#7
「というわけで、その人を探しに行って来て欲しいのよ~」
妾が座っているソファのちょうど向かい側にある椅子に座っている黄緑色のふわふわした髪と髪に合わせたと思われる同系色の色のドレス、頭には薄い黄緑色の小さな宝石があしらわれたティアラをつけている、いかにもな女性は妾の母親――つまり、この国の女王であるシャルロット・アミュレットだ。
魔術を使って若いときと変わらぬ美貌を保っているが、実際はもう45歳くらいになる。
「その『岡崎枢』とかいう奴を探してどうするのじゃ?」
母上に呼ばれたのはクロヌとのことではなく、「日本に行って、人を探して連れて来い」という用件だったらしい。
それにしても、皇族である妾自ら出向かせるということは要人なのだろうか?
「賽国との戦争を終わらせる交渉を手伝ってもらうの~」
母上ののんびりした性格が投影されたかのようなゆっくりとしたしゃべり口調でそう言った。
現在、この国は隣国である賽国と戦争をしている。
とはいっても、十年前に休戦協定が結ばれ、ここ十年間は平和だった。
しかし、最近になって賽国の動きに大きな変化があったのだ。
――新型兵器の開発、及び禁忌魔法の復元。
この二つに関しての情報が多く入るようになり、実際に起動しているところを見たという者まで現れている。
どこまでが真実で、どこからが噂なのかすらもよく分かっていないが、先の二つが行われているということに関しては、裏も取れているため間違いない。
「オルドルとクロヌにもついて行ってもらうから大丈夫よ~。 あら、クロヌも座っていいのよ~?」
母上が話題にそぐわぬほどのんびりとそう言った。
座らない、というのは逆に失礼だと悟ったクロヌが妾の横に座る。
クロヌの体の重みで、ソファの座面が微妙に傾いてしまったため、うまくバランスを取る。
しかし、これがまた難しい。
「私は構いませんが、オルドルは……」
クロヌが仕事モードの敬語でそう言った。
最後の方だけ口ごもったのは、オルドルの抱えている事情と女王である母上の命令の優先順位を考えた結果だろう。
だが、意見を発しただけでも頑張った方だ。
「そうじゃ! オルドルは兄上の看護もしなくてはいけないのじゃ!」
クロヌの言葉に続いて、母上に向けて主張する。
「そんなこと知らないわよ~。 あんな平民の子に高額な給料を払って、しかも、兄弟共々城に住まわしてあげてるんだから、十分じゃないの~」
母上が胸の谷間から取り出した無駄にゴージャスな扇子で軽く扇ぎながら冷たく言い放った。
「なんてところに扇子をしまっているんだ」というツッコミはさておき、妾の方から本題に触れる。
「確かに階級は平民じゃが、執事としては優秀なのじゃ!!」
確かに少し変態……じゃなくて変わったところもあるが、執事としての通常業務も家庭教師としての仕事もしっかりこなしている。
相手が妾のような人でなければ、勉強の方も成果が出ているだろう。
母上は役職柄、相手の身分を重視している。
彼女自身、上流貴族――しかも、元大臣の娘であったこともあり、昔から身分が低ければ最初から相手にしないということもあったらしい。
父上がいた頃は彼が取り仕切っていたから良かったものの、父上が亡くなり、母上が国のことを取り仕切るようになってからは平民階級からの不満が強くなってきている。
妾は特に仲の良い友人であるミコガミが平民階級であることもあり、会議の時にはでしゃばって意見するのだが、大概却下される。
「あの平民達に絆されたのだろう」と言われ、取り合ってさえもらえない。
それどころか、最近は会議に出してさえくれないことだってある。
一応、会議に関することは法律で定められており、皇族は14歳半から出席が可能となる。
妾は16歳だから、既に出席できるのだが、事実上法律よりも母上の言葉が重んじられている故、「出席することが出来ない」ということもあるのだ。
「それは貴方が本当に優秀な執事を知らないからよ~。 子供は甘言に弱いんだから~」
母上が呆れたような、それでいてバカにしたような表情でそう言った。
横に座っているクロヌをチラッと見ると、いつも通り、仏頂面を浮かべている。
だが、長い付き合いである人間なら違和感を覚えるだろう。
よく見ると、唇の内側を噛んでいたり、自らの太ももに爪を立てていたり、と何かを我慢するかのような仕草が見うけられる。
いつも仏頂面で割と無口なため、誤解されやすいが、彼は仏頂面なのも無口なのも人見知りをするせいなのだ。
実際、妾達には冗談や軽口を叩くというようなこともするが、女中や騎士団の部下とは話をしているところすらも、ほとんど見たことがない。
しかし、基本的に見た目に似合わず、たまに過去の戦争で亡くなった部下や上司の墓に献花しに行くこともあるくらい、優しく仲間思いでなのだ。
そんな彼の性格からして恐らくそうだろう、と思ってはいたが、あれらの仕草を見て確信した。
間違いない、クロヌも妾と同じく怒りを覚えているようだ。
そのまま勢いで、「いくら母上といえど、妾の親しい者を愚弄することは許せぬ! この仕事、妾は降りさせてもらう!」などと言える勇気があればよかったのだが、生憎妾はそんな大層なものは持ち合わせていない。
「う、うむ……。 大人しく行こう……」
と、ソファの上で萎縮してそう言ってしまった。
こういう時、「ミコガミのようにはっきりとものを言えたら……」と切実に思う。
「そう、ならいいのよ~」
母上がにっこりと微笑みを浮かべ、そう答えた。