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 アクアが生まれたのは山間の小さな村だった。

 村民の殆どは狩猟や農業を営んでおり、自給自足が成り立ってるため、外界との交流は少ない。客人といえば山奥にも商いにやってくる熱心な行商人か、男衆では手に負えない魔物退治を引き受けた冒険者くらいのものだ。

 当然村に宿などはないため、村の小さな教会が客人の面倒を見ていた。教会は大地と豊穣を司る女神を奉じており、アクアの母親が主を務めている。アクアもその影響で同じ神を信仰するようになり、母親から神学を学んでいた。

 村には「17歳になったら村の外で1ヶ月以上の修行をする」という風習がある。村の外とはいっても山上に小屋が用意されているのだが、必ずしもそこで修行をしなければいけない、という訳でもない。

 アクアは両親の薦めもあり、しばらく各地の神殿を回って神官として修行を積むとともに、見聞を広げることにした。昔は冒険者だったという父から、剣術を応用したメイスでの戦い方を教わったので、道中危なくなることもなく、アクアは順調に神殿を回っていった。




 10ヶ月後、アクアは総本山でもあるグランアルシア自治領にたどり着いた。

 新たな大司教の選出を控え、神殿は慌ただしさを増していた。すぐに司教の教えを請うのは難しそうだと判断したアクアは、しばらく神殿が管理する図書館を利用させてもらうことにした。

 一国の城程の規模をもつ神殿が管理するだけあって、図書館には莫大な数の蔵書が並んでいた。毎日1冊読んでも制覇までには10年以上掛かりそうだ。アクアは毎日、神殿への礼拝後に図書館に通った。

 ある日、いつものように本を読んでいると、一人の老司教に声を掛けられた。毎日熱心に勉強する姿に感心したのだという。髪は細く柔らかそうな白髪で、穏和な微笑みを浮かべた顔には深く皺が刻まれているが、背筋は真っ直ぐに伸びており、威厳を感じさせる。最初は相手が誰だか分からなかったが、年配の女神官が老司祭を呼びにきて気がついた。

 「トレイル様」と彼女は老司教を呼び、確認してほしい案件があるのだと連れていった。トレイルと言えば現大司教であり、その人望の厚さから次期大司教にも再選するだろうと噂されていた人物だった。二、三言葉を交わしただけだったが、多くの人に慕われているのも納得だとアクアは感じた。

 それから毎日、アクアが本を読んでいるところにトレイル大司教が訪れるようになった。公務が忙しいのではないかと聞いたところ、仕事の息抜きと呆け防止を兼ねて若者と話したいのだ、という答えが気さくな笑みとともに帰ってきた。


「立ち止まれば、周りがよく見渡せるからね」


 だからたまには肩の力を抜いて、心行くまで休んでしまいなさい、というのがトレイル大司教の持論だった。

 しかし大司教となればそうもいかず、二人でしばらく話していると、いつもの神官が執務室に連れ戻しにやってくる、というのが毎回のことだった。とはいえ彼女もトレイル大司教の息抜きを極力邪魔をしたくないようで、とても申し訳なさそうに来て、また話相手になって欲しいとアクアに謝りながら、連れて行くのだった。


 そんな日々を一ヶ月ほど繰り返して大司教選がいよいよ間近まで迫ってきた頃、いつものように閉館時間まで本を読んでいたアクアは、見慣れない壮年の神官に呼び止められた。

 灰色がかった銀髪を持つ青灰色の目の神官で、戦士としての修行も積んでいるのか、体が鍛えられているのが法衣越しでも分かる。

 ダンドルグと名乗った彼は、自身はバーゲル司教の使いの者で、是非アクアに会いたいので招待するよう頼まれたのだと話した。

 いわゆる「余所者」のアクアにはあまり関係のない話だが、ハーゲル司教といえば大司教選でトレイル大司教の対抗馬と噂されている人物だ。脂の乗った精力的な中年で、トレイル大司教とはまた違った威厳を感じさせる。

 何の用事だろうかと疑問には思ったが、司教の頼みであれば断るわけにもいかず、アクアは招待を受けることにした。

 バーゲル司祭はアクアを私邸に招き、豪勢な食事を振る舞った。

 熱意ある若者と意見を交わしたかったのだと話し、神側についた魔神の末裔である魔族や、神の使いである精霊を勝手に操る魔道士などを批判し、神への背徳者だと熱弁を振るった。それは一部の神職者には支持されている考え方で、実際に昔は神職者による魔族狩りや魔道士狩りなどが行われたこともあった。

 現在はユグドラシル自治領や冒険者協会などの保護もあり、声高に主張する神職者は殆どいない。

 魔族の幼なじみを持つアクアは、複雑な気持ちで司教の話を聞いていた。

 夜も更けた頃にアクアはバーゲル司祭の家を後にし、明かりを手にしたダンドルグに下宿まで送ってもらった。

 別れ際、彼はバーゲル司教の話に長々と付き合わせたことを詫び、自身は人狼族なので違う考えだと付け加えた。人狼族は人の姿と狼の姿を持ち、自在に変われる種族だ。彼らに対しても、一部の神職者からの風当たりは強い。

 アクアも同意すると、ダンドルグは僅かに笑みを浮かべた。


「そうだな。--君も同じだろうな」


 そう頷く彼に、なぜかアクアは何か底知れぬものを感じて背筋が粟立った。早々に別れを告げて、逃げるように下宿に戻った。


 翌朝、いつものように神殿に向かっていたアクアは突然神官戦士の一団に取り囲まれ、状況が飲み込めぬまま神殿の地下の一室に連行された。


「トレイル大司教を殺害した容疑が貴様に懸けられている。真に神の僕であるならば、嘘偽りなく全て述べよ」


 告げられた言葉に衝撃を受ける暇すら与えられず、厳しい尋問が始められた。余所者ゆえか、査問官はアクアが犯人であると確信しており、必死に潔白を訴えても聞く耳を持たなかった。

 尋問は延々と続けられ、業を煮やした査問官に自白作用のある薬を飲まされた。正直に話す度に飲まされる薬の量が増やされ--そこで記憶は途切れている。

 次に記憶にあるのは、どこかの路地裏に捨て置かれたまま、思考が全く働かずに身を起こすことすら思いつかない自分を、雨の中で傘も差さずに見下ろすダンドルグだ。


「神はやはり振り向かなかったな、かわいそうに」


 憐憫の込められた笑みを浮かべ、手を差し伸べる。


「--これからは私が、君を導いてあげよう」


 手を取れと言われ、アクアは言われるままに手を伸ばした。




 ダンドルグは言葉通りにアクアを導いた。

 まずは練習をしようと告げ、アクアに身の丈ほどの大剣を持たせてバーゲル司教を襲わせた。司教はダンドルグがアクアを連れて来たことに酷く狼狽していたようが、何故かを聞くことなく斬らされた。

 ダンドルグは司教から古めかしい本を奪い、上出来だと褒めた。

 その後もアクアに神殿や魔道士達が管理する施設などを襲わせては、最奥に保管されていた古の本や魔法の品を奪った。アクアは言われるままに剣を振るい、指示がない時は与えられた部屋で人形のように動かず、命令されるまで待った。

 ダンドルグから最後にされた命令は「館に侵入した者を殺せ」というものだった。冒険者協会がダンドルグ討伐のために冒険者を遣ったのだ。

 侵入者は1人だけだった。しかしアクアが振るう大剣をレイピアで軽くいなし、確実に急所を突く。レイピアを深々と自身の体に突き刺されて、意識が途絶えた。




 目が覚めると、見知らぬ天井が見えた。アクアは久方ぶりに働く思考でそれまで自分がやってきた事を理解し、衝動的に視界に入った果物ナイフで首を掻き切ろうとした。しかし傍らにいた侵入者だった男に抑えられ、「折角助かったのだから生きなさい」と怒られた。長期に渡って慢性的に薬を飲まされており、正気に戻れるか分からない状態だったという。

 途方に暮れて鬱ぎ込むアクアに、彼は冒険者に発行される身分証を渡した。どうやって調べて作ったのか、そこにはアクアの名前が記されていた。

 男はアクアが首から下げていた聖印を指さし、こう告げた。


「まだ、それが大事なものだと思えるなら、禁じられている自害をして最期に背くより、ひとまず生きてみなさい」


(10に続く)

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