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伽藍堂 ー 異世界の片隅で、ラーメンを出すだけの話 ー  作者: 伽藍堂
【第二章 空いた席は、埋まっていく】

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第13話 名前を聞かなかった客

暖簾が揺れたのは、昼と夜の境目だった。


レンは仕込みを終え、鍋の前に立っている。

火は入っているが、急がせる理由はない時間帯。


戸が開く。


入ってきた客は、一人だった。

背丈も、歩き方も、前に来た誰かと似ている気がしたが、確信はない。


客は店内を見て、空いている席に座る。

前と同じ席かどうかは、レンは覚えていなかった。


グロムはいない。

今日はまだ来ていないらしい。


しばらく、何も起きない。


レンは鍋を見つめ、湯の音を聞く。

客は黙ったまま、卓上を眺めている。


注文は出ない。


レンは器を温め始めた。

それを見て、客の視線が一瞬だけ動く。


丼を置くと、客は少しだけ驚いた顔をした。

だが、すぐに箸を取る。


食べ方は静かだった。

音を立てないようにしているわけではない。

ただ、そういう癖なのだろう。


途中で、レンは気づく。

客が、何度かこちらを見ていることに。


視線が合うことはない。

だが、確かに様子を窺っている。


やがて、客は食べ終えた。

丼を前に出し、少しだけ迷ってから口を開く。


「あの……」


声は控えめだった。


レンは手を止め、顔を上げる。


「……この店、名前はあるんですか」


レンは答えない。

答えられないわけではないが、答える必要もなかった。


客はそれを見て、すぐに頷く。


「そうですよね」


それ以上は聞かない。


丼を下げると、客は席を立った。

去り際、ふと思い出したように足を止める。


「また、来てもいいですか」


問いというより、確認に近い。


レンは一拍置いてから、短く言った。


「……空いていれば」


客は、少しだけ笑った。


「じゃあ、また」


暖簾が揺れ、客は外へ出ていく。


店内に残ったのは、火の音だけだ。


レンは鍋を見つめながら、今のやり取りを反芻する。

名前を聞かれたのは、久しぶりだった。


答えなかったことに、後悔はない。

だが、不思議と、嫌な気分でもなかった。


空いた席を見て、鍋の火を調整する。


また来るかどうかは分からない。

だが、次に来たときも、名前を聞かないだろう。


それでいい。


この店は、そういう場所だ。

読んでいただき、ありがとうございます。

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