壱
一つだけ蝋燭のともった暗い室内で男の影が揺れていた。
鼻をつく血のにおいがどんよりと漂っている。
土がむき出しの床には三寸ほどの、血でこねられたらしい土の人形がころころと無数に転がっている。
男は動きを止めると大きななべを取り出し、水を入れ、土人形をぽんぽん放り込むと火にかけた。土人形は鍋底に沈み、湯は大きなあぶくを放ち始めた。
「・・・・・・人に聞いた話だがな、七つの村の墓土を集めて埋める。三千の人がそれを踏んだら血でこねて千の人形を作る。それを煮ると一つ、溶け残りの人形がでるんだそうだ。そいつは何でも望みを叶えてくれる人形神になるんだと。俺は代償が怖いからやろうとは思わないがな」
男は昔知人に聞いたことを、実行していた。あいつは臆病者なだけなのだ。どうせ代償なんて大したものではないだろう。
土人形は溶け、どろりとした茶色の液体になった。
男は飽きることなく鍋の中を見つめ続けていた。
どのくらいの時間が経っただろう。
ぷかりと一つ、人形が浮いてきた。知人の言ったとおりだ。
男はそれを見るなり目を見開き、手が焼けただれるのもかまわずに泥湯に手を入れた。人形を掴みあげ、震える手で火を消す。
「できた・・・・・・これで・・・・・・これで俺はどんな望みも叶えられる!」
男は目を妖しく光らせて叫んだ。
男が父親を亡くしたのは三年前。故郷の浅茅ヶ原で行われた葬儀を済ませ、江戸に帰る途中、七つの村から墓土を持ち帰った。その土を日本橋のたもとに埋めたときから通る人々が踏むに任せていた。
今回母親が死んでくれたおかげで再び浅茅ヶ原へ帰ることができた。住む人のいなくなった家で三年前の土を使い、土人形をこねる機会も得られたのだ。
「・・・・・・ほぉ。貴様か、我を生み出したのは。何か望みがあるのだろう?」
男ははっと手元を見て目を見開いた。
しかしその表情は一瞬にして消え、くいと口端が吊り上げられた。
「俺は今まで主人や番頭に頭を下げ続け、指示通りに二十年も働き続けた。もう番頭になっているはずの年なのにずっと下働きの丁稚のまま。アイツは十歳も下なのに俺を追い越してさっさと手代に上がった。俺は悔しい。手代にしてくれ」
「ふうん。じゃあその先に上がった手代をどうにかすればいいわけか。どうする?」
「・・・・・・アイツは無類の女好きだからな・・・・・・お店の金に手を付けさせるってのはどうだ?」
「ククッわかった。その望み、我が叶えてやろう」
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お店に帰ると女中達が集まって話をしていた。
手代は吉原通いの挙句、格子女郎に惚れ込んでいた。その格子女郎を身請けするため、お店の金に手をつけようとしていたのを番頭に見つかったらしい。手代は言い訳することも叶わず店を追われたという。
男は手代に昇進し、胸がすっきりする思いだった。
しばらくは満足していたのだが、ある日、小さな失敗を番頭に叱られた。
男は土人形にこぼした。
「番頭は少し偉いからって俺のことをばかにする。どうにかしてくれ」
「ククッ〝始末〟してもいいのか?」
男は一瞬ためらった。自らの心音が一つ、大きく響いた。
「ばれないでできるならかまわない」
人形神が面白そうに笑った。