6
連日続いた晴天が嘘のように、激しい雨が窓を叩いている。
アクアは雨音を聞きながら、無気力に天井を見上げていた。鉛のように体が重いが、横になる気にはなれない。
せめて頭が割れそうな痛みを忘れようと、手に持っていた酒瓶を呷ったが、滴が数滴落ちてきただけだった。舌打ちをして瓶を放ると、床に転がっていた瓶とぶつかってかしましい音を立てる。
アクアは暫く転がった瓶を眺めていたが、やがてのろのろと寝台から立ち上がった。
よろめきながら部屋を出ると、階下から話し声が聞こえてきた。ガデス達が来ているらしい。ゴードンとのやり取りを聞くに、仕事の事で揉めているようだ。アクアは部屋に戻り大剣を手にすると、それを引きずりながら階段に向かった。
「--向かうのは、早い方が良いと思うんだよ」
掲げられた依頼書を指し示し、ガデスはゴードンに提案する。しかしゴードンは渋い顔のままだ。
「そりゃ、そのうち増えないとも限らんしな。だが、アクアが--」
「俺が、どうしたんだ?」
声を掛けると、ゴードンは驚いたように振り返った。アクアを見て、もの言いたげな顔をする。ガデス達も同様の表情だ。
アクアは意に返さず、ガデスが指し示していた依頼書を見た。依頼者はペルキアから歩いて2時間程の場所にある小さな漁村の神父だ。「村の墓地で死体が歩いていた」という情報が上がったので、調べてほしいという事だった。
「--なるほど。ゾンビなら増える可能性があるな」
ゾンビやワイトなどの動く死体の類は、仲間を増やす習性がある。放っておけば墓場の死者だけでなく、生者も襲うだろう。
「要するに、俺が付いて行けばいいんだろ?」
いつでも行ける、というように剣を見せる。それでもゴードンは渋い顔のままなので、アクアは「問題ない」と頬をゆがめて笑って見せた。
「--うん、早い方がいい。行こう」
じっとアクアを見て考え込んでいたフェリルが、口を開いた。
「生命の神の神官としても、放っておけないしね」
フェリルが奉じる神は、正しき生を謳歌することを良しとしている。数有る信仰の中でも、特にアンデッドを忌み嫌う神の一柱だ。
「--フェリル」
苦々しい顔のヴァインが、聞きなれない言葉でフェリルに話しかけた。フェリルも同じ言葉で、頷きながら答えている。竜語のようだが、内容まではわからない。
その様子を見ていたアクアは、軽く服を引っ張られて振り返った。ガデスがじっと顔を見ている。
「どうした?俺の顔に何か付いてるか?」
茶化したように聞くと、ガデスは眉間に皺を寄せた。僅かに逡巡した後、口を開く。
「--目の下に、隈がくっきりとな。……無理すんなよ」
「無理なんて、別に? アンデッドは見過ごせないだろ」
そう言って笑って見せたが、ガデスは眉間の皺を深くしただけだった。フェリル達の方を見て「そう言うなら、仕方ないか」と小さく呟く。ガデスは会話の内容が分かっているようだ。
程なくして、2人の話し合いは終わった。フェリルがした提案どおり、アクア達はすぐに漁村に向かうことにした。
(7に続く)