第14話 同じ時間、同じ席
暖簾が揺れたのは、ほぼ同時だった。
先に入ってきたのは、あの客だった。
前と同じように店内を見て、迷うことなく席へ向かう。
空いている席は、ひとつ。
椅子を引く音が、小さく鳴る。
その直後、もう一度暖簾が揺れた。
グロムだった。
大きな身体をかがめるようにして店に入り、いつものように中を見渡す。
その視線が、すぐに止まった。
空いている席は、もうない。
ほんの一瞬だけ、時間が止まる。
レンは鍋の前で手を動かしながら、その気配を感じていた。
顔は上げない。
グロムは何も言わなかった。
そのまま、壁際に一歩寄る。
座らない。
ただ、そこに立ったまま、待つ姿勢になる。
あの客も、振り返らない。
気づいていないのか、気づいていても何もしないのか、判断はつかなかった。
店の中には、音が戻る。
湯が沸き、麺が泳ぐ。
レンは手順を変えない。
先に丼が置かれたのは、席に座っている客の前だった。
次に、グロムの前。
立ったままでも、受け取れる位置。
グロムはそれを受け取り、壁に背を預けるようにして食べ始めた。
誰も何も言わない。
ただ、啜る音がふたつ、重なる。
しばらくして、先に食べ終えたのは、あの客だった。
丼を前に出し、席を立つ。
そのとき、初めてグロムのほうを見る。
一瞬だけ、視線が交わった。
言葉はない。
だが、何かを理解したように、客は軽く会釈した。
グロムは何も返さない。
ただ、そのまま麺を啜る。
席が空く。
グロムはすぐには動かない。
食べ終えてから、静かにその席へ移った。
いつもの位置に座り、丼を置く。
それだけで、店の空気が元に戻る。
暖簾が揺れ、客は外へ出ていった。
名前は、聞かれていない。
名乗られてもいない。
それでいい。
レンは鍋の火を見ながら思う。
席は、空いていれば座る。
埋まっていれば、待つ。
それだけのことだ。
だが、その“それだけ”が、この店では崩れない。
だから、続いている。
グロムが食べ終え、丼を置く。
何も言わず、暖簾をくぐる。
店には、また空いた席がひとつ残った。
レンは手を止めず、次の湯を用意する。
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