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 夜の町を、アクアは歩いていた。辺りは寝静まり、靴音が大きく響く。道を照らすのは満月よりすこし欠けた月だけだ。

 やがて、高くそびえる塔が見えてきた。そこだけは煌々と松明が掲げられ、武器を手にした者達が辺りを窺っている。

 アクアは足を止めると、自身の身の丈程はある大剣を構えた。目的は塔の制圧だ。

 辺りを窺っていた者の一人が、こちらに気付いた。仲間に警告し、身構える。

 アクアは気にせずに駆けだした。

 突撃を止めようと盾を掲げて立ちふさがった男に、大剣を袈裟掛けに振りぬくと、そのまま身を翻し、駆け寄った男に切りかかる。重さと遠心力で勢いが付いた大剣は、易々と防具ごと相手を断ち切る。

 アクアが大剣を振り回すたびに断末魔の叫びが上がり、ついには動く者はいなくなった。白かった法衣は血で赤く染まったが、アクア自身は傷一つ受けていない。

 アクアは何の感慨もなく周囲を一瞥すると、塔の中に入ろうと歩き始めた。しかし不意に足が動かなくなる。

 見下ろすと、血塗れの手が足を掴んでいた。手の先を視線で辿ると下半身を失った死体に続いている。死体は、ゆっくりと顔を上げ、血を吐きながら、しかしはっきりと声を発した。


「ヒトゴロシ」


 いつしか、死体の全てが目を剥きアクアを睨みつけていた。口々に同じ言葉を繰り返す。

 何も感じずに見下ろしていたアクアだったが、怨嗟の声を聞くうちに凍り付いていた感情が戻ってきた。自分が何をしたのか、ゆっくりと理解し始める。持っていた剣を落とし両手を見ると、べっとりと血が付いて赤く汚れている。


「--あ、あ」


 怨嗟の声はまだ続いている。耳を塞いだが、声は聞こえなくなるどころか、返って大きくなる。


 --人殺し、罪人め、痛い、苦しい--。


「--お……れ、俺は--ッ」


 堪えきれずに逃げだそうとしたが、掴まれた手を振りきれずアクアは転倒した。立ち上がろうともがくが、いつしか無数の手に掴まれて身動きが取れなくなる。


「ちが、違う、殺したかったわけじゃない!」


 泣きながら恐怖に顔をひきつらせるアクアの首を、裂けかけた血塗れの手が掴んだ。奥歯を鳴らしながら視線を上げると、最初に盾ごと切り捨てた男と目が合った。男は、にいっと笑ってはっきりとアクアに告げた。


「人殺しの、罪人め。神はお前を--見捨てたぞ」




「ぅあ゛ぁあ゛あ゛ぁああああああああッ!」


 叫びを上げて、アクアは跳ね起きた。戦きながら辺りを見回すと見慣れた扉と窓が見える。


「--ゆ、め--?」


 手を見ても、血は付いていない。

 首から下げた物を服ごしに掴むと、シャツは寝汗でじっとりと湿っていた。荒くなった呼吸と止まらない動悸を止めようと、アクアは横になってうずくまった。目を瞑ると夢で見た光景が鮮やかに浮かぶため、壁の一点をじっと見つめる。

 何度も見た悪夢だった。無感情に人を斬り、正気に戻って絶望する。最後に告げられる言葉まで、寸分変わらない。いや--。


「--夢? ……違うだろ」


 アクアは、もう一度手を見た。血は落ちていても、人を斬った感触は残っている。目を閉じれば、面あて越しに見た、夢と変わらぬ光景が鮮やかに思い出される。


「……は、はは--」


 自分の愚かさに、笑いがこみ上げてきた。この数十日間、ゴードンに世話を焼かれ、ガデス達と仕事をするようになり、悪夢を見なくなっていた。


「くくくっ--ははは--」


 自分の犯した罪を忘れていたとは、愚かなことだ。罪人に平穏など許されないというのに。


「あっははははははははははははは……は、っ--」


 神はお前を見捨てたぞ。

 夢の中で聞いた言葉が、いつまでもアクアの頭の中に響いていた。


(6に続く)

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