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今日は、ねこねこフェスティバル♪

 教室に入ったボクを追い越して、フワフワロングの平野が、ショートでメガネの宮田さんの胸に飛び込んでいった。

「あかりぃ~ ねぇ、聞いてぇ~」

 家は近所だけど、隣のクラスのはずの平野は、甘えた声を出す。

「ん? なぁに?」

 宮田さんも、いつものようにやさしくおだやかに返事。

「すごいんだよ。今日ね、私、絶好調だよ! 人生最大のハッピーデーだよ!」

 女同士で抱き合って、目の前の通路をふさいでくれているので、ボクは自分の席につけない。仕方なく、まだ来ていない悪友の机に尻を乗せ、ボーっと窓の外を眺めていた。

「今日ね、今日ね。学校来るとき、ネコさんたち、17匹も見かけたんだよ! 17匹だよ!すごいよ! ねこねこフェスティバルだよ! 今日は絶対、ラッキーデーだよ!」

 もうすぐ県大会とかで早朝から練習している野球部員たちが、グランドを駆け回っているのが見える。そして、耳には平野が興奮して、まくし立てているのが聞こえていた。

「そう、良かったわね。大好きなネコさんたち、そんなにたくさん見かけたんだ。本当に、きっといいことたくさんあると思うよ」

 宮田さんが、やさしく微笑みながら、平野の髪をなでるのを目の端でとらえていた。

「うん! 大好きだから、学校来るときに毎日数えてたけど、17匹なんて、初めて! すごかったぁ~ きっと、今日は私、人生で一番幸運な日になるのだわ!」


 やがて、放課後――

「宮田さん、これありがとう」

 ボクは、4時間目の数学の時間から、宮田さんに借りっぱなしになっていたコンパスを返した。そのコンパスを大きな手で受け取りながら、宮田さんは小首をかしげて、ニコリと微笑む。

「でも、忘れ物、最近多いね? なにか悩みでもあるの?」

「え? ううん」

 たしかに、最近、ボクは忘れ物が多い。その理由は分かっている。悩みとかじゃなくて・・・・・・

「たぶん、忘れ物が多いのは、もうすぐ発表会だからかな」

 ボクの返事に宮田さんも納得顔。

「永友くんの演奏する曲、結構難しい曲だから、毎日練習大変なんだね。発表会まですぐだから、お互い頑張ろうね」

「ああ、頑張るよ。宮田さんもな」

「うん!」

 メガネ越しに眼がキラリと光ったような気がした。


 それから、帰り支度をしていると、開いていた前のドアからまた平野が突進してきた。

「あかりぃ~! 今日は全然だったよぉ~」

 情けなさそうに、顔をゆがめて、今朝のように、宮田さんの胸へ飛び込んでいく。

「あらあら、どうしたの? 今日はラッキーデーにならなかったの?」

「うぇ~ん!」

 平野は、泣きまねしながら、宮田さんの肩に顔をうずめた。

「朝から、宿題忘れて、先生に怒られたし、階段でこけて、膝すりむいちゃったし、お弁当のおかずにピーマンが入っていたし! それに、それに、さっき、鈴木君、木下さんと仲良くおしゃべりしながら、帰っていったの見ちゃったよぉ~ うぇ~ん!」

 困ったなって顔して、宮田さん、一瞬、ボクの方を見たけど、すぐに、ボクよりもピアノを器用に弾きこなす大きな手で、平野の頭の天辺をなで始めた。

 一瞬、平野は全身を固くした。でもすぐに、体の力を抜き、宮田さんに体を預けた。

「あかり。大好き!」

「そ、ありがと」


 夕方、ボクが幼稚園のときから通っているピアノ教室の控え室に入ると、今日は先客がいた。宮田さん。

 お互い軽く会釈して、部屋の隅に並べられた椅子に腰掛ける。

 でも、今、ボクは宮田さんと二人きりでひとつ部屋にいる。間に2つほど椅子があるけど、シャンプーの匂いが漂ってきている気もしないではない。

 意識するなって方が不自然。でも、ボクには宮田さんを直視する勇気がなかった。

 隣の練習室からは、いつもの基礎の反復練習の音が洩れ聞こえている。

 手持ちぶたさで、ぐるりと部屋の中を見回しても、子供の頃から見慣れた景色。特別、目を引くものも。

 仕方なく、膝の上に楽譜の入ったカバンをのせて、鍵盤代わりに弾きはじめた。

 しばらくして、隣の練習室から、たどたどしい感じで曲が流れてきた。

「だれ? 遠藤さん?」

 ボクの質問に、ホッとした感じで、宮田さんが返事をくれる。

「そう、今度の発表会で演奏するんだって、張り切ってたよ」

「そうなんだ。バッハの・・・・・・」

 ラヴァーズ・コンツェルトって、つぶやきそうになって、慌てて飲み込んだ。途端に、顔が上げられなくなって、カバンの向こうに見えている膝小僧をにらんだ。頬が熱い。

 宮田さんの方を見る勇気がなかったけど、なんとなく、宮田さんも同じ曲名を思ったみたいで、息を飲み込んだ気がする。


 やがて息をひそめているのに、耐え切れなくなって、深呼吸を二つ。

 やっと、顔が上げられた。

 宮田さんは、じっと足元に視線を落としていた。首筋を抑えるように、白い手が添えられている。その白い手が目に入った瞬間、なぜか頭をなでられて、うれしそうにしていた平野の姿が浮かんできた。

「ねぇ? ボクのうち、平野の家の近所なんだけど」

「え? うん、斜め裏ね」

「ああ、今朝、学校来るとき、偶然、ずっと平野の後ろを歩いてたんだ」

「そうなんだ」

「だから、ボクも『ねこねこフェスティバル』のはずなんだけどなぁ~」

 天井を見上げて、冗談めかせて嘆いてみせる。

「今日は、忘れ物するし、廊下走ったって怒られたし、体育のサッカーでボール蹴りそこなったし・・・・・・」

 クスッ

 宮田さんが口元を抑えて笑った。

「そうね永友くん、ボール蹴らないで、なにもないところを蹴ってたもんね。それも、5回も」

「ああ、おかしいよなぁ。ちゃんとボールを狙って蹴ってたんだけど」

「そうね。うふふふ」

「ああ。間抜けだよな。何回も、何回も・・・・・・ ん?」

 そのとき、ふっと疑問に思った。あれ? ボクは、5回も蹴りそこなったんだ。たくさん失敗したのは覚えているけど、回数まで覚えてなかった。

「宮田さん、ボクの失敗を数えてたんだぁ~ ひどいなぁ~ あはは」

 また冗談のつもりで、そう言いながら、わざとらしく頭のうしろをカリカリと掻いていたのだけど、その視線の先で、宮田さんのメガネの向こうの目が泳いだのをしっかり見ていた。

 ボクは、その瞬間、朝の平野の言葉を思い出していた。

――うん! 大好きだから、学校来るときに毎日数えてたけど、17匹なんて、初めて!


 そのとき、あの17匹の猫たちがダンスを始めた。

 バッハの曲に合わせて。

 お互いの周りをクルクルと回る。

 優雅に華麗に・・・・・・

 今日は、ねこねこフェスティバル!

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