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星のない街で

 今日も遅くなった大学の帰り道、マンションへ向かって私は歩いていた。

「ホント、このあたりって、全然星が見えないわ。ヤになっちゃう!」

 空を見上げながら、私、ぶつくさ言う。

「ほら、下も見て歩かないと、つまづくぞ!」

 帰る方向が同じ博樹が、心配して後ろから声をかけるけど、そんなの余計なお世話。無視、無視!

「やたらに建物が立て込めてて、せせこましいし、ちょっと大通りに出れば、夜中でも人や車でいっぱいだし。空気も悪いし、ほこりっぽいし・・・・・・」

「はは、そうか? 日本中どこでも、そういうもんじゃねえの?」

「ちがうわよ! 私の田舎だと、ちゃんと夜に空を見上げれば、宝石箱をひっくり返したみたいに星がきらめいているし、夜になれば、ほとんど人や車なんて、通ってないもん!」

「あぁ、そういえば、去年の夏休みに、みんなで坂本先生の実家へ海水浴に行ったとき、夜空きれいだったよなぁ~」

「なに言ってるのよ! 坂本先生の所だって、周りのホテルとかライトアップされてて、星なんて、満足に見れなかったじゃない!」

「そ、そうかぁ? 俺には、あんな星でいっぱいの夜空なんて、初めてだったから、すごく感動したんだけどなぁ?」

 私の後ろで、博樹、うっとりとした声を出している。去年の夏休みの夜空を思い出しているのだろうか?

「俺の生まれ育ったところって、24時間営業のスーパーがあったり、コンビニがあったり、一晩中、あちこちでネオンサインがチカチカしているような場所で、夜中でもバンバン車が走ってるからなぁ。ホント、空にあんなに星があるなんて、全然、知らなかったよ」

「フンだ! どうせ、あんたは都会育ちで、あたしは、田舎者よ! 24時間営業のスーパーなんてなかったし、3キロ離れた村一軒のコンビニだって、11時には閉まっちゃうんだから! 家の周りは、田んぼだらけで、毎晩ゲコゲコかえるが合唱して、夜も眠れやしない!」

 振り返って、アッカンベーして、駆けてく。

「おい、待てよ! 足元暗いから走ると危ないぞ」

 あわてて、博樹、追いかけてくる。

 なんだか、ちょっと楽しい気分。

 でも、途端に、なにか踏んづけた。そして、滑った。

 一瞬、宙に浮いた私の体をしっかりと受け止めのは、もちろん、追いついた博樹。

「ほら、言わんこっちゃない!」

「ご、ごめん」

「夜空が明るいって言っても、足元、結構あちこちに暗い場所があるんだから、注意しないと」

「う、うん・・・・・・」

 博樹、目の前でしゃがんで、私が踏んづけて転げそうになったものをつまんで持ち上げた。スナック菓子の袋だった。

「ったく! だれだよ、こんなもの捨てたの! 危ないってぇの!」

 そう言いながら、近くのゴミ箱に捨ててくる。


 私の田舎で、夜道といったら、本当に真っ暗。見えるものといったら、月や星の明かり以外なにもない。

 なにかの事情で、夜、出歩くことになったら、本当に、本当に、怖かった。恐ろしかった。

 でも、大学に入って、この街で一人暮らしを始めたら、夜がすごく明るいし、街のあちこちに街灯が設置されている。

 でも、やっぱり夜一人で出歩くのって、私、苦手。

 街が明るくて、歩きやすいけど、その分、人や車が多い。夜、一人で歩いていて、向こうからだれか他の人が歩いてくると、すごくすごく緊張しちゃう。

 私の田舎なら、夜道で人に出会うなんて、考えられないことなんだし。

 だから、実験で遅くなった大学の帰り、一人になると、とても心細かった。

 いつも、一緒に帰ってくれる人がほしかった。

 今日はたまたまゼミが同じ博樹と一緒だけど、他の友達を含めて、いつもいつもだれかと一緒に帰れるってわけじゃない。

 今、心の底から、星にお願いしたかった。いつも一緒に帰ってくれる人を私に与えてって。

 でも、この街では星は見えない。


「なあ、星って見えないけど、別にないわけじゃないんだよな」

 博樹、並んで歩きながら、そんなことをつぶやいた。

「うん、そうだよ。あの光の洪水の向こうに、ちゃんと星があるんだよ」

「ああ、知ってる。なんか、不思議だよなぁ。見えないのに、ちゃんとそこにあるって」

 そう、ポツリポツリ話す顔に街灯の光が当たっている。心臓がトクンと打った。

「博樹って・・・・・・ ううん、なんでもない」

「ん? なんだよ、『博樹って』の後は? 気になるだろ!」

 向き直った博樹と眼が合って、思わずうつむいちゃう。

「うん。博樹って、意外とロマンチストだったんだなぁって・・・・・・」

「バカ!」

 頭を小突かれた。

「痛いなぁ。もう!」


「なあ。正直なこというと、俺、今日、大学にいててもすることなかったんだ」

「え?」

「もう卒論のデータ、集め終わったし、必要な実験は全部済ませたし」

 ええっと、じゃ、博樹はなんでこんなに遅い時間まで大学にいたのだろう?

「お前がまだ実験してたからさ。一緒に帰ろうと思って、ずっと待ってた」

「・・・・・・」

「あのさ。お前の方、結構大変そうだから、実験手伝ってやろうか?」

 博樹、なんでもないっていう素振りでポツリとつぶやいた。

「あ、ありがとう・・・・・・ でも、どうして?」

 街灯の下で立ち止まった博樹、一瞬眼が泳いだ後、私を見た。そして、自分の胸をひとつ叩いた。

「俺のここにも、見えないけど、確かに存在するものがあるからな」

 ジッと私を見つめ続ける。私も、その眼を見返したまま。

――えっ?

 しだいに、頬が熱くなっていくのを感じた。

 とうとう、耐え切れなくなって、二人して視線をそらした。


 さっきから、私たち、二人並んで、歩いていた。

 二人とも黙りこくったまま。

 お互いの息遣いだけが聞こえる。

 私、うれしかった。幸せだった。でも、それでも、さっきからモヤモヤしたものが胸の中にある。

 だから、思い切って、声に出してみた。

「ねぇ。あたし、ううん、女の子って、見えないものとか、触れないものって、あんまり好きじゃないかも」

「・・・・・・」

「だから、ちゃんと触れ合えるように、形にしてほしいな」

 博樹、一瞬、戸惑った様子だけど、すぐに私が何を言いたかったか分かったみたい。途端に、ニヤリとした。

「この欲張りめ!」

 笑顔で返事の代わり。

 博樹、軽くため息をついて。

「いいか、男なら一生で、そんなには言わない言葉だから、聞き漏らさないように、よーく聴いておけ!」

 博樹、私の眼を見て、私にだけ聞こえる声でささやいた。

「俺は、お前が好きだ」

 とてもうれしかった。幸せだった。でも、私って博樹が言うように欲張り。ううん、女の子って、みんな欲張りなもの。もっともっと聴きたい。

「ねぇ? よく聞こえなかったわよ。もう一回言って♪」

 さらに大きなため息。それから、博樹、大きく息を吸い込んだ。ぎゅっと眼をつむり、そして、

「俺は、お前が好きだ!!」

 町中に響き渡るような大きな声。近くの家の中で犬がキャンキャン鳴きだした。

 耳がキーンとなって、痛い。でも、幸せ。



 今晩も大学は帰りが遅くなる。

 でも、もう夜道は怖くない。

 だって、今日も実験を手伝ってくれている博樹と一緒に帰るから。

 今日も、見えないけど、確かにそこにある星に、ありがとうってつぶやいた。

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