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鍋しよう!

 昨日は俺の誕生日だった。

 一浪して入った大学の一年生。だから、二十歳になった。

 この冬には成人式を向かえるが、もう酒も飲めるし、タバコも吸える。

 犯罪を犯せば、実名で報道される――。

 ・・・・・・俺はもう大人だ!


 夕方、大学のサークルの帰り、キャンパス内の食堂の隅で桜先輩たちと紙コップに入ったコーヒーをすすりつつ、まったりしていた。

 あれこれと、サークルのこと、バイトのこと、とりとめのないことを話し、のんびりとした時間をすごす。

 あの桜先輩と一緒の時間。

 先輩に一目ぼれし、わざわざ同じサークルに入った俺。先輩とだべるだけでも幸せだというのに、話の流れで、昨日が俺の20回目の誕生日だということが知られてしまった。

 そして、すぐに先輩の形のいい桜色の唇が、祝福の言葉をつむいだ。

「へぇ~ そうなんだぁ~ 石川君、おめでとう」

「ありがとうございます。喜多先輩」

 心臓が止まりそうなほど感激した! 猛烈に感動した! 心が震えた!

「あ、そうだ! 私、いいこと思いついちゃった。ね? 今日は寒いし、これからみんなで鍋パーティしない? 石川君の誕生日を祝ってね」

「え、そんな。けど、う、うれしいです。でも、みなさん、迷惑じゃないですか?」

 他の先輩たちの顔を見回してみると、ニコニコ笑っている。だけど、ちょっと様子がヘン。なぜか俺と眼をあわそうとしない。そして、唯一、俺のことを見つめている部長も、その眼は必死になにかを訴えているような気がしなくも・・・・・・

 一瞬のひらめきが俺に。

 そうか! 先輩たち、俺が、大学一の美人の桜先輩からお祝いされるらしいというので、ヤキモチ妬いているんだな! その不機嫌さを俺にさとられないように、俺の方を見ないに違いない!

 へへへ。いいだろう! うらやましいだろう!

 ちょっといい気分でいた。

「あっ、わ、悪い。俺、今日はバイトで。す、すまんな、石川」

 副部長が、文字にすると申し訳なさそうな断りの言葉を、なぜか棒読み口調で話す。

 他の先輩たちも、

「悪い。俺も今晩バイトで・・・・・・」

「俺、今日中にレポートを片付けないと、単位やばいんだ」

「これから彼女とデートなんだ、すまん」

 他の先輩たちも次々に断ってくる。

 そうか、そうか、俺と桜先輩が仲良く鍋をつつく姿なんか、みんな見たくないんだねぇ~

 ぐふふふ。ぐふふふふ。

 ひとりほくそ笑む。


 結局、先輩と俺、その他用事のない2,3人の一年生たちで鍋パーティをすることになった。

 場所は、大学から一番近いというので、俺の部屋。

 俺と先輩は、近所のスーパーに寄って食材を調達し、他の一年生たちは、なにかプレゼントを買ってくるというので、俺の部屋とは大学を挟んで反対の方角になる駅前の商店街へ向かっていった。

 うへへ。あの憧れの桜先輩と二人っきり。まるで同棲中の恋人かなにかのように、肩を並べて仲良くお買い物。

 夢のようだ! いや、夢でなんてあってほしくはない!

「白菜でしょ。お肉でしょ。お豆腐でしょ。ネギでしょ。あ、そうそう、お酒も必要よね。お祝いだし。あと、なにが必要かしら?」

「俺、結構、自炊とかするんで、ポン酢とか、調味料はありますよ。それと白米も」

 さりげなく料理をすることをアピール。

「じゃ、まな板とか包丁もあるよね? あと、鍋やコンロは?」

「はい。もちろんあります」

「なら、買わなくてもいいわね」

 俺たち二人は、仲良くスーパーの中を回って、鍋の材料を次々とカゴにいれていく。

「じゃ、私、出すね」

「あ、俺、払います」

「だめよ。今日は君が主役なんだから。それに、昨日、バイト代入ったところなの」

「だめですよ。女性に払わしたりしたら、そんなの男じゃないッす。俺が払います」

「いいのよ。気にしなくても」

「だめです! 絶対、俺が払います!」

 格好良く宣言して、一万円札をレジに叩きつける。でも、実のところ、おかげで今月の生活費がピンチ! 明日、親友の斉藤にでも、金借りなきゃ・・・・・・

 ともかく、恋のためだ。ここは涙をこらえて、男をアピールしなきゃ!

 頼れる男と思ってくれますか、桜先輩?

「え、でも・・・・・・」

 ちょっと困ったような顔をしていたけど、でもちょっぴり恥ずかしげ。もじもじと俺の顔を見上げるように見る姿が、か、かわいい~♪

 なんか、いい感じかも♪

 先輩の表情を見ていて、胸の奥がほっこりと・・・・・・

 あっ、そうだ。今のうちに・・・・・・

 俺は、食材の袋詰めを先輩に任せて、スーパーのトイレへ向かった。


――ブルルルルゥ~~~~

 テーブルの上に放り出した俺の携帯がさっきから何度も振動する。

「ね? 君の携帯、メール来てるみたいよ」

「え? あ、すみません」

 俺の部屋の小さなキッチンにならんで、白菜を切ったり、肉を切ったり、ポン酢の用意をして、鍋の準備なんかしていた。

 すでに、背後の小さなテーブルの上にはコンロが用意されており、皿や箸が並べられている。

 俺は、テーブルの上の携帯を取り出し、画面を確認する。

 駅の方へ買い物にいった同級生たちからだ。

『了解。がんばれよ』

『石川君、ファイト!』

『明日、なにがあったか教えろよ!』

 俺は、スーパーのトイレで、アイツらにメールを送った。『来るな! お願いだから、二人っきりにしてくれ!』って。

 アイツらも、俺が桜先輩に惚れているのを知っているし、それぞれに恋人がいたり、別の相手に片思いしていたりで、俺のことを応援してくれる気でいるようだ。

 持つべきものは友達、そして仲間だ。

 よし! これで、今晩は桜先輩と二人っきり。

 二人っきりで鍋をつついて、ふたりっきりでお酒を酌み交わして。

 慣れないお酒に程よく酔っ払って、いい雰囲気になって・・・・・・ ぐふふふ。

 妙な妄想へ飛んでいってしまいそうになるのを寸前で踏みとどまって。

「先輩、アイツら、急に用事ができたとかで、来られなくなったみたいなんです」

 結構苦労して、さも残念って顔つくって・・・・・・

 油断したら、すぐに顔がみっともなくにやけてしまいそうだ。

「え? そうなの・・・・・・ 折角、こんなにお鍋の材料用意したのに・・・・・・」

 にんじんを切る手を休め、振り返った先輩、すこし悲しげ。そんな先輩に男らしいところを見せ付けるチャンス!

「あっ、大丈夫ッすよ! 俺、それ全部食べるッすから!」

 胸をポンと叩いてみせる。途端に、先輩の表情が明るくなった。

 その笑顔を見れただけでも、今日死んでもいいかも!

 し、しあわせ~~~~!!

 そして、俺たちは向かい合って座り、鍋をつつき始めた。



 二時間後――。

「もう、石川君、私のお酒が飲めないって言うの?」

「も、もう無理ッす! 入らないッす・・・・・・」

 胃の辺りをぽっこりと膨らませ、苦しげに眼を白黒させている俺がいた。

「ほら、さっきから箸全然すすんでないじゃない! 食べなさいよ。ほら、口あけて。お肉煮えすぎちゃうわよ!」

 強引に、俺の口に肉を押し付けてくる。眼が据わってる。

「それとも、なに? 私のお鍋食べられないとでもいうの? さっき、私になんて言った? 思い出させてあげようか? 全部食べるって言ったじゃない! あの時、手にしてた、この桜の形に切ったにんじんを見忘れたなんて言わせないわよ!」

「た、たすけてぇ~~~~ 死ぬぅぅ~~~~」

 もちろん、喜多鍋奉行様は俺を容赦しなかった・・・・・・

「あ、そうそう、米あるって言ってたよね。このあとは、雑炊つくるわよ」

 ひ、ひえぇぇぇ~~~~!!!!

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