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プレゼント

 夏の終わり、駅前のモニュメントの傍で、俺たちは待ち合わせをしていた。

 いつものように先に到着していた俺は、ブラブラと周辺の店のショーウィンドーを眺め歩いていた。

 オモチャの陳列された店。秋物のコートが飾られた店。旅行代理店のパンフレットの棚があり、コンビニの見通しのよい窓がある。

 ふと足を止める。

 俺の前には、きらびやかにきらめくジュエリー店。そのショーウィンドーは、清潔な白に色調が統一されており、上半身だけの真っ白なマネキンの指の先に、光溢れる指輪がはめられている。

 キラキラと光を反射する銀の指輪。薄い色の宝石がはめられているようだ。

 全体的に地味な印象だが、決して悪くない。もし、こいつを彼女の細く形の良い指にはめることができれば・・・・・・

「あ、憲くん、待った?」

 横から急に声がかかった。

「ん? ああ、い、いや、今来たとこだから」

 今なにを見ていたのか、気づかれたのかと思い、焦ってしまった。もしかすれば、今、俺が一瞬考えたことすらも。勘がいい方だし・・・・・・

「そう・・・・・・」

 視線を向けた先に、温かな微笑が浮かんでいる。満足そうな、幸せそうな。でも、その心のうちまではうかがいしれない。

「ねぇ? なに見てたの?」

 微笑をうかべたまま、彼女は俺の隣に並んで立った。

「わー、綺麗♪」

「ああ・・・・・・」

 彼女はうっとりとした呟きを漏らす。その声音を耳に受けていると、俺の抱いた疑惑なんて、もうどうでもよくなる。

 俺はすばやくその指輪についた値札に視線を走らせた。

 今のバイトのシフト増やして、日々の出費をすこし切り詰めれば、今年の冬には間に合うか・・・・・・


 秋、俺はバイトのシフトを目一杯に入れた。

 おかげで、大学の講義とバイトの往復で手一杯。彼女とどこかへ出かけることも、一緒にいることもしだいに減っていった。

 それでも、俺は毎日をがむしゃらに過ごした。

 それなりに充実した毎日を過ごし、それなりに夢や希望に燃えた楽しい日常だった。

 だけど、そのときには、俺は気がついていなかった。

 たまに、彼女と一緒にすごすことがあっても、もう以前ほどには、俺の大好きな温かい微笑が浮かばなくなっていたことに。

 ただ、俺は大学へ通い、バイトに明け暮れ、単位をとることと稼ぐことにばかり気をとられていた。

 そして、秋の終わり、俺たちは何度目かの喧嘩をした。

 それが俺たちの終わりとなった。


 今日も、俺は駅前のモニュメントの傍にいる。

 近くのショーウィンドーを冷やかし、大した興味もなく、イエス・キリストの誕生日に向けての華やかなデコレーションを眺める。

 赤服白ひげのサンタたちが、雪原を駆け回る。茶色のトナカイたちが曳くソリが宙を舞う。金ぴかの幸福をベルが辺りに響かせる。

 俺は、ポケットの中のものを強く握り締めた。

 ゴツゴツした立方体の箱。結ばれたリボンが、すこし湿った手のひらを柔らかく撫でる。

 息を吐き出す。白い湯気の塊が目の前のショーウィンドーにぶつかって砕けた。

 そして、指を一本ずつ引き剥がすようにして、その箱から手を離す。ポケットの中でゴソリと音がして、ポケットの奥へと箱が落ちていった。

 それから、眼をつぶり、深呼吸して、眼を開けた。もちろん、あたりの景色はさっきと変わらなかった。

 俺は、なにを期待していたのだろうか? なにも変わるはずなんてないのに。もう、終わったことだというのに・・・・・・

 それでも、まだ、俺はその場を動けなかった。

 足がこわばったように、前へ踏み出すことを拒んでいる。

 多分、気をつけないと、目から、温かいモノがこぼれるかもしれない。

 終わったことだ・・・・・・

 また、目を閉じた。



 私は、モニュメントの陰から彼を見ていた。

 彼は、私に気がついてはいないようだ。

 さっきからずっとクリスマスの飾りつけがなされたショーウィンドーの方にばかり視線を向けている。だから、今、彼がどんな顔をしているのか、私にはわからない。

 楽しげなデコレーションを無邪気に楽しんでいるのか、それとも、講義を聴くときのあのビックリするくらいの真剣な表情なのか。

 彼がいることに気がついたのは、すこし前だった。待ち合わせのために駅からモニュメントへ歩みよっているときに、傍のどこかの店から出てきたのだ。

 私は、ちょっと焦った。慌てて、彼に見つからないようにモニュメントの陰に隠れた。彼がはやくこの場から立ち去ってくれることを願った。その一方で、私の心のどこかで、まだ、その場にいてと欲してもいる。

 混乱している。

 ふと、彼が覗き込んでいる店の看板が目に飛び込んだ。

 夏の終わり、二人で眺めたウィンドー。

 白が基調の光溢れるきらめきと華やぎのトキメキ空間。『私は彼のモノだ』というしるしを刻み、高らかに宣言するためのリングの一瞬の反射光。

 気がついたときには、私の足は踏み出していた。

 彼の背中がしだいに大きく見えてきた。


「えっと・・・・・・ 久しぶり」

 彼の背中がビクリと大きく震えた。それからノロノロと振り返る。大きく見開かれた目が私の姿を捉える。

「お、おお・・・・・・」

 返事とも言えないようなうめき声しか耳に届かなかった。

 それから、彼の覗きこんでいたショーウィンドーを眺める。

 サンタたちに追いやられた隅に以前に見たときと同じ白の上半身だけのマネキンがある。

 きらびやかな宝石のついたネックレスをし、キラキラと光を反射させるブローチをつけている。まったく以前と同じ状態に見えた。

 だけど・・・・・・

「ねぇ? 指輪、売れちゃったのね」

「・・・・・・ああ」

「あの指輪素敵だったのに・・・・・・」

 二人の思い出の指輪。胸の中を風が通り抜けていくように感じた。

 そのまま、あのときのように二人で並んでウィンドーの中をのぞきこんでいる。

 ふいに、

「待ち合わせか?」

 彼がポツリと訊いてきた。

「ウン」

「そっか」

 短い言葉のキャッチボール。そういえば、彼と話をするのはあのときの喧嘩以来。懐かしいような、寂しいような。

 彼が、ゴソゴソとポケットの中を探り始めた。それから、キチンとリボンで結んだ箱のようなものを取り出した。

「やる。もう俺には必要ないものだ」

「え?」

 彼は、ビックリするくらい真剣な顔を私に向けている。一瞬、虚をつかれた気分。彼の顔をまじまじと見つめることしかできない。

 気がついたときには、彼の体温に温められたその箱を手のひらに受けていた。

「新しい彼氏と幸せにな」

「・・・・・・」

 そして、彼は、引きつった蒼白な顔をして、駅の方へ歩いていった。


 外食の約束で待ち合わせをしていた妹が到着したとき、私は顔を上げることができなかった。

 私の手の中には、目の前の看板のロゴが入った包装紙で包まれた四角い箱。

 そのゴツゴツして、無骨な感触が、徐々に冷たくなっていくのを、ただただ悲しい気分で感じ取っているしかできない。

 私は・・・・・・

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 妹が心配そうにしている。

 だから、無理にでも顔を上げて、微笑を浮かべて見せた。彼が大好きだと言っていたあの笑みを。

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