第4話 暖簾を下ろす理由
伽藍堂の閉店時間は、決まっていない。
それでも、俺はだいたい同じ頃合いで暖簾を下ろす。
最近になって、少しずつだが、この店の輪郭がはっきりしてきた気がしていた。
昼の忙しさが落ち着き、スープの表面が静かに揺れる。
火を弱めた、そのときだった。
「まだ、やってる?」
見慣れない男が、暖簾を押し上げて顔を出した。
視線が店内を値踏みするように動く。
「今日は、もう終いだ」
「でも、看板出てるだろ」
確かに、暖簾はまだ掛かっている。
「今、下ろすところだった」
「一杯くらいいいじゃん。金は払う」
断る理由はいくつもある。
だが、説明する気にはならなかった。
「悪いが、出さない」
男は舌打ちし、何か言いかけてから踵を返した。
入れ替わりに、常連のグロムが入ってくる。
「今の、客じゃねえのか?」
「閉店」
「相変わらずだな」
そう言いながら、鍛冶師は肩をすくめる。
「無理をしねえのは、悪くねえ。
火も、人も、使いすぎりゃ壊れる」
鍋の火を落とし、器を伏せる。
暖簾に手を掛けると、外の音が遠くなる。
いつの間にか来ていたリリアが、静かに言った。
「どうして、そこまできっちり閉めるの?」
「明日も、同じ味を出すため」
それだけじゃない。
好きでやっていることを、嫌いにならないため。
暖簾を下ろすと、店は静まり返る。
伽藍堂は、空っぽでいい。
無理に満たさなくていい。
それが、この店のやり方だ。
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