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その夜、男は誰かに呼ばれた気がした。廊下に出ると男の三間ほど先を土人形が歩いている。


今度は注意深く跡をつけていくと、土人形はまっすぐ台所へ向かっていった。


台所に入った男はふと顔をしかめた。誰か消し忘れたのか、かまどに火種が残っている。



土人形はかまどの前で立ち止まると、くるりと後ろを振り返った。


男は再び人形神と向かい合った。


「俺の跡継ぎが死を望むとはどういうことだ。俺は数年前、〝跡継ぎ〟を望んだはずだ。それなのにその跡継ぎは死に、店も揺らぎ始めた。どうしてくれるんだ!」


人形神はククッと喉を震わせた。


「女中から聞かなかったか?子供は毎日毎日母に会いたいと言っては池の縁で泣いていた。だから水鏡にその母の姿を映してやった。

そうしたら子供は寂しいから母の所へ行きたいと言った。

だから母のいる死者の国へ連れて行ってやっただけの話だ」


「お前をこの世に生み出したのは俺だ。なぜ初太郎の願いを叶えた。跡継ぎを返せ! 店を元のようにしろ!」


怒鳴り散らす男とは対照的に、人形神は落ち着きはらい、絶えず薄い笑みをその顔に貼り付けていた。



「あの子供は貴様がこの人形神に望み、我が生み出したモノ。我の傀儡にすぎぬ。あの子供の生死をどうしようと我の勝手。

これは代償なのだ。我はいままで貴様の、金持ちになりたいだの、誰それを消して欲しい、女が欲しい、それから、それからとたくさんの欲望を叶えてやったのだ。

そろそろ貴様が代償を払う頃合ということ」


代償?男には跡継ぎは自分のものだと言う意識があった。それなのになぜそれを土人形ごときに奪われなくてはいけないのか、代償を払う時期などと勝手に決めるな、と反論しようとした。


だが男が口を開く前に人形神が言葉をのせた。


「貴様は欲望のままに我を作り出した。人間とは欲深いものだなぁ。

わざわざ七つの村の七つの墓場から土を集めてきて三千の人間どもに踏ませ、親の葬儀の晩に血でこねて作り上げるとは。

貴様が我を必要とせぬようになるまで我は貴様の欲望を叶えてやったではないか。それなのに我を川に捨てたり打ちしだいたりしおって。

貴様が我を必要とせぬようになったからといって我は貴様から生み出された以上貴様からは離れぬ」


「だまれ!」


男は土人形を引っつかむとまだ火の残っているかまどへ投げ込んだ。


「人形風情に人生振り回されてたまるか。溶けないというなら燃えてしまえ!」


男は必死だった。せっかく大店の主人になり、大金も手に入れた。妻や跡継ぎにも恵まれ、吉原一の太夫も身請けした。あんなに音物も贈って御用商人にもなったではないか。


それなのにこのざまは何だ。妻も跡継ぎも人形神に殺されたようなもので、店も人形神に傾けられたようなもの。


もとの生活を取り戻したい。いや、もっと上の生活を。俺はこんなところで終わる男じゃない。もっともっと・・・・・・


「ふん、いいだろう。貴様の最後の望み、叶えてやろう。ただし、燃えるのは貴様も一緒だ」


男は人形神の声で現実に立ち帰った。


人形神の周りから一気に炎が噴き上がり、屋根を突き破った。一瞬のうちに周囲が赤く染まった。


炎の向こうで使用人たちがばたばたと逃げ惑っているのが見える。それもだんだんと動かないモノへと変わって行く。


「・・・・・・お店が、家が燃える・・・・・・俺の全てが燃えていく・・・・・・みんな・・・・・・フフッアハハハハハッ燃えてしまえ!俺もろとも、土人形ごと燃えてしまえ!アハ、ハ・・・・・・みんな・・・・・・みんな燃えて無くなってしまえ・・・・・・」


男の声にはいつの間にか涙が混じっていた。


燃え盛る火の中で男の声はだんだんと弱まり、その命も尽きようとしていた。


いつしか男のかたわらには真っ赤に燃える人形神が寄り添っていた。


人形神は嬉しそうにほほえむと男に語りかけた。


「我を作り出した主よ、我の最後にして最大の望みを叶えるときが来たのだ。

貴様が死んでも我は離れぬ。せっかく火の車まで用意したのだ。地獄までついて来てもらわねばなぁ。

強欲という罪、欲望のままに他を顧みず重ねた罪の数々・・・・・・。我と主は同じ穴のムジナよ。


さあ、共に地獄で苦しもうぞ!」




玖肆屋を瞬く間にのみこんだ地獄の業火は数日間消えずに、ただ玖肆屋だけを焼き続けたという。



読んでくださってありがとうございました。


この話の元は、急に繁盛した店は作中で知人が語っていた方法で作成した人形神を祀っているとされた、というだけの話です。

それを勝手に膨らませました。


読めないとかなにこれというのがあったら気軽にメッセージください。

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