第三十六話 部室 疲れた~
「つ、疲れた~」
碧は部室の椅子に浅く腰掛け、両足を投げ出して天井を仰いだ。
十五時から十七時まで、とブログに時間を指定していたのだが、予想よりはるかに多くのひとが集まってくれた。時間前にはすでに、何人か部室の前で並んでいたのだ。嬉しい誤算だった。
慌てて時間を前倒しして撮影を始めたが、佐々木と三人でも人手が足りなかったので、大学の近くに住むさくらと、最近入部した一年を二人呼び出して、ようやく終わったのが五時半だった。
途中、碧の携帯は充電が切れる事態になってしまった。前日の夜、充電は済ませてきたのだが、高校のときから使っている携帯は、バッテリーの持続力が少なくなっていた。
「ごめーん、瀬戸さん。明日は充電器、持参してくる」
「大丈夫ですよ。小畑さんたちも来てくれたから。でもまさか、こんなにひとが集まるなんて、びっくりですね。何人分の写真が撮れたんでしょう」
柚希も、自分が撮影したひとの人数すら把握できていなかった。
壁の写真を一時的に撤去して、背景用の色画用紙を二カ所に増やして、それでも来てくれる人が廊下で待っていたので暗室の黒い壁を利用して黒い背景の写真も写した。
佐々木が来なかったら、色の配分がわからなかったので、大変なことになっていた。碧も柚希も、二日合わせて、二十人くらい来てくれればいいなあ、とのんきに考えていたのだ。
「うわっ、今日だけで百三十六人だ。マジかよ」
パソコンに、撮影した部員のメモリの画像を取り込んだ佐々木が、驚きの声を上げた。
「ええ~、そんなに?」
碧は椅子に座り直して声を上げた。
「道理で、忙しかったわけじゃん。家族総出で来てくれたひととか、何組かいたし」
「高校生も多かったよ。来年、受験するのかな」
部員が口々に弾んだ声でさっきまでの出来事を振り返る。
「亜衣ちゃんに謝恩会しないとダメなんじゃない?」
さくらの提案に、部員はうんうんと頷いた。
「もう、数は揃ったんじゃないの?」
碧の問いかけに、佐々木は首を振る。
「残念ながら、あと百五十くらい足りない」
「うわ~。でも考えたら、今日のこれがなかったら、ほんとにやばかったんだ」
「そういえば、他のキャンパス行ったりしたもんね、去年。教育学部とか、医学部とかさ」
「同じ大学でも、キャンパスが違うと、よその学校と一緒だし、頼みにくかったんだよね」
碧とさくらは去年を振り返り、しみじみと頷き合った。
「柚希ちゃん、亜衣ちゃんのそのブログ、携帯でも見ることできんの?」
「いえ、私はパソコンでしか見たことないので、わからないんですけど……」
「わたし、携帯で見たことあるよ。『あいあいのあいある日常』でしょ」
さくらが自分の携帯を慣れた指で操作した。
「ほら、これ」
画面に表示させて佐々木に見せるが、佐々木は慣れない携帯でのブログ閲覧に戸惑っている。さくらに携帯を返して尋ねる。
「『明日、行きます』みたいなこと書いてるコメント、いくつあるかわかんねえ?」
「ちょっと待って、え~っと、十六かな」
「今日が三十で、実際来てくれたのが百三十人くらいだったから、十六のコメントだったら、七十五人くらい?」
「うん、たぶんそれくらいだよね。佐々木くん、明日も来られるの?」
「来る。つーか、来ないとやばいし」
「じゃあ、明日も色の配分してくれるんだ」
「おうよ」
残りが少なくなってくると、いい加減に撮影すると、余って使えない写真が出てくる。協力してもらってその事態はまずい。
「じゃあ、明日もがんばろー」
碧は拳を振り上げた。
「碧ちゃん、充電とメモリ空にしてくんの、忘れんなよ」
「わかってるよ」
どうも佐々木は、碧に突っかかってしまうようだ。
翌日も、撮影に参加してくれた人は思っていた以上に多かった。
それでも、要領がわかっていたので、初日よりやり易かった。誘導もスムーズにできたので、気持ちにも余裕があった。そんな中でわかったことは、どうやら柚希を目あてに来ているひとが、結構な人数になるらしいということだ。男女両方に憧憬めいた視線を送られているのが、柚希らしい。
男から見れば高嶺の花だろうし、同性から見れば憧れの存在だ。
どちらにしても、きっかけを作って知り合いになりたいのだろう。
柚希本人は、いつものことながら、自分に向けられる好意に気づいていない様子だった。慣れているから気にならないのか、鈍いのか、こんな状況を見るたび不思議に思ってきたが、もしかして柚希は、自分にあまり関心がないのではないかと碧は思えてきた。