第二十五話 帰り道 整形じゃなかったんだ
料理もカクテルもおいしかった。さくらとも、久しぶりに寮以外でゆっくり話せて愉しかった。ただ、柚希は裏方の仕事が多いのか、そのあと席に来てくれることはなくて、ちょっと寂しかった。
二時間くらい店にいて、そろそろ帰ることにした。カウンターの近くのレジに行くと、柚希が、カウンター席に座る三十歳くらいの女のひとと、なにか言い合っていた。怒ったような言動が珍しくて、しばらく佇んでしまった。
「あ、碧さん、もう帰るんですか?」
柚希が碧に気がついた。
「うん。すごくおいしかった。明日のモデル、大変だろうけど頑張ってね。あたしも手伝いにいくから」
「柚希のお友達?」
さっき、柚希と言い合っていた綺麗なお姉さんが振り返った。
「写真部の先輩。碧さんと小畑さん」
「初めまして。いつも娘がお世話になってます」
「娘~~~? 瀬戸さんのお母さんですか?」
碧とさくらの声がぴったり重なった。
「うわ~、若いなあ。お姉さんにしか見えませんね」
さくらの驚嘆の声に、柚希の母は「やーん、嬉しい」と可愛らしく喜んで見せた。
「………………」
碧は驚いて言葉を失った。華やかな、本当に華やかなひとだった。柚希をひとまわり小柄にしたくらいの背丈で、面差しがよく似ていた。呆然としていると、柚希が声をかけてきた。
「碧さん、碧さん、月に十万以上化粧品とエステにつぎ込んだら、これくらいになりますよ。べつに妖怪とかじゃありませんから。普通のアラフォーですし」
「失礼な娘ね」
「そうよー、こんなに綺麗なお姉さんに失礼よ、瀬戸さん」
なぜか意気投合したさくらが、一緒になって拳を振り上げている。多少、酔っていたらしい。
どうやら、さくらはもうちょっと残って、柚希の母親と飲むことにしたようだ。まあいいか、と碧は会計を済ませようとした。
「碧さんだっけ? 一緒にもう少し飲まない?」
柚希の母親がグラスを掲げて誘ってきた。
「いえ、明日用事があるので、帰ります」
「そう? じゃあ、柚希、送って行ってあげなさいよ」
碧の方が年は一つ上なのに、送っていけと娘に声をかけるなんて、変わったお母さんだなあ、と碧は思った。夜道を歩いていたら、碧よりも柚希の方が、よほど痴漢に狙われそうなのに。
「でも瀬戸さん、バイトは?」
「今日はもう、終わりました。もともと助っ人だったんで、これからは、週一回くらいになりそうです」
「そうなんだ」
会計は柚希の母親が、さくらの分と一緒に払ってくれるといったので、甘えることになった。あんまり遠慮するのも失礼だと店長にもいわれたからだ。柚希の母に頭を下げて、店を出た。
「派手なひとで驚きました?」
「え? ああ、ううん、違うの。そっくりだったから」
隣を歩く柚希に問いかけられて、さっきはよほど変な態度だったんだろうなと、うなだれた。
「よく似てるとは、いわれます」
(整形じゃなかったんだ)
柚希が隠していること候補の、一番有力な候補だった。母親のあの美貌なら、柚希の美しさも遺伝によるもので間違いはない。
「碧さん、あの写真、どこで撮ったんですか?」
「あの写真?」
「小畑さんが碧さんにキスしてる写真」
「あたしの部屋だよ」
「小畑さん、よく来るんですか?」
「うん、大学あるときは三日に一度は来るよ。あたしもよく行くけど」
「………………」
黙り込んでしまった柚希に、碧は首を傾げた。
「どうしたの?」
「べつに……」
あきらかに不機嫌な顔になってしまった柚希に、碧は面白半分で、からかうようなことをいってみた。
「もしかして、妬いてる? なんてね」
軽い口調で柚希の腕を掴んだ。けれど、当然返ってくるはずの、笑い飛ばす声が届かない。まさかと呆れる言葉がない。
「妬いてますよ。私、碧さんのこと好きなんで」
真摯な言葉を、隠しもごまかしもしないで柚希が告げた。
碧は耳を疑った。前にも好きだといわれたけど、そのあとに告げられたことに困惑して、喜ぶ余裕もなかった。あんな写真で妬いてるといってもらえたことが、信じられない。
「……どうしよう。すごく、嬉しい」
ここが人通りの多い歩道でなければ、柚希にしがみついていたかもしれなかった。俯いていたので、柚希がどんな顔をしていたのか、碧は知らなかった。