2
依頼されたオークの巣は、町からそう遠くない森の中にあった。仕事を早く済ませたいアクアは、早々に自己紹介を済ませると巣に向かった。幸いにも魔物や獣に遭遇することはなく、順調に巣の前までたどり着くことが出来た。
「見張りは3匹、残りは巣に引っ込んでいるようですね」
しばらくオークの動きを観察していた長身の青年、ヴァインが振り返る。瞳の色は髪と同じ青色で、瞳孔が縦に長い。人と竜、どちらの姿にも自在に変われる竜人族の特徴だ。
「中に気付かれないうちに倒さないと駄目だね。開幕は魔法かな」
眼鏡の位置を直しながらそう提案したのは、黒翼と翡翠色の瞳を持つ青年、フェリルだ。生命の神を信仰しており、アクアの二日酔いを治癒したのも彼の神聖魔法だ。彼が神官だと聞いたとき、アクアは無意識に「その姿で?」と声を出していた。すぐに自分の失言に気が付き焦ったが、相手は大鎌の事だと思ったようで、飛行状態で振り回すのに便利なのだという答えが返ってきた。
「んじゃ、俺が一発ぶっ飛ばすか」
フェリルの提案に、銀髪碧眼の魔道士、ガデスが答える。2人の主ではなく同じ養父に引き取られた義兄弟同士だという話だったが、ヴァインとのやり取りは主従関係にしか見えず、真偽の程は分からない。
「静かめの魔法撃つから、アクアとヴァインでトドメを頼む」
眠りの霧を出す魔法の事だろうか。片手を上げたガデスを見て、アクアは背負った大剣を静かに抜いた。視界の端ではヴァインが鞘から長剣を抜くのが見える。刀身が波状になっている珍しい剣だ。
「行くぞー」
ガデスの軽い声とは裏腹に、空気が瞬時に張りつめる。次の瞬間、鋭利な氷の嵐がオーク達を襲った。
「は--?」
唖然とするアクアの目の前で、オーク達は声もなく倒れる。驚いて出遅れたうちに、ヴァインが3体とも止めを刺した。
「あ、詠唱忘れてた」
うっかりしていた、という様子で呟くガデスを、唖然としたまま見る。氷の嵐を呼ぶアイスストームの魔法は、ゴブリン程度なら一撃で倒せる威力がある。しかし新米冒険者が唱えられるような魔法ではなく、ましてや詠唱無しでオークを倒す威力はそうそう出ない。
手助けをするために付いてきたが、やることは殆ど無いかもしれない。アクアはあっという間に倒されたオークを踏み越えながら、そんな予感を感じてた。
掃討は予想通り、簡単に終わった。途中に遭遇したオークはガデスの魔法で倒され、最奥に着くまでアクアが剣を抜く機会はなかった。
「ごめんね、あまりやることなくて」
「あー、いや、楽で良かった」
同じように最奥での戦いまで武器を抜かなかったフェリルが謝ってきたが、別段戦いが好きなわけではないので本心からそう答える。
早々に仕事を終えたアクア達は、「陸の海鳥」亭でテーブルを囲んでいた。卓にはゴードンとの約束通り、彼の得意料理である固まり肉の香草焼きを中心に、様々な料理が並んでいる。料理はゴードンの、酒はガデス達の奢りだ。飲み過ぎぬようゴードンに釘を刺されたが、忠告を守る気は全く無い。そもそもヴァインとガデスが次々杯を空けるので、それに合わせるように飲んでいるだけだ。
「アクアが来てくれてホント助かった。あの大剣スゴいな!」
程良く酔いが回ってきているのか、ガデスはニコニコと上機嫌だ。身長ほどの剣が振り回せるなんて、と頻りにアクアを褒めている。一方ヴァインは涼しい顔で飲み続けている。こちらは顔色一つ変わっていない。
「ガデス様、あまり飲み過ぎないほうが良いかと」
「まだまだ平気だしー」
同じ量飲んでいるヴァインが諭すのも説得力に欠けると思うが、末弟を気にかけるのは長兄の役目というところか。
義兄弟だという話を思い出したアクアは、ふと浮かんだ疑問を聞いてみた。
「あれだけ戦い慣れしているのは、親が冒険者とかか?」
言った後に不躾な質問かとも思ったが、3人は気にしていないようだ。フェリルがあっさりと答える。
「うん。養父が冒険者で、僕とガデスはユグドラシル学園に入るまで、ヴァインはこの前まで一緒に旅してたから」
ユグドラシル学園とは精霊学や神学など魔法にまつわる学問を主に教える学校で、魔道士や学者が集まるユグドラシル自治領にある。入学費用は消して安くなかったはずだが。
「あ、養父はザックス=グレイヴって、ちょっと有名な人なんだけど」
「ザックス=グレイヴって・・・・・・"黒鉄の大斧"か!」
ちょっとどころではない。"黒鉄の大斧"ザックス=グレイヴと言えば、一騎当千と讃えられる戦士で、冒険者ならば誰もが知る有名人の一人だ。あらゆる武器を使いこなせるらしいが、中でも大斧を好むことからその二つ名が付いている。
確かに彼ならば息子2人の入学費用も十分稼げるはずだ。小さいときに引き取られた、という話なので彼と一緒に場数を踏んで、最近一人立ちした、という事か。的確に敵の急所を狙える事や、範囲攻撃魔法を使いこなす事もそれなら頷ける。
そう考えながらテーブルの向かいを見ると、ヴァインが更に杯を空けているところだった。わずかに顔が赤くなったが涼しい顔には変わりない。
「本当にヴァインは底なしだね。養父さんと勝負出来るんじゃない?」
感嘆と呆れが混ざったフェリルの言葉に、ヴァインは苦い顔をした。彼があからさまに表情を変えるのは、初めてだ。
「--アレは規格外だ」
どこか悔しげに言い、ため息を吐きながら「なにもかもいい加減なんだ」と続けた。彼にとっては、ザックス=グレイヴはただの養父ではないようだ。
結局、最後までヴァインは変わらず飲み続け、足下のおぼつかなくなったガデスを支えながら帰っていった。「竜人族とドワーフの一行が来たら、町中の酒樽が空になった」という与太話があるが、あながち大袈裟ではないかもしれない。
フェリルの方は殆ど飲んでなかったので大丈夫だろうが、ガデスは帰り際に「またな」と言おうとして「またにゃ」になっていたので駄目そうだ。
先程まで賑やかだった分、夜の町はいつも以上に静かだ。彼らを見送ったアクアは、そう思いながら、自分の部屋に戻った。
(3に続く)