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朝五ツに番頭が七つ口まで御用を聞きに行き、品を運び込む。広敷役人を通じて表使からまとまった注文が入れば、それに「奥向き御用者」と書いた小さな幟を立てて運び込む。


吉原への出入りも許され利益は右肩上り。玖肆屋は何もかもがうまくいっているようにさえ思えた。


しかし、その頃から人形神は男が客の相手をしている時だろうが、使用人に指示を出している時だろうが時を選ばずに声をかけてくるようになった。

そのたびに平静を装っても使用人が時折不審そうにこちらを見てひそひそ話している気がして仕方が無い。人形神の声が使用人にまで聞こえているのか。男は冷や汗を流した。


「今度は何を望む、次は何が欲しい」とせっつく人形神に、人のいないときを狙って黙るよう言っても、数日もすれば話し始める。そんなことの繰り返しだった。


「今度は何を望む」


ある時また声をかけられた。前に黙らせてからまだ一日も経っていない。


何かが吹き上がるのを感じた。目に映るのは土人形だけ。他に何もない。


男は叫んだ。


「お前がここから消えることを望む!」


ばらばらと視界の端で櫛が落ちた。見ればそこには目に涙を浮かべて呆然と立ち尽くす番頭がいた。


「旦那様、私に至らない所がございましたでしょうか。申し訳ありません。このままでは御用達の店名の傷になりましょうか。私は辞めたほうが……」


男は慌てた。おろおろと言葉を探し、紡いだ。


「何を言っているんだ。お前はよく働いてくれている。ほら、七つ口でもうまくやっているそうじゃないか。お前のことではない」


番頭は少しほっとしながらも、どこか解せない顔をしているように見えた。









あくる日の早朝、まだ暗いうちに男は起きだした。


神棚には相も変わらず土人形がいる。


男は土人形をうとましく感じるようになっていた。初めは人に聞かれないところでしか話さなかったのに、男を御用商人にしてからは、人が近くにいるときを狙っているかのように話しかけてくる。悪い噂がたっては店ががたつく。


男は決心すると土人形を風呂敷に包んだ。明け六つにならねば駄目だと言って首を振る木戸番に無理を言って木戸を開けてもらい、十数年も昔、丁稚だった時分に土人形を作るための土を埋めた地である日本橋へ急いだ。


橋の下には見るものを吸い込んでしまいそうな黒々とした流れがあった。


その流れをしばらく眺めた後、男は風呂敷に包んだまま土人形を暗黒の流れの底に投げ落とした。


風呂敷包みは無言のままひどくゆっくりと闇へと吸い込まれていった。


男は暗黒の流れが綺麗な朝の色に変わるまで、ただひたすらに流れをにらみ続けた。

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