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第三十四話   碧の部屋 脳の糖分足りてた?


 寮の部屋で、碧は亜衣のブログを見つめていた。

 早速、昼間に約束した名画の記事を載せてくれている。次の土日、夕方十五時から十七時までに写真部の部室で撮影を行いますので……と丁寧な記事だった。正門から部室までの地図まであったのには驚いた。

 記事を載せてくれたことに対する感謝のコメントを打って送信する。

 撮影スタッフはマイマイの靴下さんとユズさんです、とハンドルネームで紹介されていた。柚希の顔写真も載っているので、柚希にも話が伝わっているのだろう。

 碧はパソコンの電源を落とした。

 いまのところ、さくらの襲撃はない。案外、これ以上の詮索はしてこないのかもしれない。いろいろ詳しく訊かれても、碧自身、まだ混乱している状態だし、説明もできないのだ。さくらは鋭いので、そういうところを察している可能性もある。そうであって欲しい。

 メールか電話で柚希に連絡を取るべきだろう。週末のことを、話しておいた方がいい。話が込み入っているので、メールより電話の方が話しやすい。

 携帯電話を手にして考え込んだ。この時間に電話しても、大丈夫だろうか。入浴中ではないだろうか。食事中ではないだろうか。

 たかが電話ひとつに、なにをこんなに落ち着かない気持ちになっているのだろう。いままで、こんな些細なことで相手を気遣ったことがないので、自分でも戸惑う。間が悪ければ、留守番電話に切り替わるだけなのに。

 好きだと告げられて、抱きしめられて、キスをした。すごく嬉しかったのに、どんどん自信がなくなっていく。

 自分のどこに、柚希が惹かれてくれているのか、まったくわからない。綺麗でもなければ、賢くもないし清らかでもない、どこにでもいる平凡な同性に、どうして、と疑問ばかりが募る。

 それこそ、さくらが冗談交じりでいった、今年の夏は暑かったから頭が変になった、という理由が、一番説得力があるような気がしてくるのだ。

 次に会ったときは、別れを告げられるのではないかと思うと、会いたくてしかたがないのに、会うのも電話をするのも怖かった。

 一緒に夕食を食べたとき以来、ぎこちない状態のままでいるのも、不安になる要因のひとつだった。だからといって、改めて謝罪するような内容でもない気がする。

 手に持っていた携帯が、ふいに振動した。授業の前にマナーモードにして、そのままになっていたのだ。

『碧さん、こんばんは。いま、大丈夫ですか?』

 通話ボタンを押すと、柚希の声が届いた。いつもと変わらない声音に、碧は安堵した。

「うん、あたしも電話しようと思ってたから」

『今日、亜衣から名画のこと提案されて、いまブログ見ました』

「亜衣ちゃん、すごくちゃんと載せてくれてるよね」

『何人か来てくれるといいですね』

「そうだね。去年は最後、百枚近く足りなくて、部員で撮り合いながら埋めたから」

『そうだったんですか。大変だったんですね。それから、さっき気がついたんですけど、青いターバンのフェルメールブルー、ネットで見たら、光が当たってる部分は白っぽいんですよ。水色みたいな色なんで、それも用意した方がいいんじゃないですか?』

「ほんと? じゃあ、あたし、土曜日、大学行く前に買っとくから」

『私もいきます。駅前で待ち合わせしませんか』

「うん。一時でいい?」

『はい』

 普通に用事の会話をしている間は、会話は滑らかに繋がる。なのに、電話の要件が終わると、途端に緊張した。

『……碧さん?』

「ごめん」

『え?』

「さくらにバレちゃった」

『バレたって、なにがですか?』

「あたしが瀬戸さんのこと、好きだってこと……」

『ああ、なんだ。よかった』

「よかったって、なんで?」

『だって、碧さんに相手がいるってわかったら、小畑さん、合コンに誘ったりしないでしょ。ずっとハラハラしてたから、もうそんな心配しなくていいと思うとよかったなって』

「バレても嫌じゃないの?」

『嫌じゃないですよ』

「…………あのさ、今年の夏って、暑かったよね?」

 しばらく逡巡して、碧は言葉を紡いだ。

『は?』

「瀬戸さん、夏痩せしてたじゃない」

『ええ、まあ、夏は毎年似たような感じですけど…?』

「脳は一日、一二〇グラムの糖が必要だっていうでしょ」

『はあ?』

「今年の夏、脳の糖分足りてた?」

『足りてたかどうかは、自分ではよくわかりませんでしたけど、たぶん問題なかったと思いますよ。碧さん、これって、なんの話ですか?』

「さくらが……」

『小畑さんが?』

「瀬戸さんのこと、あんなに可愛いのに女に走るなんてもったいない、夏の暑さで脳が変になったんじゃないかって……」

 しばらく沈黙が続いた後、電話の向こうから笑い声が聞こえてきた。

『小畑さんの発想の方が変ですよ。そんな個性的なひとだったんですね』

「でもなんか、だんだんそんな気がしてきて……」

『碧さんのこと好きになったの、夏じゃないですよ』

「え?」

『五月だったでしょ、暗室で現像したの』

「あ…」

『あのとき、碧さんに冗談にもならないみたいなキスされて、好きになっちゃったんです』

「そのあとのベロチューで、あたしは変になったよ」

『じゃあ、お互い様ですね』

 碧と柚希は笑い合った。しばらくすると、柚希はほっとしたように息をついた。

「どうしたの?」

『ちょっと心配してたから、安心したんです』

「なにが?」

『もしかしたら、碧さんに嫌われたんじゃないかって』

 亜衣にも『柚希と喧嘩したんですか』と訊かれた。学食での様子が柚希を不安にさせたのだろうか。

「学食のときのこと?」

『はい。碧さん、髪、触られるの、嫌がってるみたいだったから』

「違うよ。あれは…初めてキスしたときみたいに、変になりそうだったから……」

『………………』

「みんないるのに、感じちゃいそうだったの。夜、お風呂に入るとき、髪ほどくの、すごく悲しかった」

 正直な気持ちを伝えるのは勇気がいった。鬱陶しいとか、気持ち悪いと思われたらどうしようと心配になる。けれど、全然違う勘違いをされているよりは、マシだった。

『碧さん……、いますぐ会いにいきたくなるようなこと、いわないでください』

 柚希の言葉が、碧の胸を震わせた。恥ずかしかったけど、素直にいってよかった。

「やだ。だって、あたしも会いたい……」

 柚希からもらえる声が、言葉が、気配が、どうしようもないほど心を温かくしてくれた。








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