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 眩しい光を感じて、アクアは薄く目を開けた。

 日差しが差し込む窓を背にして、人が立っているのが見える。アクアはもう一度目を瞑り、光に慣らしてから目を開いた。

 窓から入る風に象牙色の髪がそよいでいる。髪から覗く長い耳は、エルフ族の特徴だ。

 視線に気が付いたのか彼は振り向いて、海を思わせる青い目を優しげに細めた。

「目が覚めましたか。気分はどうですか?」

 これは昔の夢だ、とアクアは気が付いた。目の前にいるのは、操られていたアクアを救った冒険者だ。細身で物腰は柔らかだが、戦いにおいては背筋が凍るほど苛烈に剣を操ることを、アクアは身を持って知っている。

「--人生は長いですから、あっさり諦めるのはもったいないと思いますよ?」

 現実で聞いたときは人の気も知らないくせに、と苛立ったのだが、すんなり言葉を聞けるのは夢だからだろうか。

「--まあ、ひとまずはゆっくり眠ってしまいなさい」

 そう言うと彼は子供を寝かしつけるように、アクアの頭を優しく撫でる。そう言われて急に重くなった瞼を、アクアは素直に閉じた。


 再び眩しい光を感じて、アクアは薄く目を開けた。

 夢と同じように、日差しが差し込む窓を背にした人影が見える。アクアはもう一度目を瞑り、光に慣らしてから目を開いた。

 窓から入る風に銀髪がそよいでいる。視線に気が付いたのか彼は振り向いて、海を思わせる青い目を輝かせた。

「目が覚めたか。気分は?」

「……久々によく寝た気がする」

 そりゃよかった、とガデスはにっこり笑う。アクアはゆっくりと身を起こした。寝かされていたのは、見慣れた自分の部屋だった。傷はフェリルが治してくれたのだろう、かえって普段よりも体が軽い。

「どのくらい寝てた?」

「んー、半日位か。今は昼時だな」

 その言葉に反応して、アクアの腹が大きく鳴った。気恥ずかしさにそっぽを向くと、ガデスは笑いながら「食べ物を頼んでくる」と部屋を出ていった。


 身支度をして下に降りると、フェリルとヴァインが2枚の紙を前に何かを相談していた。疾風、遊撃、などと単語を言い合っては首を捻っている。

 ガデスはカウンターに頬杖をついて厨房を覗いており、アクアに気が付くと中のゴードンにそれを知らせた。その声に反応し、フェリルとヴァインが顔を上げる。

 アクアは二人の前に立つと、深々と頭を下げた。

「二人とも、迷惑掛けて悪かった。それとガデスも、助けに来てくれてありがとう」

 デレた、などとガデスが呟くのが聞こえた。

 顔を上げると、二人は呆気にとられたような顔をしている。何か他に言うべきことがあっただろうかと考えていると、フェリルが先に正気に戻った。

「--あっ、ごめんごめん。謝られると思ってなくて」

 はっぱを掛けようと結構追い詰めたから、と申し訳なさそうに笑う。

「そうですね。私も手を出しましたし。--すみませんでした」

 ヴァインは立ち上がると、頭を下げる。アクアは慌ててやめさせると、話題を変えようと紙に目を遣った。

「そ、そういえば何をしてたんだ? 随分悩んでいたみたいだが」

 椅子に座って紙をのぞき込むと、1枚は冒険者協会への報告書で、記名欄が空白になっている。そしてもう一枚には、二人が言い合っていた単語がずらりと書かれていた。アクアが首を傾げていると、フェリルが説明をしてくれた。

「2回も人里で魔神が出たからね。協会本部に連絡したほうがいいかなと思って。ただ--」

 空白の記名欄を指さす。

「今までギルド名を決めてなくってね」

 ギルドとは冒険者の一団のことだ。規模は大小さまざまで、2人しかいない所もあれば、複数パーティーが組めるような大所帯もあるようだ。別段作らなければいけないものでもないのだが、報告書を提出するたび連名を書くのが面倒だから、とフェリルは話す。

「それは--主君に任せるとか」

 そう言いながらガデスを見ると、書かれた単語全てに横線が引かれた紙を見せられた。

「息詰まったから、アクアの様子を見に行ったんだよ」

 やけに物騒な単語が多い紙を見ながら、アクアはなるほど、と頷いた。一度つまづくと、なかなか決まらなさそうだ。

「と、いうわけでアクア、任せた」

「おう。--は?」

 フェリルから渡されたペンを、アクアは反射的に受け取った。困惑しているアクアを横目に、ヴァインが問題解決とばかりに頷いている。

「い、いやいや何で俺が--」

「アクアに任せて良いと思う人、はーい」

 フェリルの言葉に、当然後の二人も手を上げる。数の暴力だと訴えたが、「その力が必要なんだ」などと結局押し切られた。

「独りだった奴に頼むなよ……」

「何言ってんだ親友。お前なら出来るって!」

 ガデスの軽口に突っ込む気も起きず、アクアは頭を抱えた。それでも真面目に考えるが、良い名前が思い浮かばない。

 仕方なく、何か参考になる物でもないかと外を見る。

 久々に雨が上がり、空は真っ青に晴れている。眩しさに目を細めて見上げていると、空を切るようにツバメが旋回するのが見えた。

「--晴空のツバメとか……」

「晴空のツバメ旅団ね、了解」

 アクアの呟きを拾うフェリルに、ヴァインが指摘する。

「4人で"団"は大袈裟じゃないか?」

「じゃ、"晴空のツバメ"で」

 決まった決まった、と書類を書き始める。

「待て、いいのかそんな他人の案をあっさりと--」

「アクアに任せるって決めたし」

「完成したよー」

 書き上げたギルド結成届と報告書をフェリルは掲げてみせた。魚介のオイル鍋を運んできたゴードンに手渡し、葡萄酒を追加で頼む。

 本人達がいいならいいか、と思うことにしてアクアは席に戻った。テーブルに並べられた料理を見て空腹だったことを思い出す。最後にテーブルに付いたガデスが葡萄酒の杯を掲げ、ギルドの結成を祝して、と乾杯を告げた。


 祝福の言葉をかけたアクアが自分も人数に含まれていることに気が付いたのは、ギルド結成届を冒険者協会本部に届けた後のことだった。


(晴空の冒険者たち~戦士の雨上がり~ 完)

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