お片づけ
里奈と美穂は、さっきから隣のリビングで、雛飾りを片付けている。
狭いマンションだというのに、初孫の里奈の誕生を喜び、巨大な5段飾りを向こうの親たちがプレゼントしてくれたのはいいのだが、毎年、2月の半ばを過ぎると、リビングの大部分が、ひな壇に占領されてしまう。
そのあおりを受けて、折角の大型テレビが見れなくなる。おかげで、今も寝室用の中古の小さなテレビで我慢。
リビングのテレビで見れば、髪の毛の一本一本、目尻のシワの一本一本が鮮明に見て取れるあのCMの女優さんの顔が、豆粒ほどにしか見えない。
まったく!
向こうの両親たちも、俺たちの部屋の大きさぐらい、しっかりと計算に入れて、人形を選べばいいものを!
毎年、この時期の俺は、不機嫌だ。だが、かといって、雛人形が不満と里奈や美穂にあたるわけにもいかないし、好意でくれた美穂の両親たちに文句を言うわけにもいかない。
どんなに不満に思っていても、誰にもそのことを漏らすことはできないし、表面上は朗らかにしていなければいけない。
忍耐、ただそれのみの毎日。
う~む・・・・・・
隣のリビングからは、パタパタとはたきをかける音が聞こえてきている。
雛人形についたホコリを払っているのだろう。
ほぼ、半月の間、リビングに飾りっぱなしだった雛人形たち。ときどきは美穂も掃除のついでにはたきがけしていたので、それほど汚れてはいないのだが・・・・・・
はたきをかけた後、一体一体人形たちを下ろし、頭をはずして、やわらかい布に包み、体を和紙で包みなおして、箱に収める。
すべての作業を終えるまで、深夜までかかるはず。
結局、今晩も、眠けに耐え切れなくなった里奈をベッドに行かせて、美穂一人で片付けることになるのだろう。
俺も、手伝ってあげたいのはやまやまなんだが、美穂のヤツ、これは女の子だけのものだから、男のあなたは触らないでって、ダメだししてくれている。
そんなことを言ったところで、ひとりじゃ、とてもじゃないが、手が足りないのだから、手伝わせてくれればいいものを、美穂のヤツ、意地になりやがって!
それでいて、『早くお人形様を片付けなくちゃ、里奈が行き遅れちゃう!』なんて、夜中に叫んで、先に寝ている俺をたたき起こしてくれるし。
まったく!
雛人形は、ひな祭りが過ぎて、出来るだけ早いうちに片付けないと、その雛人形の持ち主の女の子、なかなかお嫁にいけないのだとか。
美穂は、それを恐れて、毎年一人でがんばるのだろう。
もっとも、里奈が少々行き遅れても、俺は別に構わないのだが・・・・・・
いや、構わないどころか、いつまでも俺のそばにいてくれる方がいい。
『大きくなったら、パパのお嫁さんになる!』なんて、かわいいこと言ってくれている愛くるしい里奈。
できれば、どこへも嫁に行かず、よその男のものになんてならずに・・・・・・
だから、美穂、そんなに急いで片付ける必要なんて、ないのだぞ!
でも、この日の美穂は、周りの言葉なんて、まったく耳に入らなくなるようで。
はぁ~
俺は、ため息をすこしつくと、小さな画面のテレビを離れた。
それから、PCを立ち上げる。
後で、一人でがんばっている美穂のために、なにか夜食でも作ってやるつもりだ。
それまで、もって帰った仕事をしていよう。
そして、すぐに明るくなった画面に向き合った。
先月の終わりにリビングで撮影した里奈の写真が壁紙になっている。
雛飾りの横で満面の笑みを浮かべている里奈。
ふふふ、美穂がどんなに急いで片付けようが、PCの中の雛飾りはいつまでもこのまま。
俺は、軽く満足して、低い笑いを漏らすのだった