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それから何年か経ったある日、また人形神が「今度は何を望む」と声をかけてきた。


男が考えあぐねていると人形神はククッと笑った。



「あるだろう、望むものが。御用商人にはなりたくないのか」



男は顔を醜く歪ませ笑った。


「なるほど、御用商人か。それなら店の名も売れ、ますます繁盛するというものだな。それには今の御用商人に消えてもらわなければ。まずは・・・・・・」



「・・・・・・おとっつぁん、お人形さんと何お話してるの?」



男がはっと視線を落とすと、こちらを見上げる跡継ぎの初太郎と目が合った。


向こうから女中が「坊ちゃん、お母さんがお呼びですよ」と言いながら駆けてくる。



「初太郎や、何も話してはおらん。人形が言葉を話すわけがなかろう。ほら、おっかさんが呼んでいるんだろう? 行きなさい」



初太郎は追いついてきた女中の方を向いたが、不意に後ろを振り返った。



「あれ、お人形さん笑ってる」


「坊ちゃん、さあ、あっちへ行きましょう」



人形神は去っていく二つの背中を、笑みを浮かべながら見送っていた。




「近いうちに大奥の御年寄が御代参をなさるそうだ。その道筋をなんとか変えてくれ」



大奥の実質最高権力者の御年寄が有力寺社に代参する。そんな情報を耳にした男は人形神に頼み込んだ。


これは御用商人になる絶好の機会だと男は確信していた。だから人形神に頼んだ後、他の店に先を越されないようすぐに大金を使って御年寄お気に入りの役者がいる、美男揃いと有名な一座に玖肆屋の近くの小屋で芝居を掛けさせることにした。


いよいよその日、御年寄一行が代参に行った帰り道、本来通る道の、それも奥向き御用の店が火を出した。代参に来ていた一行は当然道を変えた。それどころか玖肆屋の前でその輿を止めたのだ。


男は喜び勇んだ。願い通り道は変わり、御用達の店も火を出してはただでは済むまい。



店ではあまりにも恐れ多いからと一行をかねて準備してあった芝居小屋へと案内した。



「玖肆屋、ご苦労であった」


頭上からかけられた声に男は平伏した。御年寄の声は幾分疲れながらも楽しそうに聞こえる。


「今日はご災難があったとか。御年寄様には大層お疲れのことかと存じます。芝居の後には隣の芝居茶屋に用意ができておりますので、どうぞゆっくりなさってください」


芝居小屋には先程さらに金子を積んで、御年寄お気に入りの役者を茶屋に来させる手筈を整えた。これならばうまくいくかもしれない。


男は供の者に持ってこさせた包みを差し出した。


「大した物ではございませんが、これは玖肆屋で用意いたしました見舞いの品でございます。どうぞお納めください」


代参の供に来ていた奥女中がそれを受け取り、包みを開いた。


思わずといった感じで奥女中から感嘆のため息が漏れた。一応異常が無いか改め御年寄の前に置く。それを覗いた御年寄も思わずため息をついた。


「これは白甲ではないか。この銀細工も素晴らしい」


御年寄たちは銀や鼈甲、象牙で作られた細かな透かし彫りのついた平打簪や、珊瑚玉や翡翠玉のついた玉簪、水晶で作られた裏表に模様の続く櫛や象嵌細工の櫛、螺鈿や真珠、金箔などの装飾のついた櫛の数々に惹きつけられていた。


それらはどれも武家でもなかなか手に入らないような立派なもので、ともすると引き込まれてしまいそうな妖しい美しさを持っている。上等な物を見慣れている彼女達が見ても十分に素晴らしいものだった。


その反応を見て男は小さく笑みを浮かべた。これは成功と言えるだろう。確かに店一番の簪や櫛、笄を持ってきたがここまでの反応とは思わなかった。


簪や櫛は店で選んだときよりもさらに美しくなっているような感じがする。男も簪に吸い込まれてしまいそうだと思った。






数日後、大奥から使いの者がやってきた。御年寄自らの推薦で玖肆屋に奥向き御用商人の証である鑑札が発行され、それを持ってきたというのだ。


男は恭しくそれを受け取り、使いを座敷で手厚くもてなした。そして、御年寄には礼としてたくさんの上等白銀と船で運んできた唐渡りの宝玉を贈った。


使いが帰るなり男は狂喜乱舞した。人形神を褒め称え、鑑札を神棚に上げたのだった。

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