恋愛相談
――雅也は、あたしの隣で小さく笑った。
「やっぱ、お前いいヤツだな」
「そう?」
「おう。早速、今晩にでも電話して、気持ち伝えてみるわ」
「うん。雅也なら大丈夫だよ、きっと。ガンバレ!」
「おう」
あたしは、さっきからうずいていた胸の痛みを無視して、無邪気で残酷な雅也を励まし続けた。
「ホント、お前って、いいヤツだよな」
「なんか切ない・・・・・・」
ホッとため息を吐きながら、その原稿を机の上においた。
冬の夕日が差し込む文芸部の部室。他の部員は用事があるとかで、今日はずっと二人っきりだった。
昨日一年の子が書いてきた恋愛モノに眼を通して終えて、頬杖をつく。そんな私をチラリと見ただけで、向かいの席のバカはさっきからだまったままだ。今日は部室に来てからすっと文庫本を読んでいる。
「ねぇ? 圭はどう思うのよ? アンタも読んだんでしょ、これ?」
原稿を振ってみせた。
すっと視線を上げて、私の手元に視線をやる。それから薄く笑う。
「なによ?」
「いや、別に」
「はぁ? なんなのよ? なんかムカツク」
圭は軽く肩をすくめただけで、視線を手元の本に戻した。
「ムカツク!」
「私はいいと思うんだけどな。こう、読んでてグッとくるっていうか、胸が締め付けられるっていうか」
独り言のように呟く私に、前の席からバカが視線を向けてきているのを感じていた。
「たしかに、もうちょっと書き込んだ方がいいかなってところとか、同じ繰り返しがあって、もっと違う表現もした方がいいかなってところもあるけど、これはこれで味があって、私は好きかな・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
なんか頬が熱くなってきた。なに私、ひとりで語っているんだろう? しかも、こんなバカ相手に。
「んん・・・・・・ もう! 圭もなんか言ったらどうなのよ! 私一人しゃべってたら、バカみたいじゃない!」
そう爆発した私に、圭は苦笑を浮かべながら本を机の上に置いた。そのまま、黙って私の顔をジッと見てくる。
「な、なによ?」
「別に」
妙な節もつけてくる。
「もう、なんなのよ!」
「うん、女の子が考えそうな作品だよな。それって」
「・・・・・・はぁ? 悪い?」
「いや、別に」
「じゃ、なんなのよ? なにを言いたいのよ?」
圭は肩をまたすくめた。
「大体さ。恋なんていう究極のプライベートな話題を相談できる女友達を持っている男がさ」
「うん」
「他人に恋愛相談しなきゃいけないほど、恋愛経験値が低いなんてことあると思う?」
「・・・・・・」
「もし実際にそういうことがあるなら可能性は二つしかないじゃん」
「どういうことよ?」
「一つは、男がその子の恋愛感情に本当は気がついていて、それ以上気持ちを深めさせないように牽制しているのか」
「・・・・・・」
そのまま、イタズラ小僧の眼をしてくる。そして、
「あ、そうだ。前から俺、亜樹に相談したいことがあったんだ。実は、気になる子がいてさ」
「・・・・・・ぶ、ぶん殴られたいわけ? だれがアンタのことなんか!」
「ふっ」
「ムカツク」
圭が急に真剣な声を出してきた。
「もし、それが理由だったら、この男最低だな」
「えっ? なんで?」
「だってさ。相手の子が自分のこと好きだって分かってて、かつ相手の子と付き合う気がないから、牽制するわけだろ? そんなことしたら、相手の子はその後もモンモンと引きずる羽目になるし、次の恋もできねぇじゃねぇか!」
「・・・・・・」
「きっぱり振ってやるのも優しさだと思うけどな、俺は」
真面目な顔して、私を真っ直ぐ見つめてくる。胸の奥でコトンと音が鳴った気がした。けど、
「おっ、今、俺、かなり格好イイこと言ったんじゃね? やべっ! また亜樹に惚れられるかも! うはっ、俺、チョーやべ!」
「バカ! だれがアンタなんかに惚れるか!」
「アンタって、ホント、バカで最悪ね」
「ん? そうか? 男って、みんなそんなもんだろ?」
「ホント、ムカツク」
「・・・・・・」
また肩をすくめた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「なによ?」
「別に」
圭は文庫本に戻ることなく、私を眺めてくる。
「なにか話したいの? 手短かにね。私、今、いそがしいから」
「別に」
「そう」
「ああ」
「・・・・・・」「・・・・・・」
「なによ?」「別に」
なんなのよ、さっきから! そんなに私に尋ねさせたいわけ?
「はぁ~ で、アンタの考える二つある可能性のもう一つはなんなのよ?」
たちまち、眼をキラキラ輝かせてくる。
「そりゃ、もちろん、コクるタイミング待ち!」
「はぁ? なによ、それ?」
散々引っ張って、それかいっ! ったく!
「あっ、そうだ。俺、亜樹に相談したいことが・・・・・・」