防災訓練
小学校のとき、二学期の始業式のあと、毎年防災訓練なんてものがあった。
けたたましい非常ベルが鳴り、みんなで机の下に隠れる。
しばらくしてから、先生の合図で一斉に廊下へ飛び出し、そこで整列して、グラウンドへ出て行ったっけ。
でも、パパの仕事の都合で引っ越した先の小学校では、そんな防災訓練なんてなかった。
二学期の始業式が終わると、教室で短いホームルームをした後、そのまま帰宅した。
その後の中学も一緒だった。
高校に入る前に、パパがまた転勤になって、昔住んでいた家の近くにもどってきたけど、隣の小学校の学区内。たまに昔住んでいた場所の近くを通ることもある。でも、正直言って昔の友達なんて覚えていない。たぶん、向こうもそうだろうな。今まで誰にも声をかけられることなんてなかった。
そして、今日は二学期の始業式の日。
校長先生の長い話が終わり、みんなどっと疲れて教室に引き上げてきた。
担任の先生も、うんざり顔のままでホームルームを終える。
そのときだった。
――ジリリリリリリ・・・・・・
「な、なに?」
「おわっ!? なんだこの音?」
「ひ、非常ベルか!?」
「火事か? ボヤか?」
「地震か? 雷か?」
「安原がまた暴れたか? また無差別に女子にセクハラしたのか?」
「って、なんでやねん! 俺、ここにいるだろ!」
「あははは・・・・・・」
「笑ってごまかすなっ!」
そこへスピーカーから、
『ただいまより、本年度、防災訓練を行います。各自ただちに机の下に退避し、その後は担任教師の指示にしたがい、速やかに行動すること』
途端に教室中が騒がしくなる。
その騒がしさを圧するように、担任の先生が声を張り上げた。
「おし! 今から防災訓練をおこなうぞ! みんな自分の机の下に隠れるように!」
「はぁ? なんじゃそりゃ?」
誰かが驚きの声を上げるが、
「とっとと隠れろ!」
担任の先生からすかさず叱責が飛ぶ。
仕方なく、みんなで机の下にもぐりこんだ。
しばらくの間、机の下で丸くなっていると、教壇の方から先生の声。
「おし、もういいだろう。各自、廊下へ出て、それから急いでグラウンドへ避難だ」
――ガタッガタッ!
教室中で机や椅子のぶつかり合う音がする。
もちろん、私も机の下から抜け出し、教室を出ようとしたのだけど・・・・・・
――ガタッ!
なにかが私のスカートに引っかかっている。
振り返ると、机の端のカバン掛けの金具にスカートが引っかかっているみたい。
もう、なんでこんなときに!
急いで、金具からスカートを外そうとするのだけど、なかなか外れない。
そうこうするうちに、バラバラに教室を出て行った同級生たち、みんなグラウンドへ向かったみたいで、すでに教室も廊下も無人になっていた。
ったく! もう! 置いてかないでよ!
焦れば焦るほど、なかなか金具が外れない・・・・・・
ど、どうしてよ! なんでよ!
ほとんど、泣きそうになりながら、私、ひとりで金具を外そうとしていた。
不意に、
「ね? 古賀さん、大丈夫?」
え?
声をした方をむく。安原君。
「え、う、うん・・・・・・ スカートが引っかかっただけだから」
安原君は、私の手元を覗き込んだ。
「ああ、なるほど」
「先いってて。私は、これ外してからでないと・・・・・・」
「ああ、いいよ、ここで待ってる」
無邪気な笑顔でそんなこと言われても。私のせいで安原君が集合に遅れたら悪いし。
「で、でも・・・・・・」
「いいよ、大丈夫。俺、ここで待ってるから」
力強く、うなずいた。
え、えーと・・・・・・
ともかく、今は、スカートから金具を外さないと。
ちょっとスカートの端を持ち上げて、強めに引っ張って・・・・・・
「あっ! 分かった! 安原君のエッチ! さては、スカートの中のぞく気でしょう?」
「はぁ? なんでだよ?」
「だって、みんな安原君がセクハラ大王だって言ってるもん!」
「なんだよ、それ? あれって、ただのネタだよ。冗談で言ってるだけだ。俺はこう見えても紳士だからな!」
「フンッ! どうだか! でも、おあいにくさま、今日は私、下にスパッツ履いてるんだもん!」
ちょっとスカートを持ち上げて、紺色のスパッツの裾を見せびらかす。
ふふふ。安原君が、一瞬、残念そうな顔をしたのを私は見逃さない。
「この後、部活に出るから」
「ふーん、そうなんだ」
「そう」
「ふーん・・・・・・」
ようやく、スカートから金具が外れた。
「やった! 外れた」
「ああ、よかったな」
「うん。行こ! だいぶ遅れちゃったし」
「ああ」
駆け出そうとする私の目の前に、手が差し出された。
「え? なに?」
「ほら、手」
「手?」
安原君、ニコニコ笑ってる。
う~ん・・・・・・
「防災訓練っていったら、手をつないで逃げるもんだろ!」
「・・・・・・」
「ほら、早く、手、貸せ!」
「・・・・・・ヤダ!」
「はぁ? なんでだよ!」
「ヤダったら、ヤダ!」
「ったく! ほら!」
イヤイヤをする私の手を無理やりつかもうとしてくる。
と、
「こら! 安原、古賀、なにやってる! 早くグラウンドへ行かんか!」
教室の入り口から担任の先生が叫んでいた。
「俺、小学校のとき、防災訓練って大好きだったなぁ」
「え~? なんで?」
「隣の席の好きな女の子と手をつないでいられるからさ」
「はぁ? なにそれ? じゃ、席替えとかで、隣の席の子が好きな子じゃなかったら、どうするのよ?」
「ああ、大丈夫。俺、隣の席の子をいつも好きになってたからさ」
「なによ、それ? めっちゃ感じワル!」
「ふふふ。でも、俺の初恋で、ずっと本気で大好きだった子って、いつも別のクラスで一度も同級生になったことなかったし、おまけにその子、途中で転校して行っちゃったし、その後も、俺自身が転校したし、結局、みんなその子の代わりみたいなもんだよ」
「ふーん・・・・・・」
「でも、まあ、今日はその子と手をつなぐ絶好のチャンスだったんだけどなぁ~」
まじまじと自分の手を見てる。ため息を一つ。
「・・・・・・え?」
「というわけで、リベンジ! お手をどうぞ、古賀さん」
私の目の前で、恭しく礼をして、左手を差し出してきた。
私、それを見ながら、戸惑って、赤くなって、心臓がドキドキして、どうしたらいいの!
「こら! 安原、古賀! なにちんたらやってる! いそげ!」
私、私、本当にどうしたら・・・・・・