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恋を感じるとき  作者: 柏木杏花
柚希
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第四十九話   柚希の部屋 恋のすべて


 柚希が目を覚ますと、隣で碧が寝息を立てていた。

 恋のすべてを教えられた。

 そのひとが、すぐ隣で眠っている。夢をみているような気分だった。

 愛しくて、愛しくて、しかたがない。

 この可愛い寝顔を、先日、亜衣は見たのだと思うと、的外れな嫉妬心を抱きそうになる。このひとのこれからを、独占したいと切望した。

 視線に気づいたのか、碧のまぶたが動き出した。

「……おはよ…」

「おはようございます」

「……なんか、自己嫌悪だな…」

「え?」

 幸せな気持ちが、一気に冷めた。昨夜、夢中で行為に及んでしまったけど、碧は後悔しているのかもしれない。不慣れなあまり、嫌なことを強要していたのだろうか。

「碧さん、昨夜のこと、嫌でした?」

 心配顔で尋ねると、碧は首を振った。

「違うの。最初に瀬戸さんと出会いたかったなって思ったの。あたしとつきあうの、嫌じゃない?」

 心配していたこととはまるで違う言葉が返ってきたので、柚希は安堵した。最初は碧の身体を気遣えていたと思う。なにをしても、壊してしまいそうで怖かった。途中からは、夢中になりすぎて、わけがわからなくなった。

 柚希にとってこれ以上ない快楽であっても、碧にとってはおそらく不快なものだったはずだ。手順も、友人から訊いたのがイメージのすべてだった。ずいぶん、間違っていたと思う。

 それでも碧は咎めもせず、自分の過去を申し訳なく思ってくれているのだ。

「碧さんがなにを気にしてるのか、なんとなくわかります。でも、碧さんのことで、嫌なことなんてありません」

 碧が過去に愛した男たちへ、嫉妬する気持ちは正直ある。性行為の技術も、肉体的な魅力も、そのひとたちから自分は、遠く及ばないだろう。そんな自分にすべてを与えてくれた碧を、不満に思うことなど、なにもなかった。

「でも……」

「初めて出会った日のこと、覚えてます?」

 碧の髪を指先で梳いた。どういえば、気持ちが伝わるのだろうかと思案する。

「新歓コンパでしょ」

「あの日、碧さん、彼氏の話、してたんですよ」

「あれ? そうだっけ?」

「サッカーの試合を見に行くとか行かないとか……」

「ああ、そういえば…」

「初めてキスしたときも、そのひとから電話かかってきたし、そのあと碧さん、自分が不感症でセックス依存症だって告白したじゃないですか」

「え、ええっと…そう…だったけど……」

 目を泳がせて、恥ずかしそうに顔を赤らめるのが可愛かった。まぶたにキスすると、上目使いに柚希の顔色を窺ってくる。そんなしぐさのすべてに恋をしそうだった。

「でも、そんなの全然かまわず、好きになっちゃいましたから」

 幸せにするとか、守ってあげるとか、普通の男が当たり前にいえることが、柚希はなにもいえなかった。ただ好きだとしかいえないのが、情けなかった。

「……うん、ありがと」

「碧さんの強さも弱さも、全部、好きなんです」

 碧は泣きそうに顔を歪めた。縋りつくように腕を伸ばして、柚希の首に巻きつけた。素肌が密着して、柚希は戸惑った。

「碧さん、この恰好でくっつかれると、ちょっと……」

 胸のふくらみに興奮するとはいえずに困っていると、碧が首を傾げた。

「嫌なの?」

「嫌とかじゃなくて……」

「もっかい、したくなっちゃう?」

「…………」

「していいよ」

「でも……」

「まだ、学祭の片づけに行く時間には、間があるよ」

「でもいま、朝ですよ。こんなことして、大丈夫なんですか?」

 いままで友人から訊いた話では、性行為の時間帯は夜に限られていた。朝、セックスする話は、訊いたことがない。

 カーテンを閉めていても、部屋は明るい。明るい場所で行為に及ぶのが嫌じゃない女の子は、いないはずだ。碧も、昨夜は電気を全部消してくれと願い出たし。

「朝だと、なんかまずい?」

「…朝でも、こんなことするひと、いるんですか?」

「…………」

 碧が不思議そうな顔をしていた。けれどすぐに、上半身を浮かせてキスしてくる。音をたてるキスをして、柚希の手を自分の胸に導いた。

「抱いて。嫌じゃなかったら」

 やわらかな膨らみを手のひらに感じて、柚希は身体を沈めた。嫌なはずがない。舌を伸ばすと、碧がすぐに応えた。キスを深めながら、柚希はベッドサイドの避妊具に手を伸ばした。

「瀬戸さん、それ、今度買うとき、もうひとつ、大きいサイズにした方がいいんじゃない?」

「こんなのに、サイズなんかあるんですか?」

「うん。なんか昨日つけにくそうだったし、合ってないんじゃないかな」

 柚希は箱のパッケージを裏返して、考え込んだ。

「それ、自分で買ったの?」

「いえ、松浦さんからもらったんです。モデルのお礼だって」

「…副部長って、本当になに考えてんの……?」

 男でいるうちに、もしかしたら一度くらいは使うかもしれないよ、といって笑いながら手渡した松浦の顔を思い出す。捨てずにベッドサイドに置いていたのは、碧との情交を、ひそかに思い描いていたからだ。本当に使うことになるなんて、いまだに夢見心地だ。

 柚希は箱の裏を見つめる。Mサイズと明記してあった。

 服はメンズだとSサイズでも肩幅が余ることが多いのに、避妊具のサイズはまた別なのだろうか。つけにくいとは思ったけど、初めてだからだと思っていた。

「……瀬戸さん、大好き…」

 碧の腕が背中に回された。昼前には大学に行かなければならないのに、間に合うのだろうかと、柚希は心配になってきた。







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