#1
「おはようございます、姫様」
妾の執事の声を合図に、まだ眠たいという体の抗議を抑えながら、無理やり布団から抜け出す。
夏ならエアコンをつけるために跳ね起きることが出来るのだが、春や秋だと心地よい温度と相まって眠気が倍増してなかなか起きられない。
「うむ、おはよう」
先程、妾を起こした人物、アミュレット家の執事――オルドル・ヴェリテに挨拶を返す。
まだ髪はボサボサで寝巻き姿の妾とは反対に、オルドルは既に身支度が整っていた。
毎日毎日、朝早くから夜遅くまで働いて大変なのに、流石しっかりしている。
「食事を持って参りますので、その間に着替えておいてください」
「分かっておる」
16年間も毎日同じことを言われ続けている故、もう習慣づいている。
さすがに3歳くらいまでは言われて無かったとだろうから、本当はもっと短かったのだろうが。
「今日は……特に何もなかったはずじゃな」
口に出して今日の予定を確認する。
一日中寝巻きというわけにはいかないが、特に外出の予定が無い日はワンピースのような楽な服装で良いだろう。
鼻歌を歌いながら、クローゼットを開け、服を選ぶ。
少し逡巡してから、一番のお気に入りである薄い青色のものを手に取る。
寝巻きを脱ぎ、ベッドの上に畳まずに投げ捨てる。
畳むのは最後に布団と一緒にまとめてやるから問題ない。
母上達には、「そんな雑用は女中に任せるべき」と言われたが、いつもバカでかいこの城の掃除やら母上達の炊事やらで忙しい彼女らの手をこんなことで煩わせる訳にはいかない。
オルドルにも「もっと休め」と言ったことはあるのだが、見事にスルーされ、未だに世話を焼いてくる。
頼むから、少しは休んで欲しい。
「おー、サフィール、起きたのかー?」
上から妾の名前を呼ぶ声が聞こえた。
それに釣られる形で上を向くと、天井から妾と同じ歳の白髪少年――ヒジリ・ミコガミが顔を覗かせていた。
どうしてこんなところに隠し通路があるのか、という疑問もあるが、今はそれよりも重要な問題がある。
「…………妾は着替え中なのじゃが!?」
一瞬フリーズしかけた思考回路が再び稼働するが、これは思考が働けば働くほど恥ずかしくなる一方だ……!
「大丈夫、普通に似合ってるぜ?」
「そういう問題じゃないのじゃ!!」
うら若き女子の肉体を見ておいて、謝罪ではなく感想を述べるとは此奴はどういう神経をしておるのだろうか。
強いて言うなら、シャツとドロワーズを着ていたことが、せめてもの救いか……。
「汝、降りてこい! 皇位継承候補者である妾――サフィール・アミュレットの着替えを覗き見した罪は重いぞ!」
「オレのいる高さに手が届くようになったら言うんだな! ほら、オレがここから手を伸ばしても全然届かねぇじゃん」
そう言ってミコガミが天井から手を伸ばし、ヒラヒラと振る。
妾のことをあからさまになめている……ということだけはよく分かった。