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クラスメイト

 冷房の効いた図書館で夏休みの課題をしようと言い出したのは、かおりだった。

 夏休みに入る前に彼氏ができたかおりだけど、その相手の南くんは、夏休み中でも部活があったり、アルバイトしてたり。この夏休みの間、ほとんど二人で一緒にいられないようだった。その寂しさを紛らわせるためか、自分の家に私たちを呼んだり、近所のショッピングセンターにみんなを集めたり。夏休みの間中、リーダー役のかおりの思いつきに振り回されて、私たちはあちらの家、こちらの施設と毎日集合場所を変えつづけだった。

 もちろん、それぞれの場所で私たちは主に遊んでばかりだったのだけど、夏休みも終盤をむかえ、さすがに、勉強嫌いなかおりも慌て出したみたい。だから、今日は図書館集合。

 かく言う私はというと・・・・・・ もちろん、そんなかおりに毎日付き合わされていたわけで・・・・・・

 うん、一応、毎日、頑張ろうとはしてたんだよ。毎晩、自分の部屋の机に座って、ノートを広げて。

 熱帯夜にも負けず、集中集中。

 けれど、気がついたら、いつの間にか手の中にケータイが握られていて、かおりや美奈にメールを打っている私がいた。


 市の図書館に着くと、結構な数の人が中にいるのに、静謐な空気に包まれている。だれも私語を交わさないし、ただ黙々と読書にあるいは勉強に集中している。

 これじゃあ、騒いだりなんてできない。しちゃいけない雰囲気。

 勉強という名目で、ただ涼みに来ただけだということが、なんだか後ろめたいような気分に嫌でもなる。

 とりあえず、3人で空いているテーブルを確保して、仕方なくノートを広げる。

 それぞれのノートを見ると、3人とも似たり寄ったりの状況だった。思わず、顔を見交わして、苦笑しあう。

「じゃ、分担しようか? それぞれ得意な科目ね。まず、美奈は数学ね。私は英語。千穂は・・・・・・社会?」

 って、なんで、私だけ疑問形なの?

 まあ、といっても、たしかに私には得意科目なんて何もないのだけど。しいて上げれば、体育。そんなの夏休みの課題にでてないし。

「それじゃあ、はじめよっか」

 かおりの合図で、私たちは、それぞれ分担した科目に取り掛かっていく。けど、いきなり問題発生。

「あ、これ資料集がないと答えられないじゃない。私、もってきてないよ。かおり、美奈、資料集もってきた?」

 私の質問に、ふたりともフルフルと首を振る。

 あちゃー どうしよう・・・・・・

 ふと周囲を見回す。ここは図書館。当然、いろいろな書物が周囲に並んでいるわけで。

 もしかして?

「ちょっと中探してくるね。あるかもだから」

「ああ、うん。いってらっしゃい」「がんばって」

「はーい」

 二人に手を振って、図書館の中をさまようことにした。


 文芸書のコーナー。郷土関連の書籍コーナー。児童書・絵本のコーナー。専門書のコーナー。

 あちこちのコーナーをのぞきまわり、資料集やその代わりになりそうなものを探す。けれど、私、普段から図書館なんてそんなに来ない。学校の図書室ですら、入学以来3回しか入ったことがない。そんな状態じゃ、目的の資料集を見つけるなんて難易度が高すぎるわけで。

 ほとんどあきらめて、たまたま目に入った雑誌を手にとって、パラパラとめくっていた。

 はぁ~ 私、なにやってんだろ。

「やあ、津田さん、久しぶり」

 肩を叩かれた。振り返ると、たしか同じクラスの・・・・・・ だれだっけ?

「えっ? あ、えーと。ひ、久しぶり」

「やっぱ夏だし、暑いね」

「あ、うん。そうだね。毎日暑いね」

 必死に目の前の男子の名前を思い出そうと頭の中の記憶を呼び覚ます。

 たしか、教室の前の方、窓側に面している私の席からほぼ正反対の位置に席がある男子。私にとって、一番遠い場所。ほとんど接点らしい接点なんてなにもない。夏休み前に何度か眼があったことがあるぐらいで、まともに話したこともない人。

 う~ん・・・・・・ だれだっけ?

「なにか探しものだったの? さっきから中をウロウロしてたみたいだけど?」

「えっ? あ、うん。ちょっと・・・・・・」

「・・・・・・」

 目の前の名前の分からない彼は、ニコニコしながら私が先を話し出すのを待っているみたい。えっと、やっぱり、私、正直に資料集を探しているって教えた方がいいのかな? もしかしたら、資料集の場所を知っているかもしれないし。けれど、名前も分からない相手、頼りにしてもいいのかな?

 ちょっと迷っていると、

「あ、もしかして、だれか他の人と一緒だった? 彼氏とか?」

「えっ? あ、ううん。違う。かおりたちと一緒だから」

「村上さん? ああ、そうか、いつも一緒につるんでたもんね」

「うん」

「じゃあ、それなら、俺、お邪魔だね。また今度、学校でね」

「あ、うん。学校で」

 そうして、私たちはにこやかに別れた。結局、彼の名前を思い出すことも出来ず、資料集を見つけることも出来ず、かおりたちのいる席に戻るしかなかった。


「ねぇ? さっき野村くんとなに話してたの?」

 席にもどった私に、早速かおりが話しかけてくる。眼をきらめかせて、顔を盛大にニヤつかせて。

「えっ? 野村くん?」

 一体、だれの・・・・・・ ああ、そうか、さっきの男子。

「なんか、ふたり、かなり親密そうな雰囲気だったじゃない?」

 美奈は身を乗り出し、小鼻をひくつかせながら私に問いかけてくる。

「ええ? そんなことないよ。たまたま会って、ちょっと世間話してただけだよ」

「「ふ~ん」」

 二人はなぜか、顔を見合わせ、首を振り合う。

 う~ん、なんだろう? なにか私の知らないことがあるのかしら?

「ええ? なになに?」

 私の詮索に、二人は、ニヤニヤしているばかり、なにも話してくれない。

 正直、思いっきり問い詰めたい気分だけど、ここは図書館、大声を出すことははばかられる。なんか、もやもやする。

 仕方がないので、あれこれ想像をめぐらせて考えてみたけど、もちろん分からなかった。

 資料集もない上に、そんなことをしていたのでは、当然、私の分の課題なんてはかどるはずもなくて。

 結局、社会科は、今晩、それぞれに自宅でこなすことになった。


 ケータイを握り締め、メールを打っている。

 二人と別れ、家に帰って、晩ご飯を済ませ、見たかったテレビドラマを見てから、自室にこもって、社会科の課題に取り掛かったはずなのだけど。

『ねぇねぇ? なんで、野村くんと話してたら、ふたりともニヤニヤしていたの?』

『千穂、それ、本気の質問?』

『ん? どういうこと?』

『マジで分かってないのかってこと』

『えっと、ええっと・・・・・・?』

『はぁ~ これだから、千穂は・・・・・・』

 なんだか、かおりに呆れられたみたい。同じようなやりとりを美奈ともして、やっぱり美奈も呆れていた様子だった。

 う~ん・・・・・・ なんでだろう? なんで、ふたりとも呆れちゃったのだろう?

 不思議に思っていたのだけど。唐突にかおりからメールが届いた。

『明日の集合場所は駅前に10時ね。水族館へ行くわよ』


 約束の時間、私は駅前に来た。

 日傘を差し、日焼け止めをしっかり塗りこめ、こんな陽射しのまぶしい晴れの日でも対策はバッチリ。

 駅前公園の噴水を眺めながら、だれだかの銅像の横に立っていた。

「あ、あの。津田さん、おはよう」

「えっ? あ、お、おはよう・・・・・・」

 えっと、なんで、こんなところに?

「あ、もしかして、そっちも誰かと待ち合わせ?」

「あ、ああ、うん。昨日、急に南に呼び出されて、これから水族館だって」

「へぇ~ そうなんだぁ あ、えっ、でも? あれ? なんで?」

 南くんはかおりの彼氏。そして、私たちも男子たちも水族館へ行く予定。ってことは、今日は男子たちも同じグループってこと?

 と、突然、私のケータイに着信。見ると、隣の人にも。

『ごめん、私も美奈も急に行けなくなった。ごめんね。この埋め合わせは今度するね』

「なんだよ、呼び出したの南の方じゃないかよ」

 隣からそう愚痴る声が聞こえてきた。って、ことは・・・・・・

 視線が合う。

 一瞬でお互いに理解した。

――計られた!

「ったく。南め。くそっ!」

「もう、かおりったら・・・・・・」

 二人とも、どこかぎこちない口調でここにいない友達に文句をいいながら、お互いに盗み見して、不自然に黙り込んでしまう。

 隣の人がツバを飲み込み、私と真正面から向かい合う。

「あ、その・・・・・・ もし、よかったら、その・・・・・・」

「は、はい」

 目の前の真っ赤な顔をチラ見しながら、たぶん今の私の顔も同じようになっているんだろうなって考えたら、なんだかおかしかったけど、そんなことはおくびにも出さず、静かに微笑んで、次にかけてくれる言葉を待つことにした。

 うん、私、わかった。なんで、二人が呆れたのか。

 もちろん、同じ状況なら、私だってあの二人と同じように呆れてしまうだろう。

 つい、笑みがこぼれてしまう。そして、ワクワクしている私がいる。

「よかったら、これから喫茶店でも」

「はい」

 かすかにうなずく私。

 急に連れがこられなくなって、することもないから、うなずいただけ。うん。このことには、他意なんてない。

 そう私自身を無理やり納得させて、目の前の彼に笑顔を向ける。

 けれど、胸のどこかで、これまでの人生の中で一度も言われたことがないけど、マンガやドラマの中に登場してくる、ちょっとこそばゆくて、うれしいようなあの憧れの言葉を、今と同じように何度も言いよどみながら、告げてくれるのは、案外すぐかもって予感していた。

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