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第二十四話   カフェバー さくらの写真だよ


 柚希がバイトするカフェバーにさくらと足を運んだのは、撮影を翌日に控えた日曜の夕方だった。しばらく間が空いたのは、お盆休みだったからだ。よほどの事情がない限り、寮の学生もお盆時は実家に帰省する。

 それは、碧やさくらも同様だった。だから、さくらと会ったのも、碧の部屋で写真を撮った日が最後だった。

 店はエスニックな内装で、明るい雰囲気だった。席に案内してくれたのは柚希ではなかったが、注文を訊きにきてくれた。

「碧さん、小畑さん、いらっしゃいませ」

 もの珍しそうに店内を見廻していると、柚希が声をかけてきた。

 店の黒いエプロンをつけている柚希は、ウエーブの髪を後ろで束ね、いつも見る印象とは違って大人びて見えた。

「いい感じのお店だね。なんかちょっと、変わってる」

 ゲイの客も多いと訊いていたので、もっとシンプルで都会的な店を想像していた。思っていたよりアットホームな雰囲気だ。

「オーナーが東南アジアによく行くので、こんな内装になってるみたいですよ」

「おすすめある?」

「アルコールはベリー系のカクテルかな? 料理は本日のおすすめプレートだと色々愉しめますよ」

「じゃあ、あたし、ラズベリーのマティーニ」

「わたしはブルーベリーにする」

 料理は柚希の勧めるまま、おすすめプレートを注文した。

 厨房に向かう柚希の後姿を眺めていると、さくらが感心したようにいった。

「近くで見ると、やっぱ、綺麗な子だね。新歓コンパのときも思ったけど。あれだけ可愛いと、生きてて愉しいだろうな」

 妙な感心の仕方もあるものだ。

 真面目に写真部に顔を出さないさくらは、柚希と言葉を交わすのはこれが初めてだった。

「あれ? そういえば、なんでわたしの名前知ってるんだろ? 新歓コンパで覚えたのかな?」

 新歓コンパのときは、新入生は自己紹介をするが、上級生は特に自己紹介をしない。席の近くに座った上級生とは会話の中で名前を訊くのだが、ほとんどの上級生は顔を見るくらいなのだ。さくらはその日、柚希と話をした記憶がなかった。

「前に訊かれたことあるんだ。『碧さん、よく学食で一緒の方、写真部のコンパで碧さんに彼氏の試合、行くの? って訊いてた方ですよね』って」

「ああ、それで。にしても、あの人数の中で、よくそんな会話覚えてたね」

 さくらは納得して頷いた。

「そうそう、ここに来る前に、写真、現像してきたんだ。見たい?」

「見たい、見たい」

 さくらが鞄の中から出してきたのは、学祭に出品するというキスがテーマの写真だ。最終的にはパソコンで繋ぎ合せて一枚にして大きくプリントするのだが、その前にLサイズにプリントしたのだ。

 カメラの液晶やパソコンで見ているときとは印象が変わることもあるので、大切な作業だ。

 前に見た子どもや犬の写真以外に、赤ちゃんの頬にキスする若い母親や、手の甲にキスして笑い合っている老夫婦の写真もある。それから、碧とさくらの写真だ。

「へー、このおじいちゃん達いいなあ。会話が聞こえてきそう」

「でしょ。バランス的に、若い恋人か夫婦を加えたいんだよね。シルエットか全身か地面の影だけ写しても面白い気がするんだけど」

「うん、そうだね。でもすごいよ。お盆の間も頑張ってたんだ」

「まあね。見直した?」

「見直した。見直した」

 写真を撮らせてほしいと頼むときは、女でよかったと思う。初対面のひとでもあっさり承諾してくれることが多いし、この老夫婦のように、すぐに打ち解けてくれるものだ。

 碧はほとんど人物を撮らないのであまり関係ないが、男子で人物を撮りたいひとは、苦労している。若い男がいきなり「写真、撮らせてくれ」といってきたら、女の子は警戒するのが普通だからだ。

 テーブルに広げた写真で盛り上がっていると、柚希がカクテルを持ってきてくれた。

「お待たせしました」

 二人は慌てて散らかした写真を掻き集めた。

「碧さんの写真ですか?」

 柚希が興味深い様子で、身を乗り出した。

「さくらの写真だよ」

「小畑さんの写真、私、見たことないです」

「やっぱり? 実は、ほとんどまともに写したことないの。去年の名画のときに人手不足で入部して、そのまま、なにもしてなくて。でも、なかなかいいの、撮れてるんだよ。これどう? わたしと碧の愛の軌跡」

 さくらが碧とのキス写真を柚希に差し出した。写真を手にした柚希は、息を飲んで凝視した。

「…綺麗ですね」

「でしょ。思ったより可愛く撮れたから、気に入ってるんだ」

「愛の軌跡って、ためし撮りをそのまま使うことにしただけじゃん」

 碧は呆れてわざとらしく溜め息をついた。

「ためし撮り?」

「可愛いキスをテーマにした写真をつないで一枚にするんだって。ためしに自分たちで撮ってみたの。絞りとか露出とか設定のためのためし撮りだったのに、これで決定にするんだって。思い切りがいいっていうか、いい加減っていうか……」

 呆れた口調で肩を竦めた碧は、柚希を見あげた。なんだか不満そうにしている。

「瀬戸さん、どうかした?」

「いえ、雰囲気が素敵な写真だから……」

「瀬戸さんにも参加してもらいたいなあ。若い男女の枠が空いてるんだ。彼氏、いないの?」

 さくらの発言に、ぎょっとした顔で柚希は首を振った。

「いません」

「じゃあ、部長か副部長あたりでどう? 身長的にいい感じなんだけど」

「却下、却下」

 柚希よりも先に、碧が頬を膨らませて拒絶した。

「なんで碧が嫌がるのよ」

「写真部でまかなおうなんて、横着すぎる。まじめにちゃんとしたカップル探しなさいよ」

「うーん、ま、そりゃそうか。ごめんね、瀬戸さん」

「いえ、面白い話でしたから、気にしてませんよ。じゃ、仕事中ですので」

 嫣然と微笑んで、などという表現が似合いそうなくらい綺麗な笑顔だったので、碧は思わず見惚れてしまった。







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