいとか、小学生がおめかししているみたいとか、だろうな。
「華やかで、品があるっていうか。田村さんの白い肌に映えて、きれいだね」
「・・・・・・?」
有山君、さっきから私のことうっとりと眺めてるけど、熱でもあるの?
私たち、並んで参道まで歩いてきた。
両側に屋台が並んでいる。
「ね? なにか食べたいものある? 俺、奢るよ」
「え? いいの?」
「ああ、好きなの言って」
「じゃ、わた飴」
途端に、有山君、
クスッ
「あ、今、小学生みたいって思ったでしょう! もう!」
「あ、ごめんごめん。でも、すごくかわいかったから」
「フンッだ!」
「ハハハ。じゃ、買ってくるわ。ここで待ってて」
有山君、私を置いて、近くの屋台へ走っていっちゃった。
その後姿を見送っていると、
「ほら、薫、たこ焼き。今の有山君?」
「へぇ~ 薫ったら、案外、隅に置けないんだ」
あ、そうだ、今日は遥たちと来てたのだっけ。
「なかなか、お似合いのカップルですなぁ~ ウンウン お姉さん、薫のこんな姿を見れて、うれしいよ」
「くぅ~ 私の薫姫にも、ついに春が」
あちゃ・・・・・ 頭痛くなりそう!
そこへ有山君戻ってきた。
「お待た・・・・・・せ?」
「おっ、有山少年、ご苦労! 薫のこと、これからもよろしくね」
遥、サッと有山君の握ってたわた飴とっていっちゃうし。
「あ・り・や・ま~!! 貴様、薫のこと、泣かせるようなことしたら、承知しないからな!」
美樹、指をポキポキ鳴らして迫るから、有山君、顔青ざめちゃってるよ。
機械みたいにウンウン首を上下に振ってる。
それから遥と美樹、二人してポンと私の背中を押して、帰って行っちゃった。
「な、なんなの?」
「さ、さぁ~?」
とまどって、びっくりして、そんな二人を立ち尽くして見送るだけ。
それから、ハッと二人で顔を見合わせた。眼があった。そして、ふきだした。
アハハハハ
ウフフフフ
二つの笑い声、雲ひとつなく晴れ渡った青空に吸い込まれていった。