#9
「そこか」
妾とミコガミがニヤつきかける表情と逸る気持ちを抑えながらクロヌの様子を窺っていると、彼が大剣を構えて、その切っ先から魔法陣を展開。
彼は愛用している大剣をその魔法陣を通り抜けるように、直線に放つ。
大剣に蛇のごとく螺旋状に絡まった炎が空気に揺らめき、美しく輝く。
それは、妾らの右後方ななめ方向にあった一本の木に突き刺さる。
木に大きな傷はついてしまっているが、燃えてはいないのは不思議な限りだ。
「にゅふっ!?」
妾の場違いな上に、全く以て意味が無い驚愕の声を上げてしまった。
そんな情けない声を上げてから五秒くらい経った後に、じわじわと恥ずかしさと精神的ダメージがくる。
「ク、クロヌ……。 ドッキリのつもりだったのじゃが……?」
「むしろ、サフィールに逆ドッキリをしかけるつもりかと思ってたぜ」
とりあえず、ミコガミの言葉は聞かなかったことにして、妾の言葉にあらぬ気配を感じてしまっているらしいクロヌに話しかける。
思い込み――確か、プラシーボ効果とかいうものがものの見事に発揮されている。
「何を言っている。 あそこに宿敵がいるではないか」
そう言って、クロヌはさっき彼が放った大剣が突き刺さったままの木の上を指差す。
妾と狸寝入りを決め込んでいたミコガミも起き上がり、彼の指が示す方向を見やる。
「あらやだ、見つかっちゃった」
木の上にいた女性は軽い口調でそんなことを言ってから、そこから飛び降りた。
結構な高さがあったにも関わらず、階段を降りているときと大差ない軽い音しか鳴らなかった。
「ニナルヴァ殿じゃー! 何かあったのか?」
「やだ、相変わらずほっぺプニプニしてるわねー」
妾が彼女に歩み寄り、そう問いかけたというのに、彼女は抱きついてきた挙げ句に、頬をつんつんとつついてきた。
会話のドッジボールさえも成立していない。
「離れろ、いやがってる」
クロヌがニナルヴァ殿の肩を掴んで、妾から引き離す。
確かに引き剥がされたはずなのに、まだ頬をつんつんされている感覚が残っている。
「いやよ、それとあんたはいつになったら、籍入れるわけ? どうしてもっていうなら、籍よりも先に先っぽまでなら挿入てもいいのよ?」
何故か恍惚とした笑みを浮かべるニナルヴァ殿がクロヌの頬に人差し指を当てて、そこで円を描くように指を動かす。
クロヌは相変わらず、不機嫌そうな表情を浮かべて、その手を払う。
この二人、例え結婚することになったとしても、仲良くやっていけないのではないだろうか。
「黙れ、雌犬。 一人で勝手にやってろ」
「そんなこと言うなら、私もあんたが一人で慰み事をしてるところを隠し撮りした動画をネットに上げるわよ」
「私『も』ってなんだ。 俺はやっていない」
ニナルヴァ殿とクロヌの根本的に何かが食い違っている会話を、立ち上がる機会を失い、地面に突っ伏したままのミコガミもやはり状況が呑み込めていないらしく、「え、何、どういう状況?」と疑問の声と表情を浮かべる。
「そうそうサフィールちゃん、オルドルのお兄ちゃんのことなんだけど」
携帯端末の画面をクロヌに見せつつ、ニナルヴァ殿が口を開いた。
「【探索】を使っても、反応が消えてしまって追えないらしいわ。 それで、サフィールちゃん達は国務で忙しいだろうから、私が探しにきたの」
そして、「キョウコちゃんの依頼でね」といまだ地面に寝そべっているミコガミに小さな笑みを浮かべる。
それに対して、ミコガミもにかっと微笑み返した。
ニナルヴァ殿の正面に立っているクロヌは彼女が提示しているものをみて、口を手で覆って、赤面している。
いつも仏頂面のクロヌがこんな表情をするだなんて、珍しい。
「……どこで録った」
「あんたの部屋に決まってるでしょ」
クロヌの低い声にニナルヴァ殿は悪びれもなく盗撮場所を吐く。
一体、何が映っていたのかは分からないが、クロヌがあんな恥じらいの表情を浮かべるだなんて、それ相応なものが映っていたのだろう。
内容が非常に気になる。
「気になるのじゃ、妾も見た……」
「子供にはまだ早い」
そう言って彼の手の中から携帯端末を取ろうとしたところ、彼は妾よりも早くその手を妾の届かない位置にまで上げてみせた。
妾があまのじゃくなのか、ただ単に本能的なものなのかは分からないが、こういう風にされると余計に見たくなる。
いい加減に起き上がったミコガミは小さく「可哀想に」とクロヌに向かって呟く。
「ニ、ニナルヴァ殿はどこか宿泊先は決めておるのか?」
「ええ、クロヌの布団の中に泊まるわ」
柔らかで優しげな笑みを浮かべて、爆弾を放つニナルヴァ殿に痺れを切らしたクロヌが彼女の胸倉を掴む。
「ふざけるな」
「ふざけてないわ。 もしかして、女に興味無いの? それなら、オルドルくんと一緒に寝ればいいと思うわよ。 私はサフィールちゃんの布団に潜り込むから」
クロヌに胸倉をつかまれて凄まれても、全く怯えないのはさすがというべきなのか、それとも単純にバカだからなのか。
……妾も他人のことをバカと言っていい立場ではないのだが。
「帰れ」
ニナルヴァ殿もクロヌも多少方向性は違うが、二人とも公私混同をしている気がする。
まぁ、仲良くしてくれるに越したことはないが、たまには喧嘩をしてぶつかり合うのもいいだろう。
ただ、たまにで済んでいれば、こんなに困っていない。
「リヤンくんを見つけるまで帰らないわ。 仕事だもの」
ニナルヴァ殿が右手でピースサイン、更にはウインクまでしてみせる。
ちなみに、クロヌはウインクをしようとしても片目だけを閉じるということが出来ず、半目になってしまって、なかなか恐ろしい格好になってしまう。
そもそも、ウインクをするような性格をしていないし、機会もそうそうないのがせめてもの救いだろう。
「それに、サフィールちゃんがいるから、宿泊費に公費がおりるかと思って」
「期待を裏切るようで悪いのじゃが、公費はほとんどおりてないのじゃ。 妾だって、ホテルに泊まりたいのじゃー」
欲を言えば、ホテルよりも自宅のベッドの方がいいが、それは高望み故に、あまり考えないようにしている。
イラストのフラグは見事に踏みぬきました(´・ω・`)
つつつつ次こそは必ず……!(フラグ)




