売れ残り
昨日25日は私の誕生日。
そう、とっくの昔にこの世からいなくなった、会ったこともないおじ様と同じ誕生の日。
おかげで、子供のときから、私のうちにはサンタさんなんてこなかった。いつも、誕生日のお祝いはクリスマスプレゼントを兼ねていた。
はぁ~
そして、とうとう昨日こそが、私の人生の25回目のもの。
女とクリスマスケーキは、25をすぎると・・・・・・
今日もお得意様の会社をめぐって、私と横井先輩は車を走らす。
大きな交差点をすぎ、高速の下を通り抜けて、次の信号を右折。そのまましばらく走れば、私たちの会社のビルが見えてくる。
あっ、前の信号が赤に変わった。
私たちの乗っている車がしだいにスピードを落として、停止する。
「とおりゃんせ、とおりゃんせ。ふーふふ、ふーふふ、ふふふーふ」
先輩が歩行者用信号から流れてくるメロディーにあわせて鼻歌を歌いだすのもいつものこと。
いい加減、歌詞ぐらい調べて覚えればいいのに!
私は、助手席側の窓の外へ視線をやる。
師走のあくせくした雰囲気のせいか、町を行く人たちは、いつもより心持ち歩くスピードが早い気がする。
通りに面したお店も、昨日までと違って、赤や緑、白を使ったクリスマス調から、和風の飾り付けへと変化している。
「おっ! セールしてる!」
運転席の先輩がどこかの店のセールを見つけたようだ。
まあ、歳末セールの時期だから、そんなお店のひとつや二つぐらい、そんなに珍しくもないのだけど・・・・・・
でも、どうやら、先輩の見つけたお店は違うようだ。
「日野、寄っていくぞ!」
「えっ? どこへ?」
「そこのケーキ屋」
先輩が、通り沿いのスイーツショップを指差した。
「あそこで、クリスマスケーキ買うぞ! お前もどうだ?」
もう一度確認するけど、今日は26日。いまさら、クリスマスケーキだなんて・・・・・・
「先輩、ケーキ、好きなんですか?」
「ああ、甘いもの、大好きだ」
「そうなんですか・・・・・・」
「ここの店、結構評判でな、前から寄ってみようとは思ってたんだけど、なかなか男ひとりじゃ入りづらいんでな・・・・・・」
たははと笑う。
まあ、たしかに、女性受けを狙ってか、入り口を小さな人形たちを使って可愛いらしく飾り付けているようなスイーツショップに、男性がひとりでなんて、ちょっとハードルが高いかも。
「先輩、カノジョとかいないんですか?」
カノジョがいれば、カップルで入りやすいだろう。でも、
「ははは、自慢じゃないが、今まで女性にモテたことなんて一度もない。おかげで、もうすぐ30なのに、恋人もおらずに独身さ」
「へぇ~ そうなんですかぁ~」
「今日はちょうど日野もいるし、あの店寄るチャンスだよな。な、そう思うだろ?」
「ま、まあ」
って、それで、カップルだと思われるのもなぁ~
「というわけだから、日野も一緒に来い! ショートケーキぐらいなら、お前に奢ってやらんでもないぞ」
えっへんとふんぞり返る。で、何かを期待するように私を見る。
「わーい。ありがとうございます」
先輩の期待に応えるように、鼻にかかった声で可愛く返事をしてあげる。
ったく! こんなときだけ、先輩面して! これだから男ってヤツは面倒くさい。
店の駐車場に車を止め、中に入った。
陳列ケースを覗いて、ショートケーキを適当に3つほど選ぶ。
先輩は、物珍しそうに店内のあちこちを見回していたけど、やがて、カウンターの上にポツンと2つ並べられていた半額のクリスマスケーキを両方とも買った。
会計を済ませ、3つの箱をぶら下げて車に戻る。
「先輩、クリスマスケーキ二つも食べるんですか?」
「ん? ああ、そうだ」
「すごいですね。よっぽど甘いものが大好きなんですね?」
途端に先輩苦笑を浮かべた。
「もちろん、甘いの好きなんだけどな。でも、あんな風にクリスマス過ぎているのに、売れ残って、寂しげにポツンと並べられているのを見ると、ほっておけないだろ?」
「・・・・・・」
「よし、俺が、俺たちが全部引き取ってやるって気になってさ・・・・・・」
――トクン
胸の奥が鳴った気がした。
運転席に座った先輩、私にケーキの箱を掲げてみせる。
「というわけで、お前、これももってけ!」
片方のクリスマスケーキの箱を私に押し付けてきた。
「えっ!? で、でも・・・・・・」
「こんなの二ついっぺんに食べたら、カロリーとりすぎになっちゃうだろ! 俺が太って、糖尿病になってもいいのか?」
って、だからって、私に押し付けなくても・・・・・・
私なら、糖尿病になっても構わないっていうのかしら?
「お前んち、家族とかいるんだろ? 恋人とか?」
「えー、私、今一人暮らしだし、恋人なんて・・・・・・」
途端に、先輩固まった。
「えっ!? そうなの? 悪いこと訊いたな。日野って、結構美人なのに・・・・・・」
「えっ、わっ・・・・・・あ、ありがとございます」
真顔で美人なんて言われたの、何年ぶりぐらいだろう。
ちょっと照れた。
運転席で、なにかを思いついたのか、先輩、急にパンと手を叩く。
「じゃ、こうしようぜ。そっちの方、俺が半分食べるから、半分、日野が食えよ。半分ぐらいなら、お前でも食えるだろ?」
「えっ? でも・・・・・・」
まあ、頑張れば半分くらいなら・・・・・・ って、そんなことしたら、晩ご飯入らなくなっちゃうよ。
あっ、でも、どうせ今晩も会社の帰りに買って帰るコンビニ弁当だから、別にいいか。
そんなことを思い巡らせているうちに、私、気がついたときにはうんってうなずいていた。
私の隣で車を走らせているのは、ポツンと置き去りにされたような売れ残りのケーキを、見ていられなくて、引き取ってしまう先輩。
すこしお腹の辺りが出っ張りはじめているようだけど、たぶんとても優しくて、あったかい人なのかもしれない。
私は葉っぱを落として丸裸になっている街路樹が次々に後ろへ流れていく窓を見ながら、妙な予感を感じていた。
たぶん、来年も私はまた、売れ残りのケーキを買うのかもしれない。
甘いものがとても大好きなカレのために。
おいしいねって幸せそうな笑顔を思い浮かべながら、心の中をほっこりとさせながら・・・・・・
その夜、私は仕事の帰りに、会社近くの先輩のマンションへ向かった。クリスマスケーキを半分にするために。
包丁でケーキを切り終え、私の分は箱に詰め直して、残り半分を皿に盛る。
そのまま置いておく訳にもいかないので、ラップを探してきて、掛けようとすると、
「あ、いいよ。そのままで。すぐに食べるから」
「え? でも・・・・・・」
見ていると、冷蔵庫をあけ、焼酎の一升瓶を出してきた。
ま、まさか・・・・・・!?
そう、そのまさかだった。
先輩、コップに焼酎をなみなみと注ぐと、ケーキを肴に・・・・・・
このとき、私は悟った。
たぶん、来年の誕生日も私は自分一人でお祝いするんだなって。