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恋を感じるとき  作者: 柏木杏花
柚希
13/50

第十三話   エントラスホール 副部長、ムカつく


「あれ? 髪型、変えたんだ?」

 碧に声をかけると、振り返ってすぐ、そう指摘された。

「あんまり暑苦しかったので、ちょっと切りました」

「似合ってる。前のも可愛かったけど」

 腰まで伸ばし茶色く染めていた髪を、十センチほど切って黒っぽくし、顔にかかる横の髪を後ろで束ねていた。

「耳、なんにもしてないんだね」

「え?」

「ピアス。ちょっと意外。いかにもピアスしてそうなイメージだったから」

「うちの母親、無宗教なんですけど、二十歳までは神様からもらった身体だから、故意に傷を作るなって、うるさいひとなんです」

「へ~」

「子どもの頃から、あんまり何度もくりかえし訊いたので、どうしてもピアスをする気になれなくて」

「まあでも、しなくていいんじゃない? あたしは、痛そうだし根性なくてできないんだけど」

「それよりこれ、忘れないうちに」

 柚希が紙袋を差し出した。

「三冊も入ってるよ」

 碧は中身を取り出して、裏表紙を読む。

「こないだのと、だいぶ違う感じ」

 先日、碧が読み終わったのは、法廷が舞台だった。絶対的に不利な裁判を、優秀な弁護士が逆転勝訴に導く話だった。今回、柚希が持ってきた本は、三冊とも法廷をテーマにしていない。

「これが、パニック小説です。小動物が大量発生して、国家が滅亡寸前になる話。で、これがその続編で、こっちは犯罪者の家系をたどっていく話です」

「へー、おもしろそう。でも瀬戸さん、ちょっと意外だな」

「なにがですか?」

「あの小説を読んだとき、ああ、やっぱり法学部だからかな、って思ったんだけど、今日の本はそうじゃないし。見た目は恋愛小説とか読みそうなのに」

「恋愛小説はほとんど読まないんです。なかなか共感できなくて」

「ふーん、あ、でも、三冊もいっぺんに借りたら、返すの遅くなっちゃうね。どうしよう」

「読み終わった本だし、いつでもいいですよ」

「夏休みまでに読み終わるかな」

「試験もあるし、急がないでください。冬になっても構わないですから」

「いくらなんでも、そこまで遅くはならないはずだけど……」

 碧は少し考え込むように視線をさまよわせた。

「ね、夏休みに時間あったら、会ってくれる? そのとき、返すから」

「……はい」

 一瞬、返答に躊躇ったのは、理由がなければ会えないのだと、改めて気づいたからだ。

「困る?」

「いえ、べつに…」

「あ、夏休み、バイトとかで忙しい?」

「バイトは入れますけど、そんなに忙しくはしませんから」

「じゃあ、大丈夫だよね。メールで連絡するから」

 柚希は頷いた。

「あれ? 碧ちゃんと柚希ちゃん?」

 背中から声をかけられて振り返った。

「副部長、今日は就活じゃないんですか?」

 碧に尋ねられて、松浦は苦笑した。

「今日はゼミだよ。それより、きみら、名画やってる? 佐々木が、みんなあんまり送ってこないってぼやいてたよ」

 柚希と碧は顔を見合わせた。

「まだ、余裕あるし、もうちょっとしたら気合入れます」

「早めに決めても、結局こうなるんだよな。柚希ちゃんは?」

「まだ、三枚だけです。あれ、二千枚くらい必要かもって訊いたんですけど、本当ですか?」

「本当らしい。佐々木がああいうの得意なんだけどさ、完成度上げるために、枚数増やしたいらしいんだよ。顔の表情とかだいぶ変わるらしいし。」

「ぎこちなくてもいいと思うけどな、あたしは。曲線がなめらかじゃなくても、いい味出るじゃん」

 松浦は、こらこら面倒くさいだけだろうと、碧の頭を掴んで揺さぶった。

「でも、枚数増えるのはちょっと不安ですよ。そんなにモデル頼める人もいないし」

 柚希は肩を落として溜め息をついた。

「ま、頑張って。俺ら三年はまだ就活もたいしたことしないし、目途がついたら合流するから」

 大学に入って間もない柚希には、就活の大変さはよくわからない。就職超氷河期、とニュースで見るけど、実際にはそれほど問題なく決めているひとも多いと訊く。

「あ、そうだ。いい忘れてた。柚希ちゃん」

「はい?」

「つきあってくれない?」

「……は?」

 流れもムードもない告白に、訊き間違えたかと思った。告白ではなく、部室かどこかへ同行しろと頼まれたのだろうか。冒頭部分を聞き逃したのだろうか。

「副部長、ムカつく」

 碧が憮然と松浦を睨みつけた。

「なんで碧ちゃんがムカつくかな~。関係ないでしょ」

「関係ないなら、二人だけのときに告ってくださいよ」

「いや、柚希ちゃんガード固そうだし、せっかく会ったから」

「瀬戸さんは理想が高いから無理だって、亜衣ちゃんがいってたじゃないですか。副部長、ハードル超えてる自覚でもあるんですか?」

 憤然と喰ってかかる碧に、松浦は苦笑した。

「うん、それなんだけどね……」

 松浦は、柚希の腕を引き寄せて、唇を耳に近づけた。

「柚希ちゃん、俺はきみが何者でも大丈夫だから、その気になったら、連絡してくれる?」

 松浦は耳元でささやいた。

「………知ってたんですか?」

 目を見開いて、松浦の顔を覗き込む。何者といわれれば、柚希が男だということ以外、身に覚えがない。

「うん。あ、発信源は亜衣ちゃんじゃないよ。うちのゼミに、きみと同じ高校出身の奴がいて、そこからだから」

 柚希は天を仰いだ。大学に来たときに、その可能性をまったく予想していなかったわけではなかったが、碧のことに気持ちが向かっていたので、完全に失念していた。

 碧が背中を向けて歩き出していた。

「碧さん」

「先に帰る。邪魔でしょ」

「待ってください。一緒に帰りますから。松浦さん、とにかくつきあえませんので」

「もうちょっとゆっくり、考えない?」

「嫌です。じゃ、失礼します」

 柚希は急いで碧の背中を追いかけた。





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