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忘年会

 駅前の大きな居酒屋に足を踏み入れると、すでに大半の同僚たちが席について雑談をしていた。

「ああ、青山来たか」

「ええ、みなさん、早いですね」

「ああ、俺たちは、会社から直行だったからな。久しぶりに小学校の集団登校みたいな気分だったぞ」

 2コ上の今日の幹事の花村先輩が、いつもより上気した顔をして、気さくに話しかけてくる。

 自分では愉快なことを言ったつもりなのだろう、すこし鼻をひくつかせ、私のリアクションを待っている。

 ま、仕方ないか。

「うふふふ。たのしそうですね」

「だろ。ふふふ」

 私の愛想笑いに満足したのか、含み笑いを残して、ちょうど呼びかけてきた方へ歩いていった。


 ぐるりと座敷全体を見渡す。

 いたッ! そして、ちょうどいい具合に、隣に人がいない。

 私は、だれにも見られないように、こっそりと舌なめずりする。それから、そちらへ進もうと一歩を踏み出すんだけど。

「おーい、青山。こっち、こっち」

 チッ! 村田係長め! お気に入りの私を早速見つけて、自分の隣の空席を叩いているし。

 職場内での人間関係に気を配って、上役の人たちに、あれこれといい顔をしている普段の私がちょっとうらめしい。

 一瞬、無視して、目的の席を目指そうかとも思ったけど、すぐにそんな考えを消して、係長の叩く席に座った。

 途端に、係長の顔が、にへらとだらしなく。

 なに私のことを熱っぽく見つめてるのよ。あんたに愛想よくしてたのは、職場の人間関係を円満にさせるためだけだわよ。

 勘違いするんじゃないわよ! あんたになんか、これっぽっちも興味なんてないわ!

 それに、あんた、先月子供生まれたばかりでしょ? もっと育児疲れの奥さんのこと大切にしてあげなさいよ! 私になんか色目をつかってないでさ!

 なんて心の中でおもっていることを思いっきりぶちまけたら、すっきりするだろうな。

 しないけど。

 そんなことを考えながら、バッグを後ろに置き、だれにも見られないようにため息を吐く。

 はぁ~


「えー みなさま、今日はお寒い中、遠いところまで、わざわざお集まりいただきましてありがとうございます」

 入り口に一番近い席の花村先輩が忘年会の開会挨拶を始めた。

 私の隣の村田係長が景気づけのように、

「お酒飲めるなら、どこへだって行くぞ!」

 本当につまらないことを叫ぶヤツ。同僚たちは、乾いた失笑をもらす。

「それでは、我が課の本年度、忘年会を始めたいと思います」

 一斉にみんながうなずいた。

「では、課長、挨拶と乾杯の音頭をおねがいします」

「うむ」

 その場にいる全員の拍手の中、元木課長が立ち上がり、通り一遍の挨拶をはじめ、最後に、

「カンパーイ!」

 私たちは、近くの席同士で、グラスをぶつけ合うのだった。


 しばらくは、自分の席で、しつこく話しかけてくる村田係長を適当に受け流す。

 本人は気持ちよくしゃべっているのだろうけど、それって今年の職員旅行のときにもしゃべっていた話題だよね? いや、もっと前、花見のときも、その前、新年会のときにも、聞いた気がするんだけど?

 はぁ~ ちょっとうっとうしいなぁ。

 ともかく、話に耳を傾けるフリをし、適当に相づちをうちながら、席を立つチャンスをうかがっていた。

 こっそりと、あの目標の席の様子を確認。

 私がこの席についた後、後からきた男性社員が今は座って、隣の女子社員に盛んに話しかけている。その子、結構、迷惑そうな顔してる。

 やがて、我慢できなくなったのか、その子が立ち上がり、座敷からでていった。トイレにでもいったのだろう。

 で、その男性社員、目の前の鍋に手をつけるでなく、次のターゲットを物色するように、周りを見回した。

 ヤバ! 一瞬、私と目があった。

 あいつ、途端にニヤリと笑って、立ち上がり、こっちにくる。そのまま、近くの人のいない席に座ってきた。

「や、青山さん」

「あ、えっと、上島先輩、こんばんわ」

 日々職場で鍛え上げてきた完璧な笑顔で対応。私たちの職場では若手のエースと見なされている。だけど、話がくどいんだよね。だからか、女子社員の間では嫌っている人も多い。

「どう、楽しんでる?」

「ええ」

「ねぇ、青山さんのグラス空じゃない。ついであげるよ」

 そういいながら、傍らのビール瓶を持ち上げる。

「あ、ありがとうございます」

 丁寧にグラスを持ち上げ、一応、受けておく。

 でも、そんな私たちの姿に、黙っていられない人がこの場にはいて。

「おお、上島」

「あ、係長」

「最近、頑張ってるな、お前」

「え、そうですか? 係長にそう言ってもらえるとうれしいです」

 二人で妙に緊迫感のあるおしゃべり。でも、今回ばかりは、係長の隣にいてよかったかな。おかげで、こっそりとその場を離れても、目立たないだろうし。

 それに、今なら、狙っている席にはだれもいない。

 私は、トイレへ行くフリをして立ち上がり、一旦座敷をでて、ころあいを見計らって座敷に戻った。

 ちらりと視線をやると、まだ、係長と上島先輩がやり合っている。この隙に・・・・・・


「ここ、空いてる?」

 先にトイレにいっていた女子社員が既に戻ってきているので、訊ねてみる。もっとも、訊ねたころには、すでにその席に座っているのだけど。

 でも、予想通り、その女子社員、ホッとした顔で『ええ、空いてるわよ』だって。

 上島先輩、よっぽど嫌われてるんだね。

 不意に反対の方から視線を感じたので、そちらを見る。

「こんにちは」

 ちょっと唇を舐めてみせる。前髪を指先でなぞって、耳にかける。

 うふ、どぎまぎした顔。

「お、おお、青山」

 さっきまで、周囲の他の男性社員たちとなにか熱心に話し込んでいた1コ上の田中先輩、突然、私が隣の席に現れたものだから、すこし驚いている様子。

 先月、法事で祖母の家へ行ったのだけど、そのときに、初めて知った。田中先輩の実家は、祖母の家の隣町にあり、駅前にいくつもビルをもつ地主。その祖父は県議会議員。親戚には代議士や一流企業の社長もいる金持ちだと。

 しかも、先輩は、一人息子で、両親は数年前の事故ですでにこの世にいない。

 超優良物件!

 そんなことを思い出しながら、ちょっと気合を入れなおす。

 さあ、行動開始だ!

 早速、腕をのばして、小さなお玉をつかみ、先輩の前で煮えたぎっている鍋から豆腐を掬い上げる。

 その際には、わざと先輩の腕に、私の腕をぶつける。

 私が男性陣の話している空間に突然身を乗り出して、豆腐を掬ったものだから、その場の視線が私に集まっている。

 うん、計算どおり。

 それから、まだだれも使っていない目の前の箸をとって、アツアツの豆腐を4つに割る。そのうちの一つを口元へ運んで、耳にかけた前髪が垂れてこないように押さえながら、ゆっくりと息を吹きかける。

 ふー ふー

 男性陣、すっかり黙り込んで私のこと見つめている。もちろん、それには気がつかないフリ。

 一度、豆腐にむかって、幸せそうにニッコリ。そのまま、小さく口を開けて、豆腐を放り込む。つづけて、

「あちっ あちっ あついよぉ~」

 もちろん、全然熱くなんてない。演技。口を手で押さえて、テーブルの上を見回す。もちろん、この席に座ったときに、最初から目をつけていたコップに手をのばす。先輩の前のコップ。

 一気に飲み干した。

「あー あつかったぁ~」

 途端に、男性陣の顔に微笑が浮かぶ。そこで、初めて気がついたフリ。いつもより、若干ハスキーめな声で、

「もう、みなさん、見ないでくださいよぉ~」

 すこし目を伏せ、手元のコップに視線を向ける。そして、

「あっ、これ、田中先輩のでしたよね」

「え、あ、いいよ。それより、口の中、ヤケドしなかった?」

「あ、うん、大丈夫でした。うふ」

 先輩に向かって、小首をかしげて、ニッコリ。それから、視線を合わせる。途端に、先輩の眼が揺れはじめた。

 ふふふ。

 それから、予め空であることを確認してある先輩の前の小皿に手を伸ばす。

「あっ、先輩、空じゃないですか、もう、ダメですよ。お酒ばかりじゃなく、なにか食べなきゃ。私、よそおってあげますね」

 先輩の返事も聞かずに、さっさと鍋から肉だとか野菜だとかをバランスよくチョイス。

「はい」

 まるで新妻かなにかのように、両手を小皿に添えて、先輩の前へ。

「あ、ありがとう・・・・・・」

 うふ、照れてる照れてる。

 それから、自分の箸をとろうとしたのだけど・・・・・・

「なんだよ、田中だけかよ! 俺の皿だって空だっていうのによ!」

 ちょうど男性陣の中にいた花村先輩が文句を言い出した。

「あ、ごめんなさい。気がつかなくて」

 チッ!

 心の中で小さく舌打ち。

 ともあれ、野菜ばっかり選んで皿に盛る。

「肉もな。肉も」

「はいはい。じゃ、お肉」

 小さめの肉の切れ端をのせて、そっちに視線を向けもしないで片手で皿を手渡し。もちろん、さっきと同じように、さりげなく腕を先輩の腕に触れさせるのも忘れない。

 うん、ここまでは完璧。だから、絶対、この会のうちに!

 なんて、だれも見ていないところで、小さく握りこぶしを作ったりして。


 そうこうするうち、反対側の女子社員が、その向こうにいる女子社員と話しているのが耳に入ってきた。

「でね、こないだ、課長が・・・・・・」

「ええ? でも、それって、上島くんが?」

「うん、でも、本当は田中くんが提案していた内容を勝手に書き換えたみたいなんだよ」

「ええー ひどーい!」

『田中くん』って単語が耳に入ってきたので、そちらへ意識を向ける。

「なんの話なんですか?」

「ああ、青山さん。それがね・・・・・・」

 話の内容そのものは、私にとっては別に新しいものじゃなかった。だって、その時、私はその場にいたんだもの。実際のところは、田中先輩の提案をたたき台に上島先輩や花村先輩などと話し合って、3人で決めた事案だったのだから。決して、上島先輩が独断でやったわけじゃない。

 でも、この噂だと、上島先輩が悪者になっている。まあ、それは別に構わない。けど、可哀相な立場になっているのは田中先輩。彼女たちは、田中先輩に同情的なようだ。

 けれど、はじまりは同情で、それがいつしか・・・・・・ なんてことはよく聞く話で。

 ううん、ダメ! それは絶対にダメ!

 ここは、なにか早めに手を打っておかなくちゃ!

 彼女たちの会話に一区切りがつき、別の話題へ移っていく。今度は、職場内の人間関係の話。

 だれとだれが実は付き合っていて、だれがだれに想いを寄せているかって話。

 ふっと、また、『田中』って単語が。

 えっ? 職場のだれかと田中先輩が付き合ってるの?

 すこし青ざめる。けど、ちがった。

「田中くんって、どうなの? 噂とか全然聞かないけど」

「私もしらない」

 ちょっとホッとする。ともあれ、今がチャンス。

「あ、そういえば、田中さん、こないだ二人っきりだったとき」

 そこで、ふっと口をつぐむ。

 彼女たちは、何かを期待するかのように、私を見つめていた。

「あ、えっと・・・・・・ あ、でも、いいです。なんでもないです」

 思ったとおり、彼女たち、食いついてきた。

「え? なに、なに? もしかして、二人だけの秘密?」

「あ、いえ、そんな・・・・・・」

「ああ、あやしぃ~ なに、なにぃ?」

 俄然、勢いづくし、こいつらは。

 まあ、それは私の計算のうちなんだけど。まるで思わせぶりなことをにおわせて『田中先輩は私のものなのよ! だから、他の女子社員は手をだしちゃダメよ!』ってアピール作戦。成功したかな?

 うふ。

「ああー やっぱり。二人、なにかあったんだぁ~」

「そんなぁ なにもないですよ」

「ウソだぁ~」

「ウソじゃないですってば」

 なんて、たわいもなく言い合っていたのだけど。

「え? 青山って、田中と付き合ってるの?」

 突然、花村先輩が私たちの会話に入ってきた。

「え? あ、ううん。違いますよ。ね? 田中先輩」

 突然、私に話を振られて、大きめのネギにかじりついていた先輩が目を白黒させている。

「あ、そっか、そか・・・・・・」

 なに、花村先輩、その探るような眼は?

 ようやく、もぐもぐとネギを飲み込んで。

「あ、付き合ってないっすよ。俺、婚約者いますし」

 な、なにー!

 爆弾発言だった。その場にいた全員の視線が先輩に集まった。

「来年の秋、籍入れるんです」

 ・・・・・・

 な、な、な・・・・・・!

 今日の私の努力って。

 とほほ。


「まあ、そう、気にすんなって。お前、かわいいから、すぐに他にもっといい男が見つかるって」

 って、なんで、あんた、そんなに上機嫌なのよ!

 二次会の帰り、大通りまで送ってくれるとかで、隣を歩く花村先輩を睨む。アルコールが入って、赤い顔。それに、私たちを追い抜いて走り去ってく車のテールランプに照らされている表情が、濃い陰影をつくって、いつもと違う印象を与える。

 普段とはまったく違う精悍な雰囲気。ちょっとドキ。

 ううん、これって、お酒が入っているせいよね。お酒が私をまどわせているのよね。

 この胸のドキドキもお酒のせいよね。

「ま、もし、見つからなかったら、俺が面倒見てやってもいいんだけどな」

「・・・・・・」

 私は、聞こえなかったフリをして、歩くスピードを上げた。

 ドキドキドキドキ・・・・・・

 うん、私、今、とっても酔っているみたい。

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