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恋を感じるとき  作者: 柏木杏花
柚希
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第三話    部室 あれ? 亜衣ちゃん、写真部だっけ?

 それから、一週間のあいだ、大学で碧には会えなかった。

 学年も学部も違うのだから、見かけられなくても不思議ではない。

 講義が終わって部室に行ってみても、部長や副部長ら数人が、持ち込んだノートパソコンで画像の編集をしていたり、雑談をしていたりで、写真部の活動とは程遠い。

 でも、副部長の松浦からは「そりゃ、そうだよ。学祭は秋だし、部室にいても撮りたい物が来てくれるでもないんだから。やる気のある奴は、外に被写体、探しに行ってるよ」と、明朗な回答をいただいてしまった。

「それ、柚希ちゃんの一眼?」

 松浦は、素朴な印象の好青年だ。面倒見のいい人柄が、表情ににじみ出ている。

 だが、柚希を最初から『柚希ちゃん』扱いして、他の部員にも拡がりつつあるのには、苦笑せざるを得ない。女にしては背も高いし、よく近寄りがたいと評されることが多いのに、ちゃんづけはどうなんだろう。

「実は、買ったばかりで、まだ使い方がよくわからないんです」

 両手でもずっしりと重さを感じるカメラを松浦に手渡した。

「へー、これ、去年秋に出たモデルじゃん。プロでも使えるレベルだよ」

「はあ、猫に小判にならないように、がんばります」

「ISO感度はわかる?」

「なんとか。露出の方がわからないんです」

「露出を上げれば明るくなる。下げれば暗くなる。シャッター速度もISO感度も関係してくるし、被写体や屋内屋外、天気にもよるからね。デジタルなんだし、最初はとにかくシャッター押して慣れることかな」 

 液晶に表示を出しながら、松浦は指先でダイヤルを動かして説明してくれる。

 もともと、あまりカメラに興味があったわけでもなかったのに、いざ、新しい機械をいじってみるのは思いがけず愉しい。せっかくなので、使いこなしてみたかった。

 カメラを受けとって、松浦がして見せてくれたように、ダイヤルを動かしてみた。爪が長すぎて引っかかる。左手の爪はなんともないけど、右手の爪は邪魔だった。

 そういえば、碧の爪は、短くて無頓着で、そして可愛らしかった。

 柚希の携帯が鳴った。「すいません」と頭を下げて、通話ボタンを押した。

『柚希、いまどこ?』

 声の主は、表示されたのと同じ、外村亜衣だった。中学からの友人で、柚希の性同一性障害のことも知っている。親友といっていい存在だった。同じ大学に入学できたが、亜衣は文学部なので、必修の講義でしか重ならない。

「写真部の部室」

『一緒に帰れる?』

「うん、もうちょっとしたら帰るから」

「友達?」

 だいたいの会話が聞こえたのか、松浦が口をはさんできた。頷くと、

「部室に来てもらったら? コーヒー入れるとこだから。多いほうが愉しいし」

「いいんですか? 部外者を入れて」

「大丈夫だよ。ここはそういうの、しょっちゅうだし」

 柚希は亜衣に松浦の言葉を伝えて、部室の場所を教えた。

 五分くらいで亜衣は部室に着いた。

「お邪魔します」

 亜衣は遠慮がちに勧められた椅子に腰かけた。簡単な自己紹介をして、来客用のカップを受け取るころには、亜衣は部員になじんだ。人見知りはしない性格だ。

「なるほど。類は類を呼ぶってこういうことか」

「はい?」

 柚希と亜衣を見比べて一人頷く松浦に、柚希は首をかしげた。

「亜衣ちゃんも被写体にしたいくらい綺麗だから」

 松浦という男は、だれかれ構わず「ちゃん」づけで呼ぶ癖があるらしい。

「でしょう、松浦さん。もっとそれ、大声でいってくださいよ。こんな派手な顔といつも一緒にいるから、わたしの美貌が目立たないんですよ」

 こんな派手な顔と指差された柚希は、「だったら、一人で帰ればいいじゃん」とむっとして睨むと、部員がふき出した。

「いいコンビだね。結成何年目?」

「中学からなんで、七年目です」

 お笑いコンビじゃあるまいし、結成何年目ってなんなんだろう。躊躇なく返せる亜衣もたいしたものだ。

「亜衣ちゃん、柚希ちゃんは中学からこんな感じ?」

「そうですね。こんな感じです。あ、でも、中学の時はもっと地味でしたよ」

 部員も柚希には興味があるが、近寄りがたいと思っている。亜衣の話には耳を傾けている様子がうかがえた。

「失礼します……あれ? 結構、人いますね、今日は」

 扉のノックの音と同時に入ってきたのは、碧だった。

 ツインテールにジーンズの姿が可愛くて、ドキッとした。気まずい心地で、柚希は視線をそらす。

「碧ちゃん、いいとこに来た。俺の分も一緒にコーヒーおかわりいれて」

 松浦にマグカップを渡されて、碧は「来ていきなり~?」と頬を膨らませながら、鞄をおろした。

「碧先輩、昨日はお疲れ様でした」

「あれ? 亜衣ちゃん、写真部だっけ?」

「いえ、親友を迎えに来て、お邪魔してます」

「碧さんと亜衣って、知り合いだったの?」

 柚希の問いかけに亜衣が頷く。

「文学部は昨日が新歓コンパだったの。碧先輩とは席が近かったんだ。碧先輩、いろいろ話ができて愉しかったです」

「あたしも愉しかったよ。今度一緒に飲みにいく?」

「ぜひ」

「親友って、瀬戸さん?」

 碧は、コーヒーを注いだマグカップを松浦に手渡して、空いている椅子に腰を落とした。

「はい」

「六年越しの関係らしいよ」

 さっきはお笑いコンビみたいにいわれたのに、今度は恋人のように表現されてしまった。

 涼しい顔をしてマグカップを傾ける松浦に、柚希はため息をつきたくなった。

「そうなの?」

「実は、そうなんです」

 亜衣は調子よく頷いた。本当に、場に溶け込むのがうまい。

「いいなー。うらやましいかも」

 柚希は、碧の言葉に反応しそうになった。なにに? だれに?

 馬鹿みたいだ。仲のいい友人が学内にいるのがうらやましいとか、そんな程度の意味に違いないのに。

「それでいま、柚希ちゃんの知られざる過去を、亜衣ちゃんから訊きだそうとしていたとこなんだよ」

「口説く突破口を探ってるんじゃないんですか?」

「ええ? 松浦さん、そうなんですか? 柚希は可能性ゼロですよ。無駄な努力はやめたほうがいいです」

「なんで? 彼氏がいるから?」

「柚希は理想が高いんです。果てしなく、果てしなく、果てしなく」

 この言い訳は、高校の頃、亜衣が考えたものだ。

 下手に彼氏がいるとか、好きな人がいるといってしまえば、だれだと訊かれてしまうし、だれかわからなければ、あきらめてもらえない。

 理想が高い、とは、曖昧な理由だけど、柚希がいうと納得してもらえるのが不思議だった。とにかく、効き目はある。

「なるほど。やっぱりね」

 松浦は腕を組んで何度も頷いている。べつに、本気で柚希を口説きたかったわけでもなかったに違いない。これまでの接触の中でも、ぎこちないものはなかったし、可能性がないと告げられたいまだって愉しそうだ。

「ところで、碧ちゃん、今日はなんかするつもりだった?」

「いえ、暗室、近いうちに使わせてもらいたいんです」

「現像すんの? いいと思うよ。ねー部長、いいだろ?」

「ああ、いいぞー」

 部室の奥で、写真を整理していた部長が声を投げる。

「俺から、部員に一斉メールで、現像前のフィルム持ってる奴いたら、ここに持ってくるように連絡しとくよ」

 松浦は立ち上がると、自分の机の引き出しからフィルムを二つ取り出して、油性ペンで「副」の字を書きこみ、よろしく、と碧に手渡した。

「いつする?」

「今週の金曜日がいいんですけど」

「わかった。一人だときついよな? だれか頼んでる?」

「いえ」

 カメラも今やデジタルの時代ではあるが、写真部の中にはモノクロフィルムのアナログな味わいを好んでいる者も多い。部室の一角には、小さいながらも暗室があり、自分たちで現像もできるのだ。

 自分たちで現像した写真は、また味わい深さもひとしおだった。

「どうせなら、一年から一人、手伝わせたいな。二年以上は一回はやってやり方覚えただろうし」

 暗室は狭いので、二人しか入れない。現像液やその他の材料を無駄なく使うなら、部員の分をかき集めてまとめてするのが、効率的だ。

 だから、一人では時間もかかるし、重労働になってしまう。

「柚希ちゃん、金曜日どう? 放課後、空いてる?」

「はい、大丈夫ですけど、他の子に声かけなくて、いいんですか?」

「暗室は同性で作業する決まりなんだよ。碧ちゃんとだから、きみならちょうどいい」

「あ、でも、それなら、やっぱり…」

「?」

「…いえ、なんでもないです。金曜日ですね。何時にここに来ればいいですか?」

「講義終わるの、何時?」

 今度は碧に尋ねられた。

「四時半です」

「じゃ、五時に来てくれる? なんかあったら連絡したいし、アドレス交換して」

「はい」

「赤外線、できる?」

「できます。受信すればいいですか?」

「そうして。こっちが送信するから」

 二人で額を突き合わせて操作していると、柚希の携帯からメールの着信音が鳴った。確認すると、碧からの空メールだ。

「届きました」

 碧と携帯がつながったんだな、嬉しくてぼんやりしていると、亜衣に袖を引っ張られた。

「今日ってまだ部活ある? 長くなるなら、先に帰るけど」

「大丈夫。もう帰るから」

 まだ、カメラをまともに触れない状態で、部活もない。もともと、部室に顔を出しているのも、碧が来ているかもと思うから、足が向いてしまうだけだった。




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