第2話 昼前の静けさ
昼前の時間帯は、店が一番落ち着いている。
朝の客が引き、昼の波が来るまでの、ほんの短い隙間だ。
カウンターには三人。
奥の席に、さっきから黙ってラーメンを食べている作業着の男。
中央には、背の低い老人が一人。
手前の席は、まだ空いている。
誰も喋らない。
だが、居心地が悪いわけでもない。
麺を茹でる音と、スープの匂いが店を満たしている。
外から聞こえる街の音は、ここに来ると不思議と遠くなる。
老人は、箸を置くのが早い。
食べる量は多くないが、必ず最後まで残さず食べる。
「ごちそうさん」
そう言って、器を少しだけ手前に寄せた。
片付けろ、という合図だ。
「ありがとうございます」
器を下げると、老人はすぐには立たず、しばらくカウンターに肘をついたまま外を見ている。
この店では、それも許されている。
「昼は、こんなに静かだったかね」
「いつもこんな感じです」
「そうか」
それ以上、会話は続かない。
老人はそれで満足したように、小さくうなずいた。
作業着の男が、替え玉を頼む気配を見せた。
まだ言葉にはしない。ただ、箸を置く位置が少し変わる。
気づいた俺は、何も言わずに鍋に麺を落とした。
しばらくして、器を差し出す。
「助かる」
それだけ言って、男はまた食べ始めた。
この店では、長い感謝の言葉は必要ない。
手前の席に、風と一緒に影が落ちた。
暖簾が揺れ、新しい客が顔を出す。
若い女だ。
少し周囲を見回してから、遠慮がちにカウンターに座った。
「……入って、よかった?」
「どうぞ」
それだけで、女はほっとしたように肩の力を抜いた。
注文を聞くと、少し考えてから、普通のラーメンを頼む。
器を出すと、女は一口すすり、目を細めた。
「……静かですね」
「そうですね」
「嫌じゃないです」
そう言って、また麺を口に運ぶ。
それ以上、何も言わなかった。
昼の時間は、すぐに終わる。
だが、この短い静けさがあるから、伽藍堂は続いている。
暖簾の向こうで、少しずつ人の声が増えてきた。
そろそろ、昼の波が来る。
俺は鍋に目を戻す。
まだ、急ぐ必要はない。
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