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「--生きてみろ、と言われてもな。神の声はもう聞こえない、残ったのは血にまみれた大剣だけだ。となれば、死ねるまで剣を振る以外に何ができるってんだ」
アクアは自虐の笑みを浮かべながら、昔話をそう締めくくった。
「その二つ名で呼ばれたのは久しぶりだな。まあ、神職者でもないのに"聖戦士"ってのも、おかしな話だが」
"人殺し"の方が合ってるだろうに、と言うと、黙って話を聞いていたフェリルが久しぶりに口を開いた。
「……人に操られて利用されただけなのに、自分の罪だと悔いているんだね。--でも」
いったん言葉を切り、同情するように続ける。
「悔いてるのに、手を差し伸べてくれないの?君の所の女神様は」
「--は?」
何を言っているのか理解が遅れたアクアに、畳みかけるようにフェリルは問う。
「声が聞こえないんでしょ? 本当なら厳しすぎない? 望んで従ってたんじゃないのに? それって--っ」
一瞬で頭に血が上り、アクアはフェリルの胸倉を掴んだ。奥歯を噛みしめて殴りたい衝動を抑え、怒りに震えるを絞り出す。
「--お前に、何がわかる……! 何でお前なんかが--!」
激高する様を冷ややかな目で見ていたフェリルは、アクアの言葉ににやりと冷笑を浮かべた。
「"神に見捨てられた罪人"の黒翼なのに神官なんだよって? それ、会ったときにも言ってたね」
「あ--」
口調は変わらず穏やかだが、毒々しさが込められている。
アクアは怒りにまかせて言ってはいけないことを口走ったと後悔した。胸倉を掴んでいた手の力が緩むと、フェリルはその手を掴んでゆっくりと下ろさせた。
「そう言われたのは久しぶりだったよ。生まれた里ではよく言われてたけど」
頭が固くて迷信深い連中だらけだった、と嘲るように付け加える。
「それで里を追い出され、行き着いた村は滅ぼされ--。まあ、小さい頃の事だから悔いても意味無いね。どうせ過去は変わらない」
意味が無いと言いながらも、表情に憤りの色が滲む。フェリルは自分の聖印を握りしめて、続けた。
「今は違う。僕は今度こそ居場所を守るために、傷を癒せる神官の道を選んだ。--力尽きるその瞬間まで、しぶとく足掻けるように」
いつしかフェリルの表情は真剣なものに変わっていた。ランプの光を受けて燃えるように輝く目が、決意の強さを表しているようだ。
フェリルは聖印から手を離すと、立ち上がって扉を開けた。部屋から去る寸前、振り返ってアクアに問いかける。
「死ねるまで待つ、って--向き合うことも逃げることもできないから、目を逸らして、耳を塞いで、うずくまってるだけじゃないの?」
返事を待たずに、扉は閉められた。アクアは何も言えず、扉をしばらく見つめていた。
(11に続く)




