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君のすべてを

 今日は俺たちの3回目の結婚記念日だ。

 駅で由香と待ち合わせて、昼のうちに予約を入れておいた海沿いに建つホテルの最上階レストランへ向かう。

 ホテルに着き、玄関ホール奥のエレベーターが下りてくるのを待っていると、隣に腕を組んで、やたら微笑み交し合っているカップルがやってきて、階数を表示を見上げた。

「そのレストランって何階なの?」

「ああ、最上階らしいよ」

「へぇ、じゃあ、海見えるかな? さっき乗った港クルーズの遊覧船とか見えるかな?」

「ああ、多分、見えんじゃないかな」

「わぁ、やったー!」

 隣の男は無邪気にはしゃぐ彼女にうれしそうな顔を向けていた。


 エレベーターが最上階に到着して扉が開くと、目の前にレストランの入り口がある。

 俺たち夫婦とそのカップルは前後してレストランの中へ入っていった。

 案内されたのは、海に面した窓際の席。例のカップルも俺の後ろの席に案内されたようだ。

 左手の大きなガラス窓越しに港の夜景が見える。どうやら、真下に見える大きな船が港クルーズの遊覧船なのだろう。それを指差し背後の席の女がキャッキャと騒いでいる。

 ふと見ると、由香もその船を、どこかうらやましげな眼をして眺めている。

「乗ってみたい?」

「え? あ、ううん。いい・・・・・・」

 付き合い始めから数えても、もう5年になる。今までの経験からして、由香がこんな風な返事をするときは、ほぼ間違いなく乗りたがっているのだ。

 俺は頭の中にそのことをメモして、そして、ちょうど運ばれてきた料理にフォークを伸ばした。


 二人で、あれこれと取り留めないことを話し、料理を口に運び、ワインを飲む。

 俺たちふたりとも会社帰りでもちろん電車なので、いくら飲んでも構わない。飲酒運転でつかまることはない。

 だけども、それをいいことに、ガブガブ飲むと、家に帰った後、ブチブチ文句を言われるのは確実だろう。だから、すこし自制を働かせなければ。大体、今日は結婚記念日なんだし、すこしは由香を喜ばせるようなことをしなくちゃな。

 頭の隅でそんなことを考えていると、

「ねぇ? 私のどこが好きなの?」

 ハッとした。思わず顔を上げて、由香を見つめた。けど、すぐに気がついた。今言ったの、由香じゃない。後の席の女だ。

 うわっ! なに彼氏に聞いちゃってるかな。そんなこと聞いてやるなよ。彼氏かわいそうだろ。

 思わず、同情して、肩越しに背後のカップルの席を振り返る。

 彼氏、なんて答えるのだろうか?

 この質問は、爆発確実な地雷だ。どう答えても彼女に不満顔させてしまう。由香と付き合う前の恋人たちや由香当人からもそういう質問をされて、どれだけ往生させられたことか・・・・・・

 ガンバレ、彼氏!

 この質問に対して、正直に、君の大きなおっぱいが好きなんて答えたら、途端に冷たい眼で『変態』ってののしられるし、やさしいところなんて答えたら、『そんなことだけなの!』ってキレられる。

 じゃあ、無難に君の全部なんて答えたら、『それじゃあ答えになってないわ!』って水ぶっ掛けられるし・・・・・・

 うん、あのときの由香、眼が座ってたよなぁ~ まあ、慣れないアルコールに酔ってたってのもあるのだけど・・・・・・

 さあ、彼氏、この質問になんて答える? どう切り抜けるつもりだ?

 どこか期待をこめて(修羅場に発展するのを覚悟しつつ)聞き耳を立てていると、

「う~ん・・・・・・ そうだなぁ~」

「ねぇ? どこなのよ?」

 しばらく考えるような間があって、やがて、

「ぶっちゃけ、彩音って俺のタイプじゃなかったんだよな」

 な、なんだってっ!

 彼氏の予想外の返答に、俺の背後の彼女だけでなく、二人して聞き耳を立てていた俺たち夫婦も固まる。いや、近くの席にいた客やウェイター全員が動きを止めて彼氏の顔を見つめている。

「性格きついし、やさしくないし、体がデカいし、わがままで人の話聞かないし・・・・・・」

「な、なんですってぇ~」

 背後で彼女がうめくように呟いている。怒りのオーラが俺の背を焦がす。

 そのことに気がついていないのか、彼氏はさらにつづける。

「けどさ、ある日、ふっと気づいたんだよな。俺、今週一週間ずっと、朝から晩まで休みなくずっと彩音のことを考えているってさ。彩音のあのときの笑顔可愛かったなぁ~とか、あの仕草色っぽかったとか、そんなことばかり。朝から晩まで起きている間中ずっとさ」

「・・・・・・」

「そんで、思ったわけよ。俺、彩音のこと欲しいって思ってるって。体も心もだけじゃなく、彩音の過去も未来も全部。全部ひっくるめて俺のものにしたいって」

 イタッ! 由香、なんでテーブルの下で俺の脛を蹴ってくる?

「だからさ、彩音の将来を俺にくれないか?」

 気がつくと、レストラン中の視線を集める中で、彼氏はポケットから小さな四角い箱を取り出して、テーブル越しに目の前の戸惑い顔の彼女に差し出した。

「結婚しよう!」


「うわぁ~ 素敵だったね」

「そ、そうか・・・・・・」

 レストランを出、駅へむかって並んで歩きながら、俺たちの会話はさっき目撃したプロポーズシーンばかり。そのせいもあって、ついつい俺たちのときのことを思い出してしまう。

 俺の部屋で朝飯のトーストを焼きながら、ベッドで寝息を立てている由香に遊び半分でプロポーズの真似事をしたら、実はそれは寝たフリで、本当はとっくに起きていて・・・・・・

 はぁ~

「ん? なによ」

「いや、別に・・・・・・」

「ふふふ。ヘンなの」

「ああ、ううん、うん、まあな」

「ふふふ」

 ついつい顔を見合わせてニマニマ。

「ねぇ~?」

 不意に真面目な顔で俺の前に回りこんできた。なんかとっても嫌な予感が・・・・・・

「私のどこが好き?」

 ・・・・・・!

「う、うん。そう、由香のこと、全部好きだよ。全部」

 途端に、不満そうな顔。

 うわっ、やばい!

 あの時の水の冷たさを思い出し、慌てて言いたしていく。

「ほら、今だって月の光を宿らせている瞳がすごく綺麗でまぶしいぐらいだし、すこしうるんでいてキラキラ光の粒が流れているみたいで、まるで宝石のようだし・・・・・・」

 うげぇ~ だ、だれか助けてくれぇ~!

「ふふふ」

 由香はとても満足そうな顔をして、俺のことを見返してくる。ちょっと期待して、

「そんな感じでつむじからつま先までひとつひとつ好きなとこってあるんだけど、全部話すと一晩じゃ足りないと思うんだよ。うん。それでも聞きたい?」

 由香は俺の言葉にニンマリとした笑顔を向けてきた。とても悪魔的な・・・・・・

「うん、聞きたい」

「よし、分かった。俺の大好きな由香のすべてを語ってやるさ。今晩は寝かさないぞ!」

 絶望的な気分で俺はそう宣言するのだった。

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