今日のサンタさん
生徒会室のある旧校舎からグラウンドを挟んで建っている講堂・体育館の建物まで、新校舎A棟、B棟を抜けて、渡り廊下でつながっている。だから、雨が降っても濡れずに上履きのまま移動することができるのだ。
「えっと、料理代、飾りつけ等の経費、ツリーのレンタル代で・・・・・・」
さっきから私は、生徒会室の自分の机で電卓片手に金庫の中のお金を数えている。夕方から講堂の中で始まる生徒会主催のクリスマスパーティの出納を確かめているのだ。だけど・・・・・・
「おっかしいなぁ なんで、二千円足りないんだろう?」
そう、さっきから私を悩ませているのは、金庫の中のお金が帳簿に書かれている金額と合わないこと。
ことは他でもないお金の問題。厳格な管理が求められるから、いい加減なことはできない。
「おかしいなぁ」
すこし焦りを感じつつ、再び帳簿とにらめっこして電卓をたたき始める。
――ガラッ
突然、生徒会室のドアが開いた。
「あ、小林さん、まだいたの?」
「えっ? あ、うん。なんか計算が合わなくて」
「クリスマスパーティの?」
「そう」
「いくら?」
「二千円。二千円分どうしてもお金が足りないんだ」
「そっか・・・・・・」
クラスは隣の生徒会書記の西原くんは、大股に部屋の中へ入ってくると、自分の席に置いてあったカバンをつかみ、それから生徒会長の席へ移動して、会長の荷物を抱えた。それから、そのまま入口の方へ移動し、私に声をかけてくる。
「小林さんも、もうすぐパーティ始まるから、それ終わったら来てよ」
「あ、うん。分かった」
とは返事をしたものの、帳簿の帳尻が合わなくちゃ、会計責任者の立場上パーティに参加するってわけにはいかないわけで・・・・・・
何度計算し直しても、やっぱり二千円足りない。どうしてだろう?
最悪、私のポケットマネーから・・・・・・
って、折角のクリスマスだというのに、なんで私が損を被らなきゃいけないの・・・・・・
どこか納得のいかない気分で、これが最後と決めて、計算のやり直しを始めたのだけど、
――ガラッ
「あ、いたいた。小林さん、もうパーティ始まるよ。みんな集まってるよ」
「うん、分かってる。でも、どうしても計算が合わなくて」
「あ、そうだこれ、会長たちから。払い忘れてた会費だって」
そういって、ポケットから二千円を取り出してくる。
・・・・・・
そういえば、今朝会長たちにチケットを渡して、会費回収してなかった。パーティの準備でみんなバタバタしてたもんなぁ
いまさらながら、自分のうかつさに愕然としていたのだけど、
「どう、これで計算合った?」
身を乗り出すようにして、私の手元を眺めていた西原くんと近くで眼があって、どきっとしてしまう。
「う、うん」
「そっか。よかった。じゃあ、早くパーティ来なよ」
そうして、来客用のスリッパをパタパタいわせてサンタさんは笑顔で部屋を出ていった。
「えっ? なんで、入口カギかかってるのよっ!」
ガチャガチャA棟の入口ドアのノブを回しながら、そんな文句を言ってみるのだけど、それでどうなるってわけでもない。
私は今、上履きだし、私の靴がある昇降口はB棟。いつもなら、この時間でも生徒が行き来しているのでカギなんてかけないのに、今日は終業式。生徒たちのほとんどは一旦家に帰ったか、外へ出たので、いつもより早めにカギをかけたのだろう。
そんなことに気が付いたからといって、今は意味がないわけで。
このまま、渡り廊下から土の地面にでて、ぐるっとA棟を回って・・・・・・
思わず、足元の上履きに視線を落とす。泥だけになった私の上履きを想像して、悲しい気分になる。
でも、そうしないと、B棟にも、パーティの始まっている講堂にもたどり着けないし。
激しく逡巡し、そして、一度目を強くつむって、そして、覚悟を決めて・・・・・・
「あ、いたいた。まだ、こんなとこにいたんだ」
眼を開けると、渡り廊下のトタンの胸壁の上から身を乗り出すようにして、スニーカーを履いた西原くんがいた。
「ドアのカギかかってる」
「えっ? ああ、そっか。今日は終業式だけだったもんな」
すぐに事情を察したみたい。それから、
「そっか、じゃあ、運んでやるよ」
「えっ? でも・・・・・・」
運んでって、なにを? どうやって? もしかして、パーティ会場から、なにか料理や飲み物をここまで持ってきてくれるってこと?
西原くん、そばの胸壁の切れ目に移動して、私を手招き。
「えっと、おんぶと抱っこと担ぐのと肩車、どれがいい?」
「・・・・・・」
何言ってん、この人?
戸惑っていると、聞こえなかったと勘違いしたみたいで、もう一度同じことを、
「おんぶと抱っこと担ぐのと肩車、どれがいい?」
どうやら、本気のようだ。本気で私をそんな方法のどれかで講堂まで運んでいく気だ。
「えっ、えっ、えっ、ええっ!」
驚いて、返事ができずにいると、さっと近づくと、中腰になり、私のお腹に肩を当ててきて。
「よいしょっ」
素早く肩に担がれてしまった。
ええっ!
「な、なにすんのよっ!」
「ん? やっぱ、女の子だし抱っこの方がよかったか? お姫様抱っこみたいになっちゃうけど・・・・・」
悪びれた様子もなくそんなことを言ってくるわけで。
「ち、違うっ!」
「ああ、大丈夫大丈夫。小林さん、結構軽いから、これなら楽勝で運べるから」
って、そ、そんなことじゃなくてっ!
一瞬暴れようとしたのだけど、男の子の肩の上、結構高い。もしこのまま暴れて、落とされでもしたら怪我をしそう。そう思ったら、急に怖くなって、体を縮めて、じっとしているしかなくて。
気が付いたら、すでに講堂の入口にまで移動してた。
「はい、ついたよ」
すとんと下ろしてくれたのだけど、安心したら足に力が入らず、そのままへなへなとなってしまった。
「って、えっ? 大丈夫?」
西原くん、すごくオロオロして心配してくれているのが、ちょっとおかしい。
「だ、大丈夫? 怪我とかしてない?」
「う、うん」
「立てる?」
ホッとしたような笑顔で手を差し出してくれるのを取りながら、スカートについたホコリを払って立ち上がった。
私のすぐ後ろの閉まったドアからは大音量のクリスマスソングが流れてきている。
西原くんは、泥だらけのスニーカーを脱ぎ、隅の方に用意してあったスリッパを引き寄せて履き替えている。
その姿を眺めていたら、ちょっと悪戯心が働いて、さっきの仕返しとばかりに、
「ねぇ? さっきのサンタさんは、担いできた私を誰にプレゼントするつもりだったの?」
西原くん、驚いた顔を上げた。
「だ、だれにって、そ、そんな、他人にプレゼントするつもりなんて・・・・・・」
「ふふふ。じゃ、自分のものにとっておくつもりだったんだぁ」
見ている前で見事に顔を真っ赤に染めた。頭から湯気も立っちゃいそう。
正直、調子に乗って、そんなことを口にした私の方がもっと顔から火が出そうなのだけど。
それでも、我慢して含み笑いを絶やさずに、手を差し伸べる。その手をしばらくボウッと眺めていた西原くん、ハッとした顔をして、そして、照れたような笑顔を浮かべた。
って、そんな顔を見せられたら、私の方が直視できなくなるじゃないっ!
背が高くて、赤い服じゃなく学校の制服を着ていて、白いおひげなんて生えていなくて。細身の筋肉質で。
そうして、今日のサンタさんと私はしっかりと手をつないで、パーティ会場のドアを開けた。
メリークリスマスの歓声につつまれて。