ラブレターを書こう!
「君はうつくしく、可憐で、魅力的だ。いや、です。ボクは、そんな君を好きになってしまいました・・・・・・ ああ、ダメだ! こんなんじゃ、ダメだ!」
ボクは書きかけの便箋をくしゃくしゃに丸め、確かめもせずにゴミ箱のある方向へポイと投げた。
「ちょっと、なんで私にぶつけるのよ、ゴミ箱はもっと右の方よ!」
背後のベッドの上から抗議の声が上がる。
「大体、なによ、『君はうつくしく、可憐で、魅力的』って。ふっ、そんな陳腐な言葉で落ちる女がいるはずなんてないじゃない! 笑っちゃうわ。あははは」
無遠慮なだめだしまで、もれなくついてくる。
「分かってるよ、それぐらい!」
ったく!
軽く舌打ちして、また新しい便箋に文字を埋めていく。
なぜ、ボクがこんな手紙、そうラブレターなんかを書いているかというと、こんな事情があるのだ。
この春、高校の入学直後に、ボクは文芸部に入部した。もちろん、いま背後のボクのベッドの上で文庫本を呼んでいる幼馴染みの沙織も一緒だった。
で、その文芸部、毎年、ゴールデンウィークに部員全員に課題が一つ課せられるという伝統が存在していた。
そして、今年の課題こそがラブレター。だれでもいいから好きな相手(同じ高校の異性限定!)にラブレターを書くというもの。
もちろん、書いてきたラブレターは、後日、文芸部員の間で読まれ、あれこれ批評や添削を受けることになる。
はぁ~
しかし、ボクはラブレターなんて、今まで一度も書いたことがない。どんな風に書けばいいのか、全然わからないよ!
「なぁ? 沙織? お前はラブレター書かなくていいのか?」
ふと気になって、背後でダラダラ寝転がっているヤツに質問をしてみる。
「え? ふふ。もうとっくに書いたわよ、そんなの! 昨日の夜のうちに」
「えっ!? すばやい! って、だれに向けて書いたんだよ?」
「ふふふ。気になる?」
「い、いや。気になるわけなんて、ないだろ!」
なぜか早口なボク。
「ふふふ。そう。ふふふ」
なぜか余裕の含み笑い。なんだか感じワル!
ともかく、今は課題を仕上げねば!
ボクが書いているラブレターの相手は、クラスで男子たちに人気がある篠崎さん。可愛くて、愛らしくて、綺麗で、おとなしくて、おしとやかで。どこぞの幼馴染みの部屋でグダグダしている性悪女とは正反対の素敵な女子だった。
ボクは、そんな篠崎さんのことを脳裏に思い浮かべながら、便箋に文字を埋める作業を再開する。
「君は素敵だ。いや、素敵です。ボクは、そんな君のことを一旦考え始めてしまうと、夜も眠れなくなってしまいます」
「だから、毎日、学校で昼寝をしています。特に、数学の授業はよく眠れます」
無視だ! 無視だ!
「そんな風に君を慕っているなんて、君は今まで気がついていなかったかもしれないですが、ボクは君が好きなのです」
「当ったり前じゃない! 奈緒ちゃん、真のことなんか、これっぽっちも見てないし。大体、奈緒ちゃんが好きなのって、2年の後藤先輩なんだよ。真なんて、もともとお呼びじゃないわ。笑っちゃうわ、バカみたい! あははは」
うっ! ま、たしかに・・・・・・
ボクは、篠崎さんと同じクラスだというのに、今まで一度も話したことすらない。
「そもそも、真自身、大して好きでもない人にラブレターを書こうとすること自体に無理があるわよ。」
・・・・・・
篠崎さんは素敵だとは思うけど、思うのだけど、じゃ、ボクが彼女に恋をしているかというと・・・・・・?
でも、
「しかたないだろ! 今、誰にも恋なんてしてないんだから! っていうか、今まで本気で誰かを好きになったことすらないんだから・・・・・・」
自分でも情けない話だ。15年生きてきて、好きな人の一人や二人できなかったなんて。
「あれ? そうだっけ? 保田先生は? 瑞穂ちゃんは?」
うっ!
そうだった。こいつは幼稚園からの幼馴染みだった。
「いつの話だよ。幼稚園の頃の話だろ、それ? あんなの恋なんて言えねぇよ! 大体、二人とも、今じゃ、顔すら思い出せないのに・・・・・・」
「ふ~ん」
って、自分からふっといて、なんだよ、その気のない返事は!
ったく!
ボクはまた便箋をくしゃくしゃに丸めて、背後にポイと投げ捨てる。
今度は、沙織めがけて。でも、
「ナイス、シュート! やれば出来るじゃん!」
って・・・・・・
「ねぇ? それ相手に渡すために書くわけじゃないんだから、別に奈緒ちゃんとかにこだわる必要はないのじゃない? 趣味とか、好きなものとか、奈緒ちゃんのこと全然知りもしないくせに無理やり書こうとするから、行き詰まって書けなくなるんじゃない?」
・・・・・・な、なるほど。
「もっと相手を選んでみたら? たとえば真自身がよく知ってる女の子を相手にしてみるとかさ?」
「え? でも、ボク、高校でよく知っている女子なんて・・・・・・」
入学したばかりだ。同じクラスの男子の中ですら、一度も会話したことがない人間がいるのに、女子にいたっては、よく知っているコなんて、いるはずも・・・・・・
いたっ!?
こいつも同じ学校で、生物学的には女だ!
って、なんで、こんなヤツに、ラブレターなんて・・・・・・!!
はぁ~
とにかく、篠崎さんじゃ、心のこもったいいラブレターなんて書けそうもない。
クラスの他の女子をあれこれ思い浮かべ、ラブレターの文面を考えるのだけど、やっぱり全然いいのが思い浮かばない。
いっそのこと、文芸部の先輩たちは?
いや、ダメだ!
たとえ書けたとしても、その後、どう接すればいいんだ? 部室でこれからも顔を会わせるのだ。そんな気まずいことしちゃいけない!
う~ん・・・・・・
ボクは悩んで筆が止まったままだった。さっきから一文字も書けていない。
ボクはどうしたらいいんだ!
――パタンッ
背後から文庫本を勢いよく閉じる音が聞こえてきた。
「ふぅ~ 期待していなかったけど、この本、結構面白かったわ。やられたって感じ」
「ああ、そうか?」
「なによ、それ? 気のない返事しちゃって。まったく! でも、いいわ。久しぶりに読み応えのある本に出合えたし。真の書く、あの厨二病満載の小説なんかより、何千倍もマシだったわ。この本」
な、な、なにーー!!!
沙織は、ボクの机の隅に、さっきまで読んでいた本を置いた。
「真にも貸してあげる。読んで、小説の書き方でも、じっくり勉強してなさい!」
カチンときた!
よりにもよって、ボクの小説をバカにするなんて!
何様のつもりなんだ! 自分だって、エロいだけの自己中BL小説しか書けないくせに!
絶対、ぜぇ~たい、沙織のヤツをボクがこれから書くモノで圧倒してやる! いい作品を書いて、『参りました降参です』ってボクの前でひざまずかせてやる!
怒りのこもった眼でにらむボクに気づきもせず、沙織のやつ、背中越しにバイバイと手を振って、ボクの部屋から出て行った。
ったく! 今に見ていろ!
沙織が去った後、ボクは、一所懸命机に向かって『作品』を書き上げた。
さっきまでとは違って、沙織に対する怒りがこもっているせいか、それとも、今度はちゃんとよく知っている相手だからか、すらすらと流れるように言葉が出てくる。どんどん湧き上がってくる。
「お前をボクの小説のヒロインのモデルにしたい。その小説の中では、さまざまな悲劇的な運命がヒロインに襲い掛かり、不幸のどん底に落ち込んでしまう。お前をそんな目にあわせたい。そして、そんな不運な人生を嘆き、無慈悲な神々をのろいながら、最後のときを迎えるのだ! お前を、お前を・・・・・・」
ボクは、一人ぶつぶつとつぶやきながら、便箋に文字を書き連ねていった。
そして、一時間ほどでボクの『作品』は完成した。
書きあがったとき、ボクは疲れきっていた。そのまま、夕飯どきに目を覚ますまでベッドの中で眠り込んでいた。
母さんにたたき起こされ、家族と夕飯を食べ、元気を回復して自分の部屋へ戻ってきた。
時間が経ち、すこし頭が冷静になり、もう一度、自分の作品を見直す余裕が出来ている。
ボクは机に向かい、さきほどの『作品』を推敲してみることにした。
文学作品を書くなら、推敲は絶対に必要だ。
書き上げた直後は頭が興奮しているので、作品はどれも最高傑作のすばらしいもののように感じるものだが、大抵は、どれもこれも駄作でしかないし、後で冷静になって読み返し、すこしでもマシな作品になるように、いろいろと修正しなくちゃいけない。
椅子に座り、先ほど書き上げた便箋を机の上から探す。
・・・・・・?
あれ? ない!?
さっき書いた『作品』の影も形も・・・・・・
と、机の隅に置いてあるボクの携帯が鳴った。
メールだ。
『ありがとう。お手紙、お母様から受け取りました。真の気持ちうれしかったわよ。一生大切にするね。それと、お手紙にも書いてあるけど、私を次の小説のモデルにしてもいいわよ』
えっ!? ええーー!!
なんで、沙織にあの『作品』が渡っているんだよ! 母さんめっ!
道理で、夕飯の間中、母さんがボクのことをジロジロ見ていたわけだ・・・・・・
って、そんなことより、ヘンな誤解が広まる前に、あれを取り返さなくちゃ!
『それと、私がお手紙をもらったとき、パパも一緒にいて、今、お祝いだって騒いでいます。パパもうれしかったみたい。真って、昔からパパのお気に入りだったもんね♪』
うっ・・・・・・
そういえば、小学校のとき、沙織の家に遊びに行くと、沙織の父さんに自分の息子になれって、よく言われていたっけ・・・・・・
『パパったら、さっきから結納がどうとか、新婚旅行はどこ行きたいとか、もう気が早いんだからw』
・・・・・・ガーン! やっちまった・・・・・・
も、もう後戻りなんて・・・・・・
母さんに知られた上に、沙織の親にまで。
ど、どうしたらいいんだ、ボクは?
ハハハハハハ・・・・・・
それから、ボクは、いつまでも壊れたようなうつろな笑いを漏らし続けるのだった。
次の日、「あれは全部ウソよ。からかっただけ」って沙織が教えてくれるまで、いつまでも、いつまでも。