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啼く鳥の謳う物語

風鈴と夏の夜の出来事

作者: フタトキ

つい先日、家の風鈴を掘り出してみましたが、適当な風が吹いて、尚且つ、風鈴を引っ掛けることができる場所がなかなか見付からずに鳴らない風鈴が放置されてたりします(´o`)

それどころか、暑くて暑くてクーラーに頼りっぱなしで風通しどころじゃないですね(・ω・;)

では、『舐めるお好み焼き』で熱中症予防を!

彼がリビングに現れると、彼の兄が器用に並べた椅子に寝転がり、はみ出た頭を逆さにして話し掛けてきた。

(あおい)ぃー、俺だけお留守番?」

読んでいた雑誌を床に落として彼を見る。

「伊予も金もいるでしょ」

くぅん。くぅん。

白い毛玉と黒い毛玉。

おやつをくれない洸祈(こうき)に対して、2匹の小さな狼は葵の足を追い掛ける。

よちよちとついてくる2匹に、葵は右に反れていた足を反対に向けた。

「分かったよ。ビーフジャーキーの残りね。俺、問題集探しに来ただけなんだけどな……」

台所に着くと、天井から吊り下げられた棚から、デフォルメされた犬が載るパッケージを手に取る。そして、その大型犬用のビーフジャーキーを皿に乗せると、舌を出して待ちくたびれている伊予柑と金柑の前に差し出した。


しかし、


くぅ!

伊予柑の独占。

皿を半分だけ体の下に隠し、曲げた首でビーフジャーキーを口に入れる。

金柑の食べる隙がない。

「…………金、今日こそは頑張ってみるんだぞ」

くぅ……くぅん……。

葵の言葉に押されるように、焦げ茶の鼻をビーフジャーキーを噛む伊予柑の腹に埋める金柑。

つんつんつんつん。


げしっ。


伊予柑の後ろ足タックル。

金柑がコロコロと床を転がり、ビーフジャーキーの他に水を用意していた葵の足にぶつかった。

葵と金柑の目が合う。


……………………。


「金…………水飲むか?」

くぅ……。

葵が差し出した水を金柑が小さな舌でぺろりと舐める。

「あとで俺の部屋においで。おやつあげるから」

葵が金柑の顎を撫でると、金柑は葵の手のひらに顔を擦り付けた。



琉雨(るう)がいないんだよー……なぁなぁ、お留守番つまんなーい」

「つまんないって、俺といたら楽しいわけ?昼ドラ見たり、雑誌読んだり、水風呂で寝たり……俺がいてもいなくても変わらなくない?」

冷蔵庫から出した棒付きアイスを洸祈の眼前で振る葵。

「一緒に昼ドラ見て、一緒に雑誌読んで、一緒に水風呂で寝ようよ」

目を輝かせて起き上がった洸祈は葵の手を掴んでサイダー味のアイスをかじる。

「大の男二人で水風呂とか、暑苦しいでしょ」

洸祈の食べ掛けアイスをかじった葵は洸祈の額を小突いた。そして、葵に駆け寄ってきた金柑を片腕に抱く。

「それにさ、琉雨は千鶴(ちづる)さんと(くれ)と一緒に、ほら……あれ…………どこだっけ?」

「ネズミーランド」

「そうそれ。そこ行ってるんだよね。洸祈も行けば良かったじゃないか。千鶴さんが誘ってたでしょ?」

くぅん。

溶け出して葵の手に垂れたアイスを舐める金柑。

やはり、水だけではひもじかったらしい。

「ちぃと一緒に風鈴市見に行く約束してたから……でも、ちぃは何か勝手にネズミーランド行ってるし」

「あ、千里(せんり)もネズミーランド行ってたんだ。散歩してるのかと思ってた」

千里はよく一人でふらりと散歩に出るのだ。一緒に歩きたい時は千里から話し掛けてくる為、葵は千里の一人での散歩はあまり気にしていない。

それに、誰にだって一人になりたい時はある。

「ちぃから約束しといて、いつの間にか反故にして……ムカつく!」

「…………じゃあ、俺と風鈴市に行く?」

「本当に!?」

きらきら。

「葵を抱き締めたい」

「それはあとでね。金、部屋に行こう」

くぅ!!

金柑が葵の肩を上がり、彼の頭上を定位置としたようだ。


葵は料理本の並ぶ本棚から隅に入った化学の問題集を取り出すと、それを脇に抱える。そして、リビングを出て行った。




「伊予、俺もビーフジャーキー食べたい。分けてー」

くぅ……くぅん。

洸祈の腹に乗った伊予は洸祈の顔を覗き込む。そして、口にしたビーフジャーキーの食べ掛けをぽいっと、洸祈の唇に落とした。

涎付きで湿っぽいビーフジャーキー。

「う…………これは要らないかも」

口をなるべく開けないように喋る洸祈。

すると、伊予はビーフジャーキーの端をかじり、むぎゅっと……――

「んぐぅ!!!?」


洸祈は伊予と熱烈なキスをした。






「洸祈?何だか上の空だね」

「……あ…………うん……」

「ちょっと……洸祈!危ない!!」

「え……!?」

前から来る人にぶつからないよう葵が洸祈の腕を引いた。すると、勢いのついた洸祈が葵を押し、彼に被さるようにして神社の境内に倒れ込む。

「…………ったぁ……」

「あ……ごめ……葵…………葵……あ……」

「……洸祈?」

「…………今日の葵……可愛い……」

薄暗い境内に提灯の明かりが逆光で暗く洸祈を包んでいた。

潤んだ瞳。

火照った頬。

洸祈は葵の胸に凭れる。

「……また夏風邪?」

「うう……人が……気持ち悪い……」

「人に酔った?……昔から洸祈は人込みが駄目だよね。気を抜くと直ぐなる」

グッタリとした洸祈を境内に寝かせると、葵は物音に様子見に来た神主に頭を下げた。神主は顔色の悪い洸祈を見付けて葵に事情を窺うように首を曲げる。

「すみません。兄が人込みに酔ってしまいまして」

「いいえ。お水をお持ちしましょう」

穏やかな笑みの神主は骨張った手で洸祈の前髪を上げた。そして、立ち上がると小走りで暗い奥へと進み、その影が消える。

「んん……葵ぃ……」

葵の腰に掴まる洸祈。

彼は自分で自分の額に触れると、葵に頭を押し付けた。

「撫でられたのがそんなに嬉しいの?にやにやして…………本当に人込みで気分悪いわけ?」

「………………俺……撫でられるの好きなの知ってるじゃん…………てか、忘れてたのに……吐くの堪えてんだから…………うっぷ」

「お願いだからここで吐かないでよ。手で口押さえて」

今更ながら、洸祈の為にトイレを借りておけば良かったと後悔する葵。

「伊予、どうにかしてあげられない?」

くぅ。

肉球もきゅもきゅ。

洸祈の頭に移動した伊予が、彼の頬っぺたを手で揉む。

「んー!!んんん!!!!!!」

膨らんだ頬で青白いと言うより、土気色。

洸祈が吐くまいと悶える。

「お水をどうぞ」

「あ、あの、兄が……戻しそうで……す」

どうしようもなく気まずそうに葵が神主に頼み、神主は葵に水を渡すとぱたぱたと来た道を戻った。



「伊予、意地悪しちゃ駄目だろう?」

葵は伊予柑を抱き上げる。

「神主さん、ありがとう」

「いえいえ。気持ち悪いのは治りましたか?」

「神主さんの膝枕最高です」

神主の膝に頭を乗せて床に寝転がる洸祈。

一息吐いた彼の表情はうって変わって至福の顔。

「洸祈は洸祈で……神主さんに失礼でしょ。ほら、もう風鈴市は見ないの?見ないなら帰るよ」

「見たい……でも、人はダメ。想像するだけでもう…………」

「港の方へ。あちらは人が少ないと思いますよ」

風鈴市は規模が大きい。

駅から伸びる大通りの約1キロとその周辺全てが風鈴市の範囲であり、この神社もその中にある。

そして、港は風鈴市の最終地点。端の端だ。

大通り付近には風鈴店と露店が並び、港では海を背に風鈴店のみが点々と並ぶ。

つまり、露店がないため、観光目的の人間は港まではそうそうに足を運んではこない。しかし、地元では海に反射する風鈴のガラスを通した光がとても美しいと評判だ。

「……露店も見たい」

「我が儘言わない。風鈴市の醍醐味は海辺の風鈴って駅員さんが言ってたでしょ」

「でしたら、8時頃に大通りに戻るようにすれば、人も減っている頃ですよ」

「流石、地元の神主さんだ」

子猫のように会ったばかりの神主に甘える洸祈は柔らかく笑うと、葵は肩にすがりながら体を起こした。

「葵、行こう」

「うん。金、伊予、起きて。風鈴市を見に行こう」

くぅ。

くぅ。

ニコニコと元気になった洸祈は立ち上がり、すかさず、伊予柑が洸祈のパーカーのフードに入る。そして、それを見詰めていた金柑は物足りなさそうに葵の足に頭を擦り付けた。

「俺はフードないから無理だよ。洸祈、金も入れてくれない?」

「んー、いいよ」

上機嫌の洸祈はフードが重くなることも気にせずに金柑に背中を向けてしゃがむ。

「洸祈がいいって。良かったね」

くぅ!

ない爪を立てて洸祈の背中を必死に登る金柑。

目指すはフードの中だ。

しかし、


ぼてっ。


「あ…………」

フードの先客は登ってきた金柑を足蹴にした。

当然、金柑は宙を舞い落ち、葵が伸ばした手のひらに収まる。

「葵?金柑入った?重さ変わんないけど」

「あ……いや…………まだだけど………金……」

くぅぅぅ……。

金柑は今度は再挑戦はせず、葵の胸に飛び込んだ。

よほど、堪えたらしい。

子犬型狼は泣きはしないが、葵は無言で金柑の胴を撫でて慰めていた。

「ねぇ、洸祈」

「何?」

しゃがんだまま蟻の行列を観察する洸祈。フードには女王様がふんぞり返っている。

「伊予って金が嫌いなのかな?」

「どうして?」

「伊予は金のことを直ぐに蹴るんだ」

「それなら俺もよくされる。伊予は愛情表現が下手くそなんだ。二之宮と同じ」

「蓮さん?」

魔獣と同じにされるってどうなんだろう……。

「本当に皆が大変な時は体を張ってまで助けてくれる。与えるのは上手くても貰うのが下手なんだよ」

洸祈はフードから伊予柑を摘まみ取り出す。そして、葵の腕の金柑と向き合わせた。

震える金柑と不動の伊予柑。

「伊予、金に謝るんだ」

しかし、伊予柑はぷいっとそっぽを向く。

「洸祈、いいよ。金が怯えてるみたいだし」

「良くない。伊予も金も夏蜜柑の子供みたいなものだ。仲良くしないと夏蜜柑が心配する。ほら、伊予。俺にならともかく、金につまんない意地張んな」

バタバタと暴れる伊予柑だが、洸祈が完全にホールドしていて逃げられなかった。

どうやら、洸祈は本気で腕に力を込めているようだ。


くぅ!

伊予柑が怒る。


くぅ……。

金柑が俯く。


「伊予、謝れ」

洸祈が頑固に言う。







「……伊予の馬鹿。痛いよぉ……」

「神主さんに迷惑掛けっぱなしだったね」

洸祈は伊予に引っ掛かれ、神主が薬を付けて包帯を巻いてくれた自分の右手をさすった。そんな彼の着るパーカーのフードには2匹の子狼。

伊予柑と金柑は窮屈そうにしながらもどうにかフードに収まっている。

「名前覚えた。進太郎(しんたろう)さん。あだ名は進さん!」

「父さんと一緒だね」

「俺達の名前も覚えて貰ったし!」

すっかり元気だ。

神主さんに繰り返し洸祈と葵の名前を呼ばせた洸祈は、その辺りの記憶を思い出すと首を締め付けるフードの中の重石のことを忘れた。

「あ、あれ!俺好み!」

赤を基調に黄や緑などの羽根を持つ鮮やかな小鳥。

啄むは一輪のスミレ。花弁の紫が小鳥と対のように目立つ。

そして、小鳥とスミレを囲むように蔦が風鈴の傘全体を這う。

「斬新だね……どこら辺に特にピンときたの?」

「色使い。職人の技を感じる。これ、ください!」

眉間にシワを寄せる葵と葵を見上げて首を傾げる金柑。

洸祈は好みの風鈴を手にさっさとお会計だ。

「葵、葵はお気に入り見付けた?」

「えーっと……あれかな」

「ヒメダカ!」

かなり的確な発言。

葵には小魚程度の認識だったが、“魚”と“メダカ”を通り越して“ヒメダカ”と洸祈が歓喜する。

何が嬉しいのかは全く分からないが、とにもかくにも洸祈は葵が選んだ風鈴に滅茶苦茶喜ぶ。気持ち悪いぐらい。

「葵、流石双子!だよな!?」

「え?何が?」

「すっげーいい趣味してる!」

「………………」

葵は双子の兄の好みが解らなくなった。



「久し振りだな。こうやって二人で出掛けるの」

「そうだね」

隠れ名物、海沿いの風鈴を前方にして洸祈と葵は休憩所のベンチに座っていた。洸祈の傍には伊予柑が寝そべり、葵の膝では金柑が眠る。

葵は金柑の背中を撫でながら提灯の明かりを透かし、美しい風鈴の影を映す海のスクリーンを見ていた。

「千里に会うまでは俺達二人だったよね。千里に会ってからは何するのも三人だった」

磯の香りの中で潮風にちりんとまた一つ風鈴が鳴る。

「あ、思い出した。昔はさ、ちぃの誕生日は俺達二人で色々したよな」

「千里に隠れて折り紙の飾り作ったり、駄菓子屋までプレゼント買いに行ったら、千里が仲間外れにするなよって怒って泣いちゃったよね」

千里を驚かせたい一心で、少々の不満も「おめでとう!」と言えば解消されると思っていたが、パーティーが始まる前に千里を泣かせてしまったのだ。洸祈は強情にも千里に嘘を突き通そうとしたが――

「結局、父さんにばらされて、ちぃの誕生日パーティーをちぃと一緒に用意してるし」

「注文が多いんだから」

「プレゼントに注文すんなよって思うよな」

「あはは。でもさ、千里が縄跳びが欲しかったなんてね」

「それも大縄」

何故か晴滋(せいじ)真奈(まな)を含め、双子の祖父を飛び入り参加にして道場で大縄をしたのだ。そして、縄を回したのは主に璃央(りおう)(しん)だった。

「お祖父ちゃん、バク転してぎっくり腰になって撃沈してたよね」

「それ覚えてる!父さんが大爆笑して、お祖父ちゃんに拳骨食らってた」

しかし、祖父の鉄拳にも慎の笑声は止まず、結局は祖父に呆れ諦められていた。

「千里はお祖父ちゃんが怒ってる姿に笑ってたっけ。今思えば、千里は皆で何か一つのことをしたかっただけなのかな」

「かもな」

くぅ。

伊予柑が起き上がると洸祈の膝から肩へとよじ登る。そして、じっと洸祈達の背後を見詰める。

「伊予?」

洸祈は揺れる尻尾の感触を手のひらで味わうと、背後を振り返った。提灯の光や風鈴の音など様々な刺激に溢れた風鈴市から人物が1人、確かな意思を持って双子の方へと歩いてくる。

「葵……俺…………」

「洸祈?」

洸祈の肩から伊予柑が地面へと降り立つ。葵の膝の金柑も不意に立ち上がると伊予柑を追い掛けた。

「洸祈、葵、待ったか?」

伊予柑と金柑の鼻先を掻き、彼はベンチに座る双子に極自然に問い掛ける。けれども、開いた口の塞がらない兄の代わりに葵が応えた。

「あ……いや……別に待っては……」

「そうかそうか……ん?洸祈、どうしたんだ?いつまでもぽかんと口を開けていると、虫がダイブしてくるぞ?」

「………………」

「洸祈、口閉めて」

「……うん」

ぱくり。葵が洸祈の顎を押し上げ、洸祈は口を閉めた。

そして、少々の間。

「……と、父さん?」

「ああ、父さんだ。お前達双子のファーザーだ。ユアファーザーだ」

慎が洸祈に顔を近付けて真剣な表情をし、笑った。腰に手をあて、いつもの下駄に甚平姿だ。

「お前達、ホントに変わらないなぁ!洸祈は母さんに、葵は俺にそっくりだ!その上、洸祈も葵も互いにそっくりだ!」

腹を抱えて笑う慎。しかし、激しく笑われている当の本人達は冴えない顔をしている。

「なんで……?父さん、死んじゃったじゃないか」

この場に相応しいのか分からないが、それでも洸祈は率直に言っていた。『()は死んでいる』と。

「なんでって……呼んだろ?その風鈴で。ちりんちりんと俺を呼ぶから、俺はその音を追っただけだ」

「風鈴……これ?」

「その奇抜な風鈴だ」

緩衝材に包まれたカラフルな小鳥とスミレの風鈴は箱に仕舞われ、洸祈の腕に掛けられたビニールの中に入っていた。葵の風鈴も同じように包装されている。

鳴るわけがない。

洸祈と葵が顔を見合わせた。

「そんなに嫌そうにするな。母さんもじきに――」

「母さんが!?」

と、洸祈が首を長くして周囲を見渡す。

「え、母さんも来るの!?」

と、葵がベンチから立ち上がって周囲を見渡す。

「おいおい、父さんよりも母さんか?そりゃあ、俺は母さんよりも老けてるが……」

「洸祈!葵!来ちゃったよ!」

風鈴市の人ごみの中から弾んだ声の持ち主が大きく手を振って駆けて来ていた。カランコロンと下駄を鳴らしている。

(りん)、遅いぞ」

「ごめんねー、慎君。途中に迷子の子がいたから、ご両親のとこまで連れてってたの」

薄桃地に葵柄の振り袖の少女が慎の手を握った。

「二人とも美男子になったね。洸祈、葵、久し振り」

「母さん……若い……」

「あら!葵は褒め上手なのね!」

「いや……本当にいくつ?」

「お、乙女の年齢はトップシークレット!」

くりくりの瞳の林が慎の背中に隠れ、洸祈の指が空を切る。

「母さんがロリ……」

「こら、洸祈。実の母親をロリコン目線で見ちゃいかんだろ。それより、折角の家族団欒を楽しもう」

「賛成!双子ちゃんの恋愛事情も聞きたいしね、慎君!」

「あ、そうだ。洸祈、陽季(はるき)君とはどうなんだ?葵と千里の仲は確認するまでもないが」

「千里君は千鶴に似て美人で、柚里(ゆり)君に似てツンデレさんよね。で、葵とラブラブ。お似合いよ」

うふふ。と笑んだ林が葵の肩をポンポンと叩いた。

同い年に見える母親に笑顔でフランクに言われ、葵は赤面して俯く。こうも簡単に幼馴染(男)との関係を両親に認められ、想像以上に喜ばれたら恥ずかしくなるものだ。

「洸祈は陽季君が大好きなのよね。とっても綺麗な子ね」

「…………怒ってる?」

「どうして?」

「俺……男で……崇弥(たかや)家の長男で……」

「男の子同士なのは吃驚したけど、洸祈が幸せなのが一番だから。慎君のお家の方は……」

林が慎の腕を引く。

「“崇弥”なんて名前だけだ。だけどそうだなぁ。道場の門を叩く人がいれば、教えてやっては欲しいな。大切な者を守る力を与えてやって欲しい。それだけだ。俺もお前達の幸せが一番なんだ」

照れた風に後ろ首を掻いてから、慎は二人を抱き寄せる。洸祈も葵も照れ臭さを隠せずに慎の抱擁から逃げようと腰を引くが、最後には慎の背中に手を回した。迷いながらも確りと慎に抱き付く。

「待って待って!私もハグしたい!」

「林、機会は見極めが大事なんだ。思春期の息子達との愛のスキンシップは貴重で難易度が高いんだぞ」

「むぅ。意地悪しないでよ!普通はマザコンになるって子育て雑誌で見たし、二人はどちらかと言うとママ派なんだから!お母さんとハグしようよ!」

林が腕を広げて慎と葵の間に割り込む。しかし、その勢いが強く、葵と慎が林を支えるようにして洸祈を押し倒した。もみくちゃになる4人。そして、ついでと言わんばかりに加勢する蜜柑達。

「あ、ちょっ、重いっ」

「えっと、ごめんっ」

「先ずは林が体勢を――」

「はわわ!足がどこにも届かないよぉ!」

「か、母さん!そこ違っ!」

「どこ!?どこどこ!?」

「伊予柑が葵を踏んでるぞ」

「そこは駄目だって!」

「重いぃぃい……」

「金ちゃんが洸祈の顔を踏んでるよ」

「だから、先ずは林が降りて……」

「でも、降りられないのー!!」



「さてさて、そろそろあっちの方に帰らなきゃ」

空を指差し、あっちの方を示した林。

洸祈の膝に乗せられていた彼女は一瞬で表情を暗くした洸祈の頬を両手に挟んだ。林の長い髪が夜風に吹かれて洸祈の体を包む。

ちりんちりん。

周囲の風鈴が一斉に鳴いた。

「笑って、洸祈。あなたの笑顔はとても素敵だよ」

「厭だ。まだ……まだ行かないで」

「ううん。もう行かなきゃ。柚里君が呼んでるもん」

「あいつ、迷子みたいだな」

「ま、待って。柚里さんは千里や千鶴さんに会えたの?」

葵は自分の幸福と同時に千里の幸福を願う。

「会えたはずだよ。ほら、千里君は柚里君とお別れ出来たんだから、洸祈も葵もお別れできるでしょ?」

ふわりと洸祈の膝から海と陸とを隔てる柵に移る林。慎が双子の頭を撫でて林の隣に立つ。

学生のように若い林と少しだけ老けた慎はまるで親子の年齢差でありながら、洸祈と葵の目には愛情に満ち溢れた夫婦にしか見えなかった。それはどんなに時間が経とうとも二人が互いを愛し、子供達を愛している証拠であった。

「二人とも、だーいすきっ!愛してるよ!」

「洸祈、葵、自分を信じろよ。愛してる」

手を取り合い、慎と林があたかもそこに階段が存在するかのように宙を上り始める。彼らの足下では光によって装飾された海が静かに波を立てていた。

「行かないで……母さん、父さん」

「俺達を独りにしないで!」

洸祈が寂しさで顔を歪め、往生際が悪かろうと、葵が柵から身を乗り出して二人を捕まえようと手を伸ばす。しかし、その手は届かない。正確には、葵の手は彼らの足をすり抜けた。

もうお別れの時間である。

「葵、あなたは独りじゃないよ。洸祈がいる。千里君がいる。それに、私達はあなた達をいつでも見守っているよ」

「だから泣くな。笑え」

林が笑い、慎が笑う。


洸祈と葵が泣き笑いをした。



ちりん。



どこからともなく風鈴の音が聞こえた気がした。





ぺちゃぺちゃ。

べろり。

「………………夢……?」

二匹の子狼に顔面をまんべんなく舐められ、洸祈は目を覚ました。海沿いのベンチだ。

「だとしても、ただの夢じゃないね。俺も多分、洸祈と同じ光景を見たから」

洸祈に膝枕を提供していた葵が洸祈が起き上がるのを手伝う。

「母さんがロリだった……」

「俺、ロリコンじゃないけど、それには同感。写真よりもロリだったね」

「父さんもいた」

「うん。でも、どうして……」

「風鈴の音に呼ばれたって言ってた」

手首に掛かるビニール袋。洸祈はそれを顔の高さに掲げた。葵が洸祈に肩を寄せ、半透明の袋から透ける箱のそのまた向こうの風鈴を見ようと目を凝らす。

「なんだか不思議な体験をしたね」

「でも、嬉しい。初めての家族団欒だ。母さんと父さんと……」

「俺も嬉しいよ」

洸祈と葵は両親の消えた空を見上げた。




ちりん。


風鈴が鳴った。

活動報告にさりげなく用心屋店長への質問と回答が載せてあったり……お暇でしたらどうぞ(@^^)/~~~

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