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テトラクロノス  作者: 火とかげ
第1章 わたしがたとえ、目覚めなくても

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13/16

絶望の遺伝

 テトラクロノスを携えたゼルが居住小塔の一室を訪れたのは、夜もとうに更けきった頃だった。


 主塔ほど潤沢な動力を回せない居住塔では、夜半を過ぎれば灯りも最低限になる。

 主塔地下と同じく、夜光虫を入れた小さな虫かごが、廊下にも部屋にも、申し訳程度の青白い光を落としているだけだった。

 住人たちは皆、その頼りない明かりのもとで寝支度を整え、眠りにつく。


 そんな時間だったからこそ、黒いフード付きの外套を羽織ったゼルの来訪は、人目を忍ぶものに見えた。


 顔の上半分は影に沈み、その表情は判然としない。


 だが、扉を開けた瞬間のリウレンの反応は、暗がりさえ押し返すほど鮮やかだった。


「ゼル……!」


 半ば叫ぶような声だった。


「本当に、見つけたんだね……!

 君はやっぱりすごいよ、ゼル。

 無茶を頼んだのは僕なのに……無事で、本当によかった」


 ねぎらいと感謝が、いくつも重なって口をつく。

 ゼルは短く肩をすくめただけだったが、リウレンはそれにも構わず、部屋の奥へ彼を招き入れた。


「入って。

 冷えるだろう。

 たいしたものはないけど、塔の区画で育てた茶葉があるんだ。

 少し苦いけど、香りはいい」


 研究室ではなく私室だった。

 狭いながらも、本と紙束に侵食されきってはいない。

 寝台と小卓と簡素な棚だけの、質素な造りだ。

 とはいえ卓上には書きかけの講義原稿や古文書の写しが何枚も広がり、壁際には読み終えていない本が何冊も積まれている。

 ここが休息のための部屋であると同時に、結局は彼の思索の延長でしかないことが、その有様から知れた。


 ゼルが寝台の端に腰を下ろすと、リウレンは湯を注ぐ手つきさえ落ち着かないまま、すぐに包みを開いた。


 虫かごの薄白い光に照らされて、半透明の球体がその姿を現す。


 テトラクロノス。


「……やっぱりだ」


 球体を両手で持ち上げる。


「ほら、見てごらんゼル。

 内側――この四本目の針の近くに、黒いひびのようなものが走っているだろう。

 最初に古い文献で見つけたときは、記述が曖昧でね。

 傷だと片付けている書き手もいた。

 けれど、そうじゃない。

 これは神代から長き時を超えて今に伝わる遺物だ。

 傷だというなら、そもそもこんなにも長い間、元の形を、時計としての動きを保てているはずがない。

 だから話は逆なんだ。

 ひびがある、でも壊れてはいない――このひびは、ある現象に対応してそうなるよう、元から設計されていた。

 正しい在りようなんだよ、ゼル」


 ゼルは答えない。

 リウレンはもう、目の前の友の表情を見るよりも、手の中の遺物のほうを見つめていた。


「僕は昔、地下書庫の奥のほうで、この遺物について触れている断片的な記録をいくつか見つけたんだ。

 年代も書き手もばらばらだったけれど、共通していたことがある。

 誰もが、この『亀裂』のようなものに言及していたこと。

 そして、時代が下るにつれて、その数が増えていたことだ」


 そこでようやく、彼はゼルを見た。

 その瞳には、推論を語る者だけが持つ、危うい幸福が灯っていた。


「ここまで分かれば、あとは歴史のほうを洗えばいい。

 亀裂の数が変わったと思われる時代の前後に、この世界で何が起きていたか。

 アノジェアで、大陸で、あるいは星図の果てで――何が、ありえない仕方で成し遂げられていたのか」


 茶の湯気が立ちのぼる。

 夜光虫の明滅に合わせて、部屋の影が細かく揺れた。


「必ずあるんだよ、ゼル。

 未来を知っていたとしか思えない出来事が」


 リウレンの声には、もはや講義の穏やかさはなかった。


「戦争で、圧倒的不利だったはずの軍が、信じがたい挽回を遂げる。

 何世代も先を行くはずの技術が、前触れもなく突然現れる。

 綿密に仕組まれていた暗殺や政変が、まるで誰かが結末を知っていたみたいに未然に潰される。


 そういう出来事が、亀裂の増えた時期と、何度も、何度も重なるんだ」


 彼はそこで、球体を胸元へ引き寄せるように抱えた。


「だから僕は確信した。

 この世界は、何度も書き換えられている。

 何かしらの巨大な力によって、過去そのものが改変され続けているんだ」


 ゼルの胸の奥で、何かが沈んだ。


 ――来てしまった。


 その感覚は、驚きではなかった。

 むしろ、とうに見えていた崖際に、ついに足をかけたと知る種類の既視感に近かった。


 リウレンは止まらない。


「君に迷宮探索を頼んだとき、僕はまだ確信までは持てていなかった。

 けれど、こうして実物をこの目で見て、やっと最後の線が繋がった。


 テトラクロノスの四本目の針は――世界が書き換えられるたび、その目盛りをひとつ進める。

 これは単なる時計じゃない。

 改変の痕跡を刻む遺物なんだ。

 しかも、その先にいるのは、ただの研究者や王じゃない。もっと邪悪で、もっと巨大な何か……

 そうした存在に対して、遅効性の毒として働くように、誰かがこれを残したんだよ。

 神の目を盗んで歴史を書き換える者がいるとして――この球体はその痕跡を刻むだけじゃない。

 刻まれた痕跡は、いつか必ず、誰かに読まれる。

 それがこの遺物の、本当の役割だと僕は思っている」


 それはリウレンの長所であり、同時に、彼を深く傷つけてきた欠点でもあった。


 一度推論の火がつけば、彼はそれに全身を奪われる。

 見えない構造を見抜くその眼は、常人なら一生かけても繋げられない断片を、ほとんど一息に結び合わせてしまう。

 膨大な知識と精密な論理が、その飛躍を飛躍のまま終わらせない。

 だからこそ恐ろしい。

 彼の思考は、たちまち堅固な城塞となり、築いた本人さえ容易にはそこから出られなくなる。


 幼い日にイルシリアの秘密をヴァルゼル・トゥアへ語ってしまったときも、そうだった。


 イルシリアの告白から、リウレンは彼女自身すら知らない世界の深層――仮想世界アンスコーティアの成り立ちへと辿り着いた。

 あまりにも鮮やかに、あまりにも早く。

 そして、解けたばかりの真理を、最愛の師へ、ほとんど無邪気に差し出した。


 それがどんな結末を招くかだけを、彼は読めなかった。


 書物と議論と証明のなかでは育たない、別種の知性。

 人の心の揺れや沈黙の意味。

 そういうものを察する知恵を、リウレンはまだ十分には持っていない。


 どれほど歳を重ね、生徒たちを教え、世界の最奥へ指を伸ばそうとも――

 彼の中には、イルシリアを失ったあの日から時の止まった少年が、今もいる。


 ゼルはそのことを、ずっと知っていた。


(ああ、リウ……)


 胸のうちでだけ、名を呼ぶ。


(こうならなければいいと、どれだけ願ったことか)


 だが、願いはいつも、最初から叶わないようにできている。


(俺の賭けは、また、負けなんだろうな)


 暗がりの中で、ゼルは目を伏せた。


(それでいい。

 神の目はまだ、俺を見ていない。

 だから――まだ、手はある)


「……過去改変に、普通の人間が支払える代償なんてない」


 推論の淵に立ったまま、リウレンはさらに言葉を継いだ。


「そんな巨大な魔法を使えば、ただ落花するだけじゃ足りない。

 行使者ひとりの未来をぜんぶ差し出したところで、まだ到底届かないはずだ。

 この世界には、僕の知らない力がまだあるのかもしれない。

 けれど、少なくとも、これまで起きた『奇跡』のいくつかに使われたのは――」


 そこで彼の指が、テトラクロノスの表面から離れた。


「王のコイン、だろうね。

 塔への入場証である灰色のコインじゃない。

 アノジェア王家の子が、その手に握って生まれるといわれる、有色のコイン。

 王家の歴史に、災いと救済の双方をもたらしたそれは、王宮地下深くに秘され、ぼくら塔の学者も手を出すことができない。

 あれが使われたんだと、僕は考えている」


 王のコイン。


 ゼルのこめかみに鈍い痛みが走る。

 禁じられた扉が、自ら最後の鍵をこちらへ差し出してくるような錯覚。


(……これか)


 頭痛の奥で、テネカ・ディレカーフの横顔がよぎる。


(お前の目的は。

 俺にここまで聞かせたかったのか)


 ゼルは息をひとつ吐き、ようやく口を開いた。


「リウ」


 その一語で、リウレンがはっと顔を上げる。


「絶望の遺伝って言葉を、知ってるか?」


 リウレンは一瞬、凍り付いたように硬直した。

 それはその言葉を知っているからではなく、知らなかったからこその空白の瞬間だった。


「……聞いたことがないね」


 ややあって、慎重にそう言う。


「遺伝そのものの概念なら分かるよ。

 海の民の研究から発展してきた生物学的理論だろう。

 でも、『絶望』と『遺伝』をそういうふうに接続した研究は、少なくとも僕は知らない」


 ゼルは頷いた。

 部屋の隅で、夜光虫が翅を震わせる音がした。


「なら、聞いてくれ」


 彼は両肘を膝に預け、組んだ手の先を見つめたまま続ける。


「魔法は叶えられなかった願いを世界の底から拾いあげる力だ。

 言い換えれば、誰かの届かなかった瞬間、奪われた希望、潰れた祈り――そういう景色を横から盗み見て、利用する力でもある」


 リウレンは小さく頷いた。


「そうだね。それは今日、生徒たちにも話した」


 (魔法の本質は、誰かが届かなかった夢を、容赦なく奪いとり――)


 リウレンは己の言葉を思い出す。

 そう、魔法の本質は願いの簒奪にある。


「だが」と、ゼルは言った。


「それだけなら、まだ話は単純だった」


 その声音に、リウレンは眉を寄せる。


「俺にそれを教えた奴がいる。

 胸やけするほどものごとを知っている。

 そいつは、こう言った。


 ――では、誰の目にも映ることなく、その涙も、その悲鳴も、闇の中に沈んでいった願いと絶望は、どうなる。

 それもやはり、消えるのか、と」


 リウレンは息を潜めている。


「俺は、消えるんだと思ってた。

 誰にも知られず終わった絶望は、そのまま闇に溶ける。

 そうでなければ、人はやっていけない。

 だが、そいつは違うと言った。

 誰も見ていなくても、世界はそれを見失わない。

 痕跡として、必ず残る、と」


 黒衣を纏う金色の猫。

 種の禁忌を越えてなお、ゼルに異端の教理を囁いた存在。

 テネカ・ディレカーフは言った。

 起きた出来事は消えない、と。

 金猫が明かしたのは、さらにその奥のことだ。

 出来事だけでない。

 そこにまつわる人の想い、例えそれが言葉にも、涙にもならなかったとしても、それらは残される。

 

「『絶望の遺伝』ってのは、その比喩だ。

 海の民の進化論とは関係ない。

 仮説はこうだ。


 魔法として反転されず、現実化されないまま沈んだ願いは、大地や星の記憶として残る。

 もとより星の記憶なんて知ったこっちゃないさ。

 だが……無視できないのはここからだ。

 もし、闇の中で絶望を抱えた者が子をなしたとき――その子は、その痕を受け継ぐ」


 リウレンの目が、ゆっくりと細められる。

 彼は今、理解の入口に立った。


「……継承した者は、自分が見てもいない絶望の景色を、魔法として利用できる?」


「そうだ」


 ゼルは短く答えた。


「だが、代償がある」


 ゼルはそこで一度、短い間を置いた。

 聴く者をじわじわと浸食する、間。

 雨の詐術。

 自身を教唆したテネカ・ディレカーフを、ゼルは意図的に模倣する。


「子は、親の古傷を覗くことになる。

 眠りのなかの幻、覚えのない記憶、喉に貼りつく誰かの慟哭。

 見たことのない部屋、知らないはずの血の匂い、誰のものかも分からない恐怖。

 それがずっと、自分のものみたいについて回る」


 今度の沈黙は、詐術ではなかった。

 ゼル自身が、その言葉に引きずられかける。


 見たこともないのに知っている絶望。

 自分の人生の底に、最初から敷かれていた闇。

 誰かの絶望の景色を、夢の中で何度も見てきた。

 それが誰のものだったかを、ゼルは――


「俺の母親は、ノースウェル=ガザルのある施設で、その研究の素体として扱われていた」


 リウレンの喉がひくついて薄く鳴る。


「閉ざされた密室で、長いあいだ虐待を受けていた。

 それは母だけじゃない。その母も、その前も――たぶん、ずっとだ。

 おぞましい研究のために、絶望を継ぐ血筋が作られていた。


 だが、施設にいた研究者の一人が、母を不憫に思ったらしい。二人は逃げた。ティレムナへ。

 だからな、リウ」


 ゼルは顔を上げた。


 今度は、リウレンにもはっきり見えた。

 そこに浮かんでいるのが、彼もよく知る明るい笑みではないことが。


「俺も、弟も――闇の中で消えるはずだった絶望の花園を、魔法として使える」


 リウレンが一度たりとも見たことのない昏い微笑を湛えたその口が、詠うように告げる。


「眠れ、迷い子。合わせ鏡の果て、桔梗の寝台の上で安らかに――ソルナ」


 その目の奥に浮かぶ暗黒が、渦をまき、歪む。

 同時に――部屋の四隅が、息をするように収縮した。


 その言葉が落ちた瞬間、リウレンは何かを言おうとして、言えなかった。


 壁が、近づいている。

 部屋が、一回り小さくなったかのような錯覚。


「ソルナ……?ゼル……君は……」


 それはイセイナにまつろわぬ神々の中の一柱のはずだ。

 過去にも未来にも属さない、虚ろな時間をたゆたう夢魔。

 絶望の遺伝が内奥に刻んだ暗室の魔法を、ゼルはその神名の下、行使した。

 その目に浮かぶ魔力は、黄金を蝕む濃墨の淀み。


 視界の輪郭が、ゆっくりと滲みはじめている。

 遅れて、異常に気づく。

 眠気ではない。

 室内の空気ごと、闇に塗り込められているような感覚だった。


 それでもリウレンの思考は止まらない。

 恐怖より先に、推論が動く。


「昼に話しただろ。

 アゼル・リュゼインの極大魔法を、防いだ兵士のこと」


 ゼルの声が、遠くなる。


「あれは俺の弟だ。

 ルアスレイン」


 その名が引き金になった。


 リウレンの脳内で、点がいくつも激しく結び合う。

 ゼルの執着。神はこちらを見ない。ルアスレインの落花。ティレムナ。王宮地下。

 ――過去改変。


「……だめだ」


 息を乱しながら、それでも彼は言葉を絞り出した。


「いくら君でも、無理だよ……有色のコインが秘匿された王宮地下は、塔の迷宮なんかよりずっと陰湿で、ずっと苛烈だ……君ひとりで踏み込める場所じゃない……」


「そうだな」


 ゼルはあっさり認めた。


「たぶん、無理だ」


「なら、どうして……」


 問いは懇願に近かった。


 子どもたちの人気者。

 赤毛の巨人。

 歩けば生徒たちが列をなしてついてきて囃し立てる。

 猫だけにはなぜか嫌われて、それもまたみんなの笑いの種だった。

 畑仕事で大騒ぎするお調子者。

 裏表のない熱い語らいと、さりげない優しさを持つ好男児。


 すべての思い出が、あの目の渦に引き込まれるように、塗り潰されてゆく。


 リウレンの視界はさらに暗くなる。

 それでもゼルの輪郭だけは、なぜか妙に鮮明だった。


 ゼルは少しだけ黙り、それから低く言った。


「なあ、リウ。

 

 お前にこれを渡して、その異常な頭で神秘を解き明かしていくのを、隣で見ていたいとずっと思っていたよ」


 嘘ではなかった。

 数え切れないほどの夜、その瞬間をいつも空想していた。

 いつも、そう願っていた。

 今だって、きっとまだ。


「お前と一緒に喜びたかったよ、リウ。


 迷宮の戦利品を前にして、誰より目を輝かせるお前と。

 こんな夜に、また茶なんか淹れてさ。

 そうだ、茶畑も俺が育てればいい。

 お前が目をかけているあの……セレナを呼んだっていい。

 朝まで話して、寝坊をして、シェラン・ナージュに呼び出されるんだ。

 帰りはガキどもを連れて、歌いながら食堂に向かおう。


 それで終わる未来なら――どれだけよかったか」


 リウレンは何かを言いかけるが言葉にならない。


「でも、それじゃ駄目なんだ」


 ゼルの声から、感傷の揺れが消える。


「お前は、この遺物から先へ行ける。

 研究を進めて、その若さで五階の終理に届く。ほんとうに成し遂げてしまう。

 俺には分かる。お前がどれだけ化け物じみているか、俺は知ってる」


 ゼルは寝台から立ち上がった。

 その動きに合わせて、虫かごの光が外套の裾を撫でる。


「だからこそだ。

 お前にそれを成し遂げさせるわけにはいかない。

 俺たち五階の終理――過去改変の禁止。あれは、まだ成ってもらっちゃ困る」


 そこで初めて、リウレンは理解した。


 説得はできない。

 ここで語られているのは相談ではなく、別れの論理だ。


 胸の奥に咲いたその理解は、どんな推論よりも速く、どんな反論よりも重かった。


「……僕は」


 声が掠れる。

 瞼が何度も瞬きを重ねる。


「僕は、君を失いたくない」

 

 ハシバミ色の目から涙があふれる。


 何か痛ましいものを感じて、ゼルはその涙から目をそらした。


 推論の足場に登り、背伸びをして手すりの向こうの夜空を見つめていた子どもが、足場を外されて泣いている。

 もう、星は見えない。


「たとえ俺がしくじっても、お前が悩む必要はない」


 しかし与えられたのは、むしろ残酷な切断だった。


「これだけは分かってくれ、リウ。

 俺はただ、もう一度、神の背中へコインを投げつけに行くだけなんだ」


 意識が沈む。

 ゼルのそばに寄ろうと寝台の端に手をつこうとするが、指先の自由はすでに失われている。


 そのとき、ゼルが部屋の暗がりへ視線を向けた。


「それに――こいつもいる」


 声色が変わる。


「出てこい。最初から聞いてたんだろう」


 呼び慣れた名をなぞる、ぞんざいな声。


「――リオラズ」


 部屋の暗がりが凝り、黒衣を纏う金色の猫の形を成す。

 それがその夜リウレンの見た、最後のものとなった。


 ゼルはくずおれたリウレンの背に床に落ちていた上着を掛けてやり、その動作の続きのまま、耳元に囁きかける。


「……あの子を手放すな、リウ。

 そして、ミリュゼーンを探せ」


 そうして、闇の主従は部屋を後にした。

 深い昏睡に落ちたリウレンを置きざりにして。

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