未来ネット
我々のグループは目的にかなう可能性のある惑星を見つけた。
私の前のディスプレイに、レーダーその他の観測装置によって収集されたその惑星のデータが次々に表示されていく。
おどろくほど、我々の星・地球に似た環境だった。しかも、望みどおりに知的有機生命体が暮らしてさえいる。
だが、その知性体は、我々ほどには科学技術が進歩していない様子で、外部カメラの地上ライブ映像には、初期の蒸気機関をつかったマシーンが惑星上のあちらこちらでうごめいているだけだ。
私は、その観測結果に満面の笑みを浮かべて、満足げにうなずいた。
どうやら、我々の目的にかなう星のようだ。
我々の探索船は予め定められているファーストコンタクトプログラムにしたがってその惑星に接近していく。
それから3Dホログラム投影を利用した宇宙船の映像を惑星上でもっとも発達した都市上空に出現させる。
下界では、現地知性体たちがパニックをおこしはじめ、早くもちょっとした騒ぎになっているようだ。
おっ、なにか大きな音がした。と思ったら、巨大な弾頭が我々の宇宙船映像に高速で接近してくる。つまり、我々は攻撃されているのだ。
もちろん、我々の側はただの3Dホログラム映像。弾頭は、我々の宇宙船映像をすりぬけて、反対側へおちていく。
今頃、着弾した場所では、大きな被害がでているのだろうが、それは別に我々が攻撃したからではない。
この時点では、我々は一発も撃っていないのだから。というか、このファーストコンタクトプログラムでは、我々は一発も撃つ必要はない。
我々の宇宙船は、現地知性体たちの攻撃をものともせず、その都市にどんどん近づいていき、都市郊外の公園のような場所へ着陸した。
着陸地点には、すでに、我々を威嚇するように所狭しと武装兵たちが立ち並び、武器を構えて待ち構えているが、兵士たちはみな恐怖で顔を青ざめさせている。
我々は、そんな兵士たちの姿を参考に、現地人を模したコンタクトインターフェイス映像を作成し、着陸した宇宙船から友好的な仕草で外へ歩みださせた。
途端に、現地知性体たちの間から安堵の吐息がもれる。
やがて、その中から、ひとりの長身の人物が前へ進み出てきた。
「お前らはなにものだ! なにゆえあって、我がガメニス帝国の宮殿公園に無断で着陸してきた。もしや、我らが宿敵、ザサーランの手の者か?」
どうやら、彼らは我々を敵の仲間かと疑っているようだ。
「いや、我々は星の世界にある地球という星からやってきた探検隊だ。そちらの敵とは何の関係もない」
「なに? 星の世界? そのようなたわけたこと・・・・・・」
その言葉が発し終わらないうちに、我々は上空に向けて合図っぽい仕草をする。
途端に、宇宙空間に待機している母船から、レーダー光線が放たれ、着陸船の上空が七色に光り輝く。
「これでも、我々の言っていることを信じないと?」
我々の質問には、その代表者は腰を抜かして口をあんぐりとあけたまま、うんうんとうなずいているだけだった。
我々は、コンタクトインターフェイスをつかって、5年間に渡って現地知性体たちと交流し、さまざまな機会をつかって、我々のもつ技術情報を惜しみなく彼らに教えた。
そのためもあって、彼らの技術水準は目覚しく向上し、その5年の間に我々と肩を並べるまでになった。
つまり、太陽光発電等を利用した電力インフラが整備され、ネットワーク環境が整えられ、五感連動型インターフェイスヘッドセットと実体型3Dアバターを利用することで、家から一歩も出ずに労働を含むあらゆる活動をおこなうことが可能になったのだ。そう、それこそ、指一本動かすことなく、日常生活を送れるようになった。
それはまるで、我々地球の歴史を繰り返すかのようだった。
あれは50年ほど昔。我々の地球にも宇宙船が来訪し、神秘的で親切な宇宙人が今我々がおこなったのと同じように様々な技術を伝授して去っていった。本当に神のような豊富な知識と能力をもった不思議な宇宙人たちだった。
我々はたちまちその技術を習得し、自分のものにしていったのだが、その結果、人間は一切外出する必要がなくなり、食べることと生殖活動以外することがないという状態になってしまった。当然、そんな生活をしていたのでは、人々は肥満になるばかりだし、人口が増える一方になる。ついには地球人口は体重150キロ以上の人だけで200億人を超えたのだった。
もちろん、それだけの人口を地球一つだけで養えるはずもない。幸い、隣の火星の開発が成功し、食料の本格的な輸入が始まったことで、なんとか当面はしのげたが、増え続ける人口を抱えたままでは、早晩、また食糧不足に悩まされるだろう。
そんな飢えの予感に怯えはじめた人類に、そのとき一人の救世主が現れたのだ。
我々がこのように肥え、人口が破綻寸前にまで急増したのは、あの親切な宇宙人が伝えてくれたネットに依存するようになったからだ。そして、そうして手に入れたものはなにかといえば。
その救世主は、自分の腹回りについた巨大な脂肪の塊をつまんで叫んだ。
『肉だ!』
もちろん、この肉は人間の肉であり、倫理上、食べることはできない。だが、我々が他の宇宙人にネットのよさを伝えれば、彼らは我々と同じようにネットに依存し、すぐに肉の塊になるに違いない。
そして、彼らは、宇宙人であって、我々と同じ人間ではない。だから、その肉の塊を食用にしたとしても、なんら倫理上の問題はないであろう。
実に悪魔的な発想だった。だが、同時にとても魅力的な主張でもあった。
火星から届く食料は藻類をベースにした植物性のものばかり。栄養やカロリー的にはまったく問題がないとはいえ、人々は、いい加減うんざりし、肉に飢えていたのだ。
そのアイディアなら、我々人間は肉を好きなだけ手に入れることができるだろう。
所詮、この世界は弱肉強食なのだ。技術的に優れた我々は捕食者であり、他の宇宙人は食料にすぎない。
その考えに納得するものも、疑問をもっているものの、結局は肉の誘惑には勝てなかった。
人々は、嬉々としてそのアイディアに便乗し、探査船を仕立てて、近隣の星々を巡り、技術情報の伝達に努めたのだった。この30年、我々はネット伝道師の役割を果たしつづけた。
ようやく、我々の探索グループも、仕事を終える。後は、数年して、この星へ戻ってくれば、肉の塊が取り放題になっていることだろう。
じゅるり。
おっと、ヨダレが・・・・・・ 失礼!
私は満足の吐息を漏らして、ヘッドセットを外し、探査船とのネット接続を切る。
ここは私の家のリビング。そう、探査船に乗っている私の分身も3Dアバターなのだ。私は地球を離れるどころか、一歩も自宅から外を出ていない。
肥満した体を揺らしながら、背伸びを一つ。
う~ん・・・・・・ 今回もいい仕事をした。次にあの星へ戻るときが楽しみだ。
――キュイーン キュイーン
おや、なんだか今日は外がやけに騒がしいな。なんだろうか?
私は疑問に思って、リビングの窓を開け、外の様子を見る。
すぐ近くで、見慣れない宇宙人が立っていて、仲間の宇宙人たちに指示を出している。仲間の宇宙人たちは、私のご近所さんたちを無理やり家から引きずり出している。
「おっ、その肉は脂が乗っていてうまそうだ。ステーキ用に冷凍しておけ。そっちの肉はウィンナー用にひき肉にしておくか」
なっ!
おどろいて、その場に呆然と立ち尽くしていると、その指揮官らしき宇宙人と目が合ってしまった。
「おい! ここにも肉が落ちてるぞ! おい、お前たち、そいつも拾ってこい!」
というわけで、この話で一旦、完結します。ありがとうございました。