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お姫様と勇者

――ピピッ ピピッ ピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピッ

 頭の上で目覚まし時計が騒ぎはじめたので目が覚めた。

 布団の中から冷たい空気の中へ左手を出す。目覚ましを止めるためだ。

 二、三度空振りして、ようやく止めることができた。

 ホッとして温かい布団の中へ手を戻そうとしたのだけど、なぜかムズムズする気が。

 誰かの手を握っていたような。必死に走り回っていたような。なにかから逃げていたような・・・・・・

 私はもちろん、ずっと一人で布団の中に寝ていた。そんなことが実際に起こったはずもないし。

 そうか、夢か!

 でも、どんな夢だったんだろう?

 目が覚めたときと同じ姿勢でベッドに横たわったまま、ボーっと天井を見上げている。

 妙な感触のせいで戻し損ねた左手を額の上に置く。

 ふぅ~

 カーテンの隙間から差し込む光が、天井の隅に白いシミつくっている。

 朝か・・・・・・

 いつもの朝。ちょうど外の道を走り抜けていくスクーターのエンジン音。

 部屋の中にパンの焦げた香ばしい匂いが漂っているのに気づいた。途端に、

――グゥゥゥ~~~~

 お腹すいた!


 身支度を整えて、あわただしく朝食をとり終え、私は学校へむかった。

 今日も廊下で部活の朝練を終えた瞳たちとすれ違って、おはようの挨拶を交わす。

 教室の中は、いつものように抑え気味ながら騒がしく、私は自分の席についた。

「おはよう、牧野さん」

「お、おはよう、三浦くん」

 前の席の男の子が振り返って、ニコリとした。もちろん、お返しに私もニコリ。

 でも、ちょっと頬が引きつったかも。

 やっぱり、男の子と話すのって、私苦手。

 瞳たちは、いつも自然な様子でクラスの男の子たちと楽しそうにおしゃべりしているけど、私はダメ。どうしても、ヘンに意識しちゃう。

 女の子相手のようにおしゃべりなんてできない。

 いつもぎこちない笑顔を浮かべて、つっかえつっかえ言葉を探す。


「ね? 昨日貸したCD聴いてくれた?」

「え? あ、うん。よ、よかった」

「そう。よかった。あのCDの3曲目、俺のお気に入りなんだ。パンチが効いているっていうか、聴いていてすごく元気になるっていうかさ。牧野さんもそう思うでしょ?」

「え? あ、うん。そうね」

 三浦君、さらにうれしそうにニコニコしてる。

 でも、昨日借りたCDの中で私がいいなって思ったのは、7曲目のバラード。私的には3曲目はいまいちピンとこなかった。

 きっと、相手が女の子だったら、『そう? 私は7曲目の方がいいと思ったんだけどな』みたいに、はっきり答えられると思う。

 でも、今みたいに三浦君相手だと、途端に私の意見を口にできなくなっちゃう。

 で、結局、三浦君がたくさん話しかけてきてくれるのだけど、ぎこちなく言葉を交わすだけで、ちゃんと返事ができなくて、いつもすぐに会話が途切れちゃう。

 ああ、三浦君が女の子だったらよかったのに・・・・・・


 昼休み――。

 いつものように瞳たちと集まって教室の隅でお弁当を食べ、しばらくおしゃべりをしてから、私の席にもどった。

「おかえり」

「え? あ、うん。ただいま」

 食堂で昼食をとってきた三浦君がすでに戻ってきており、私の前の席に座って文庫本を読んでいた。

 こんなときは、思い切って、私の方から『なに読んでいるの?』って声をかけるべきなんだろうな。本来なら。

 でも、そんなことできなくて・・・・・・

 何度か声をかけようとして、結局、躊躇して。

 不意に、三浦君、読んでいる文庫本を閉じた。そして、振り返った。

「ね? 牧野さんって、昨日夢とかみた?」

「夢?」

「そう、夢」

 え、えーと・・・・・・ なにか見たような気もするけど、覚えてない。

 私は、ふるふると首を振った。

「そっか。俺は見たよ。お姫様と勇者が出てくる夢」

「へ、へぇ~」

「勇者がお姫様を守って、モンスターと戦うんだけど、相手のモンスターが強くて、お姫様の手を引いて逃げていくんだ」

 三浦君が可憐なお姫様を守ってモンスターと戦い、逃げていく姿、想像すると、案外似合っていて格好いいかも!

「格好いいね」

「あー、うん。でも、そうでもないんだ」

 なんか今ひとつ浮かない顔。歯切れが悪いもの言い。なんだろう?

 三浦君、私の眼を見た。

 視線があって、ドギマギ・・・・・・

「実はさ、昨日の夢で、お姫様だったのが俺で、勇者だったのが牧野さん・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 って、なんで私が勇者!? 一体、三浦君の中で私ってどんな風に見られてるの!?

「なんか損した気分だよな。折角、夢の中で牧野さんに初めて会えたのに、俺が女装して、ドレス着てて、牧野さんに守られながら、手を引っ張られて逃げていくんだもんな。格好悪ッ!」

「・・・・・・」

「せめて、俺が勇者で牧野さんを守って戦いたかった・・・・・・」

 三浦君、ちょっと落ち込んでる。

「え、あ、その・・・・・・」

 どう声をかけてあげればいいんだろう?

 迷っていると、また三浦君、私を見た。

「ね? 牧野さんって、夢で俺が出てきたことある?」

 もちろん、そんなことは一度もなくて。

 フルフル――。

「そっか。だよな」

 三浦君、苦笑を浮かべてる。

「ね、もし、いつか牧野さんの夢の中に俺が出てきたとしたらさ、俺を勇者にしてよな。昨日みたいなお姫様でなくてさ」

「え、えっと、その・・・・・・ う、うん、頑張ってみる」

 って、考えてみれば、どう頑張ればいいんだろう?

 それから、三浦君、ニコリとして、人さし指を立てた。

「それと、牧野さんがお姫様だったら、勇者は俺以外ナシって方向で!」

「え?」

 私が適当な返事を思いつけずにいる間に、すでに三浦君は前を向いていた。


 やっぱり、男の子と話すのって苦手。すぐに言葉がつまっちゃう。

「う、うん・・・・・・」

 だから、目の前の背中に向かって、そう小さく搾り出すだけで、私には精一杯だった。

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