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 魔神を倒した影響なのか、村中を徘徊していたゾンビ達はただの死体に戻っていた。

 行方不明の神父は、教会の偶像の下、教壇の陰で見つかった。恐怖に歪んだ顔のまま、鋭い爪のようなもので縦に引き裂かれていたことから、魔神に襲われたようだ。ガデスは何か気になることがあったのか、死体の細部を調べながら、手帳に何かを書き込んでいた。




 知らせを受けてやってきたペルキアの自警団に後を任せ、アクア達は町に帰ってきた。重苦しい沈黙のままそれぞれの宿に戻る。

 ずっと俯いたままのアクアにゴードンは何か言いかけたようだったが、引き留められはしなかった。

 アクアは部屋に入ると大剣を投げ出し、寝台に倒れ込んだ。治療を拒んだ右頬が痛む。アクアはぼんやりと、無造作に横たわる大剣を眺めていた。

 どのくらいそうしていただろうか、ノック音が耳に届いて、アクアは視線を大剣から扉に移した。

 扉の向こうから呼び掛けているのはフェリルのようだ。アクアはのろのろと立ち上がると、無言で扉の鍵を閉めた。扉の向こうから抗議の声が聞こえたが、無視をして寝台に戻る。

 「そっちがその気なら」などと聞こえたが静かになったので帰ったようだ。再び視線を大剣に移す。

 不意に、金属が噛み合うような音がしたかと思えば扉が開かれた。唖然とするアクアを意ともせず、フェリルが入ってくる。


「そこに鍵が掛けられた扉があれば、開けたくなるのが人の性だよね」


 悪びれもせずそう言う彼の右手には、鍵開けに使われるシーフツールが握られている。


「ゴードンさんに届け物を頼まれたから、まあ仕方ないよね」


 左手に提げていたバスケットを置き、一人で頷いている。バスケットの中身はハムやチーズを挟んだバケットと水が入った瓶だ。アクアはしばらく呆気にとられていたが、彼が椅子を寝台の前に寄せて、座ったところで我に返った。


「そのツールは--」


「ん? ああ、持ってると便利だよ。冒険者のたしなみの一つだよね」


 遺跡を探索するスカウトのたしなみではあるだろうが。鍵が開くまで音がしなかったということは、それだけ手際が良いということになる。

 何とも言えずにいると、フェリルはシーフツールを袖口に仕舞い込んだ。巧妙に隠してある様がとても胡散臭いが、あまり詮索しない方がよさそうだ。


「右頬腫れてるね。やっぱり治すよ」


「え? あ、ああ」


 正直なところ、フェリルの技に気を取られてすっかり忘れていた。フェリルが手をかざして祈りの言葉を呟くと、腫れが引き痛みも消えた。


「ヴァインがね--すんごいしょぼくれててね。なら殴るなよって話だけど」


 意外に短気なんだよね、と付け加える。宿に帰るなりガデスに説教をされていたという。


「許さなくてもいいから、気が向いたらヴァインが謝るのを聞いてあげてね」


 フェリルの言葉に、アクアは首を横に振った。


「ヴァインは、悪くない。--言っていたことも間違ってない」


 そう言うと俯いて口をつぐむ。あれは、確かに"自己犠牲の押しつけ"だ。フェリルはしばらく黙っていたが、唐突に口を開いた。


「僕達が小さい頃に暮らしていた村は、強盗に襲われて無くなったんだけどね」


 何を言うのかと顔を上げると、淡々とした表情のフェリルと目が合った。何の感慨も抱いてないかのように、フェリルは続ける。

 森深くにあった村はガデスの母親が村長として治めており、フェリルとヴァインは外から来て村に受け入れられたのだという。そして、いずれは長を継ぐガデスの近衛として、村の者に戦い方などを教わっていた。


「子供は僕達3人しかいなかったから、友達みたいな感じだったけどね。まあ、それは置いておいて--」


 ある日、強盗が村を襲おうとしていることを知った村長は、フェリルとヴァインにガデスを逃がして守るよう命じた。「村を捨てることはできないので、3人だけでもひとまず安全な場所に」というのだ。命じられたとおり3人は森に逃げ、村長は強盗団に立ち向かった。


「囮をするつもりだったのか、それとも本当に迎え討つつもりだったのか。まあ、今となってはわからないね」


 結果として村は滅び、3人は強盗団の残党に襲われそうになったところをザックス=グレイヴに助けられた。その時何もできなかった戒めとして、ヴァインはガデスに従者として接しているのだという。


「まあ、ガデス本人にはその気はないけどね。--そうやって生き残ったから、最初からアクアが命を捨てる気だったのが許せなかったんじゃないかな」


 フェリルはそう締めくくると、アクアをじっと見つめた。


「さて、ヴァインが怒った理由はこうだけど--アクアは何で死のうと思ったの?」


「--ッ?!」


 突然直球で聞かれ、アクアの心臓は跳ね上がった。


「出発前に、ヴァインが竜語で言ってきたんだよね。何か思い詰めてるみたいだから危ないんじゃないかって。結局僕が責任持つって押し切ったけど」


 動揺するアクアを見ながら、フェリルは言葉を続ける。


「アクアの様子がおかしくなったのってさ--商隊の傭兵達の話を聞いてた時から、だよね」


「い、いや、そんな、こと、は--」


 細められた翡翠色の目は、獲物を見定める猛禽類のようだ。アクアは激しくなった動悸を抑えようと、胸元を押さえる。フェリルはその手元に一瞬視線をやり、静かな声で断言した。


「アクアの事だよね--"血塗れの聖戦士"」


(9に続く)

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