13.【三宅澄江(ニュータウン住民)の証言②】
あら、またお会いしたわね!
そうなのよ、こんど猫仲間が商店街で保護猫カフェを始めるっていうからお手伝いしてるの。地域猫たちのお世話もあるし、忙しいのよ。
あなたはまた山田さんの件かしら。
え、あの家に最初に住んでた一家?
宅地造成の頃から丘の家に住んでたっていうと……都築さんご一家かしらね。
ええ、私も当時からの住人ですから、覚えてますよ。
あの人たちはねえ、気の毒だったんですよ。
90年代の後半って、証券会社が倒産しただとかアジアの通貨が暴落しただとか、騒がしかったじゃない?それをモロに受けちゃったのよ。
ご主人は自動車メーカーにお勤めだったんだけど、会社が海外に工場を作った矢先に通貨危機が起きて、その皺寄せでリストラされたらしくって。それだけならまだよかったんだけど、独立して事業を始めたら、悪い人に騙されてお金を持ち逃げされたらしいのよ。退職金どころか、借金して用意した事業資金まで。
奥さんはもう憔悴しちゃって……見てられなかったわよ。
病気のお子さんもいたのに。
え?ああ、そうなのよ。あそこ、裏が林で他の家からも離れてて、分譲地でも端の方でしょ?だからあまり人気のあるような区画じゃなかったけど、静かな方がいいって、あえて選んだみたい。お子さんのことでお金がかかるから割安な場所を選んだ、ってのもあったかもしれないけど。
当時はね、新築の戸建てってだけで魅力的だったのよ。多少立地が悪くても、みんな“家を持つ”ことが大事だったから。ずっと家で過ごさなきゃならないお子さんのためにも、新築の綺麗なおうちを建ててあげたかったんでしょうね。
それに奥さんは今でいう自然派?っていうのかしら。
食べ物なんかもとにかくナチュラルなものに拘ってたから、水道も井戸水の使える場所が良かったみたい。あの頃はちょうど、添加物とか水道水の塩素とか、色々言われてる時期でしたしね。
だいぶ入れ込んでらしたわよ。自然派食品とか、自然派育児のセミナーだとか。
私も誘われて何度かお付き合いしましたけど、どうもお子さんの病気のことで、お姑さんから結構言われてたみたいでね。
ちょっと遅めのお子さんだったんですよ。当時は30歳以上はもうマル高って言われて……。そうそう、よくご存じね。30歳以上の出産だと母子手帳に「高」ってスタンプを押されて、高齢出産の扱いだったんですよ。
長く子供ができなくて、やっと授かった子が病気だったものだから、血が悪いだとか育て方が悪いだとか……そういう時代だったんですよ。
それが、結局そのおうちも夜逃げ同然で手放すことになってねえ……。
え?次の入居者?
ええ、しばらく空き家だったけど、いましたよ。
確かあれは……。
――あら!ごめんなさいね、お友達から連絡がきてたわ。
今日保護猫の譲渡会があるのよ。午後から雨の予報だから、開始を早めるみたい。
続きはまた今度ね。




