表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テトラクロノス  作者: 火とかげ
第1章 わたしがたとえ、目覚めなくても

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/16

王朝秘史

 王族の子は、必ず手にコインを握りしめて生を受ける。

 それがいつ、誰の手によって赤子の掌に置かれるのかは、誰も知らない。

 ただ、コインの色がその子の代に王国がたどる未来を示唆すると、古くから信じられていた。


 翡翠のコインを持つ第五代王は、親から与えられた名を拒んだ。

 夢に見た光景から一字ずつ拾い、それをつなぎあわせて己の名とした。

 千の夢から得た千の文字で綴られたその名は、ついに誰にも読まれず、今に伝わる「オルセリオ」は、その最初の数音にすぎない。

 翡翠は、他者の夢に共鳴し、国を幻視で覆う色。

 彼の治世では、名も夢も境を失い、民は眠るたび隣人の夢を見た。

 やがて誰もが、自分の見ている夢が本当に自分のものかどうかを、確かめる術を失った。


 やがて、群青のコインを握りしめた王が現れる。

 第十二代、ルア。

 群青――それは、光の届かぬ深層から響く、語られぬ声の色とされた。

 彼は生まれつき聴力を持たず、言葉を発するために口を開くこともなかったが、世界の底で蠢くものたちの呻きを聴いた。

 そのものたちを鎮めるため、王は民に沈黙を命じた。

 群青の王は声なき時代をもたらし、誰もが語ることを恐れた。

 歴史は十年間、空白のまま綴られることとなる。


 琥珀のコインの子が生まれる。

 第二十一代、ユーヴィル。

 彼のコインは透き通る琥珀で、そのなかには繊細な羽を持つ青い蝶が閉じ込められていたという。

 王は即位と同時に、七日ごとに死に、七日ごとに蘇るようになった。

 再生のたびに心も体も少しずつ変質し、やがて確実に別人へとなっていった。

 ある朝、王は目覚めるなり廷臣たちを集め、こう告げた。

 自分は異国から来た旅の庭師であると。

 今朝、荒れ果てた故郷の庭を夢に見た。

 私は帰らなければならない、と。

 王はその日のうちに王宮を去り、二度と戻らなかった。

 するとコインは溶け、中に封じられていた蝶が息を吹き返したという。


 そして、前期王朝最後の王――銀のコインの少女、ミラリス。


 彼女が生を受けたとき、空の半分は夜で、もう半分は朝だったとされている。

 その境目からは、この世界の向こう側から何か巨大な存在が指を伸ばし、境界そのものをこじ開けようとしているように見えた。

 民は少女が即位するその日まで、名づけようのない怪異へのおびえとともに日々を過ごした。


 即位の日、ミラリスは見覚えのない儀式官に導かれ、誰も知らぬ部屋で眠りにつかされた。

 廷臣たちはみな、なぜか心ここにあらずというふうで、それを咎める者は一人もいなかった。

 彼女はすぐに、自分が夢の中にいると気づく。

 そこは足元にこう記された部屋だった。


「あなたはここを開けてはならない。

 しかし開けるために、ここに生まれた」


 部屋には、無数の扉があった。

 少女は何のためらいもなく、銀のコインをひとつの鍵穴に差し込み、扉を開け、その向こうへ姿を消した。


 子を残す年齢でなかった王の失踪とともに、前期王朝は崩壊の兆しを見せ始める。

 だがその日、空を裂いていた怪異は、まるで最初から存在しなかったかのように掻き消えた。

 この時代に狙うべき獲物は、もはやどこにもいない――そう告げるように。


 やがて各地に僭主が乱立し、己こそ王家の後継であると名乗りはじめる。

 彼らはそれぞれ、自らが持つコインの起源こそ正統であると主張し、そのコインに宿る力とされるものを振るって敵対者へ刃を向けた。

 それが本当に魔法であったのか、それともただの錯覚であったのか、今となっては誰にもわからない。


 こうして、後に「偽貨戦争」と呼ばれる絶望の時代が幕を開ける。


 ある学派の者たちは言う。

 そのとき失われた無数の命と未来こそが、後期王朝における魔法の隆盛の源泉であったのだと。


 戦場の極限状態で、ごく一部の兵が新たな力に目覚めた。

 命の炎を代償に、彼らは常識を超えた異形の力――魔法を行使した。

 だが、その力は混沌を鎮めるどころか、悲劇の連鎖をいっそう加速させただけだった。


 そんな、永遠に続くかに見えた災禍の戦場の何処かで――


 血にまみれ、息も絶え絶えの若い戦士が、仰向けに倒れていた。

 最悪の人生の最後に見る空。

 何の感慨もなくそれを眺めていた戦士が、ふいに気づく。


 空の一点に、小さな影が生まれていた。

 そこから何かが、ゆっくりと回転しながら落ちてくる。

 光を失い、色を持たぬ、ただの灰色のコイン。


 その落下の先に、ひとりの子どもが立っていた。

 襤褸の裾から覗く腕は骨のように細い。

 その子どももまた、兵たちと同じように空を見つめている。

 やがて右手を掲げ、落ちてきたコインを受け止めた。

 そのとき、子どものうつろに濁っていた瞳に、ふいに黄金が宿る。


 子どもはその後、ほとんど記録に残されていない不思議な力で、いくつもの戦場を平定した。

 ただひとつ、空を飛びながら影を落とさない竜が、その子どもを守護していたとだけ伝えられている。


 そして、その灰色のコインの落下は、誰かが遠い王朝史を夢見るたびに繰り返される。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ