弐
翌日、番頭は午の刻頃に出かけて行った。今日はいくつかのお店を回るのだとか。
そろそろ番頭も帰ってこようかという逢魔ヶ時、岡っ引が店に駆け込んできた。
「玖肆屋さん、さっき人が馬に蹴られて死んだんだ。そいつがどうもあんたの所の番頭みたいでね。確かめてくれないか?」
主人と共に番屋に行き、死体にかけられた筵をめくった。男の横で主人が息をのむのがはっきりと伝わってきた。岡っ引の言うとおり、死んだのは確かに玖肆屋の番頭だった。骨が散々に折れているようでいびつな形をしている。
「うちの番頭は誰に殺されたのでしょう・・・・・・もう直ぐ暖簾分けだったというのに・・・・・・」
「お気の毒様です。ですが番頭を蹴った馬には人が乗っていませんでしてね。どこの馬かも良く分からない。誰かを捕まえるというのは難しいですな」
がっくりと肩を落とす店の主人の横で、男はほくそえんだ。土人形、いや人形神に頼めばばれずにうまくやってくれる。邪魔者を消すなんて意外に楽なものではないか。
人間とは恐ろしいもので次から次へと欲が出る。番頭になった男は続けて金やら家やらを願うようになり、ついにはお店の主人の地位をまでも望むようになった。
人形神に願って数日のうちに若旦那が倒れてきた材木の下敷きになって頓死。それを知った主人も衝撃のあまり死の床についた。
主人が回復することはなく、死の間際の遺言によりお店の主人の地位は男のものになった。
念願かなってお店の主人になった男は、すぐに自分が井の中の蛙だったことに気づかされた。自分が憧れ、手に入れた地位も周りの店の大きさに比べれば米粒のようなもの。
男は人形神を神棚に祀り、手を合わせた。
「この玖肆屋を江戸一番の大店にしてくれ」
人形神は目を細めうなずいた。
すぐ近くにあった同業のお店が主人の頓死に続く経営不振を原因につぶれたのを皮切りに、邪魔なお店や商人等が自滅していった。
人形神に願いさえすれば、金も地位も望むだけ手に入る。邪魔な奴も人形神がうまく消してくれる。
玖肆屋は男の代になってわずか一、二年で江戸一番の大店へと成長した。