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恋を感じるとき  作者: 柏木杏花
柚希
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第十七話   バイト いい傾向じゃないか。なんかあったの?


 夏休みに入り、ケンゴに連絡をすると、週末が忙しいから手伝ってほしい、と頼まれた。

 金曜日から日曜日まで店に入ることにした。仕事の内容は裏方中心でいいとのことで、柚希は安堵した。接客は自信がなかった。

 夕方四時から十時までの約束だったが、店が忙しいときは終電ギリギリまで手伝うこともあるし、客が少ないときは九時頃に帰ることもあった。

「ユズ、仕事慣れた?」

 ケンゴは初めて会ったときから、柚希をそう呼ぶ。

「だいぶ」

「ちょっと、接客も頼んでいいかな? 酒とか料理を運んでくれればいいだけだから」

 この店は一人で来る客も多い。店で気の合う相手を見つける目的のひともいれば、ケンゴや店員と話がしたくて来るひともいる。だが、そうした客はカウンターに座るので、テーブル席に料理を運ぶ分は、たぶん問題はない。

「わかりました」

「悪いね」

 頷くとケンゴは柚希を矯めつ眇めつ見つめていた。怪訝そうに首をかしげると、ケンゴは不躾な視線を詫びた。

「ごめん、ごめん。いや、久しぶりに会ったらいい女になったなぁ、って感心してるんだ。恵美さんによく似てるよ」

 恵美さんとは柚希の母親のことだ。

「なにいってるんですか。女の子を好きでもないくせに」

「だから、来年までに会いたかったんだよ。男の子のうちにね」

 高校の頃、自分のことで混乱すると、よくケンゴに悩みをぶつけた。ケンゴは、性転換手術には一貫して反対だった。手術を決意したあとは、疎遠になっていた。けれどケンゴは、ずっと気にかけてくれていたのだろう。今回のことも、バイトを口実に自分の元に通わせて、思いとどまらせようと考えているようだ。

「決意は変わらない?」

「そうですね。手術は受けたいです。でも最近、少しだけ迷ってます」

「へえ、いい傾向じゃないか。なんかあったの?」

「あるひとに、感情を揺さぶられてるんです」

「亜衣ちゃん以外に、そんなひとが現れたのか。すごいね。いい男?」

「ノーコメント」

 柚希は愉しそうに笑ってごまかした。ケンゴに相手は女だと告げれば、腰を抜かすだろうか。それとも祝福してくれるだろうか。いずれ、なんらかの決着がつけば、ケンゴにも報告するつもりだったが、いまはまだ、状況を説明することができない。

 時間が遅くなってくると、ゲイの客が増えてくる。不思議と、見ただけでわかるものだ。男同士の友人とカップルは、空気がまるで違う。特にべたべたしているわけでも、指を絡ませているでもない。けれど、ただ、静かにビールを飲んで話をしているだけで、見つめ合う視線は甘く、真摯だ。

 以前柚希は、自分もいつかゲイのカップルになるのだろうと思っていた。

 この店の客だった男と、亜衣としたような交歓に近い行為をしたことがある。結果は、自分が性的に欠陥のある人間なんだと思い知っただけだった。なにをされても反応できなかった。全身に鳥肌が立ち、顔が青ざめた。気が削げた相手には申し訳なかったが、途中で止めてくれてありがたかった。

 店が落ち着いた時間になったので、柚希はエプロンを外し、カウンターの奥で夕食をよばれた。

 この店の食事を作る店員は腕がいい。毎回違うワンプレートの食事を出してくれるが、いつも可愛くておいしかった。今日はオムライスとサラダ、それに生春巻きが綺麗に盛り付けられている。

「今日も可愛いですね。食べるのがもったいないな」

「ユズちゃんにそういってもらえると、嬉しいよ」

 料理担当の店員は、相好を崩した。

「あ、そうだ。この料理、写真に撮ってもいいですか?」

「いいよ。そういえば、写真部だっけ?」

「ええ、そうなんですけど、写真部とは関係なくて、先輩に写メールしたいんです」

 柚希はポケットから携帯を取り出して、写真を撮った。料理の背景にリキュールの瓶がいくつも写っていて、なかなかいい雰囲気だ。

『先週から、週末だけカフェバーでバイトを始めました。いまから、夕食です』

 書きたいことはいろいろあるのに、メールはいつも簡単な近況報告になる。返事を期待しない疑問符もつかないメールを送ることがほとんどだった。

 しばらくすると、マナーモードにしていた携帯が振動した。

『おいしそうだね。そのお店、ちょっと行ってみたいな』

 返信の必要がない内容のメールでも、碧は律儀にレスをくれた。それは、柚希も同じだったが。

『カフェバーなんですけど、遅い時間になるとゲイのお客さんが多くなって、女性客が少ないんです。来るなら早い時間がいいですよ』

『今度、友達と行くから教えて』

 店の名前と住所を書いて送信すると、短い礼の返信が来た。

 久しぶりに碧とメールのやり取りができて嬉しかった。

 バイトが終わり、上機嫌で帰路を歩いていると、着信音が鳴った。発信者も確認せずに、携帯に耳を押し当てた。

『柚希ちゃん、遅くにごめんね』

 松浦だった。何度か着信履歴に名前が残っていたのに、放っておいたので、柚希に非がある。

「いえ、こちらこそすいません。何度も電話していただいてたのに」

『一度、ゆっくり会いたいんだけど、明日か明後日、会えない?』

「……わかりました。明後日でいいですか?」

 承諾の返事とともに、駅と時間を指定された。

 携帯を閉じて、鞄に収めた。マンションのエレベーターを待つ間、柚希は松浦のことを考えた。

 悪いひとではない。好きか嫌いかでいうと、好きだった。けれど、それ以上の気持ちはない。

 碧は松浦のことを好きなのだろうか。それとも別のひとを好きなのだろうか。

「サッカー部の彼氏と別れて、だいぶ経つんだよね」

 あれから、碧がだれかとつきあっている話は訊かない。セックス依存症だと自分でいっていた。ひとりでいる時間は、どれくらいが限界なのだろう。

 声が訊きたくて携帯を見つめた。けれど、アドレスのボタンを押すことはできなかった。








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