真田戦記「百華繚乱」
戦の風が、真田の郷に
ほかり、と天空に真黒い穴が開いた。
天空に巨星が落ちて開いた真黒い虚ろの中には、吸い込まれるようにして急速な乱流が生まれていく。
世の動乱は、果たして何処へ行くのか。
虚ろに開いた穴に吸い込まれ、翻弄される一葉の中に。
真田の郷を本拠とするかれらもまた在る。
急流の渦に呑み込まれ、虚ろの中に果てるのか。
刻は、風雲急を告げ、乱流の中に幾つもの命が華と散ろうとしている。―――――
真田戦記
「百華繚乱」
真田郷は初夏の息吹に山河が煌めきはじめている。
戦の気配が近付くことが何処か伝わりでもするのだろうか。早雲雀の高く空を駆ける姿を輝く瞳で信繁は追う。
雲雀や獣、草木が戦を知るはずもない。
それらが逸るように思えてならないのは、己の気の持ちよう、心持ちが、このいまにも起ろうとしている戦に逸るからだと、信繁は何処か醒めた目線で己をみてもいる。
だが、それを於いて、―――いまはやはり、逸り立つ己の心持ちというものが、静かに凪いだ心持ちではおられず、草木の風に靡くように、騒ぎ立ち、激しい時代の流れに従って涌き起こる雲でもあるかのように、青空を指すままに、高く駆け立っていきたい己の心を、信繁はその掌に握り締めている。
真田源次郎信繁―――ようやく、幼名の弁丸を脱して、源次郎信繁と元服後の名も定まり、後は初陣をと請い願う気持ちである信繁である。
この刻、いまだ正式に烏帽子親を持ち、元服の儀式を済ませてはいないのだが、かねてより信繁が幼名を嫌い、せめて源次郎と呼んでください、ときかぬ為に、この利発な真田の子は、既に周囲より源次郎と名を呼ばれている。
――わたくしは、兄上より身体も小さいのだから、はやく大人にならなくてはならないのです。
源次郎、と周囲に我儘をいって呼ばせていることには、信繁なりの理屈があるのだが。
そうして、大人として扱えば、大人として役に立つのも、はやくなろうよ。
源次郎とお呼びください、との信繁の主張をきいて、諌めようとする周りにも磊落に笑い、呵々大笑して信繁の主張をいれた父昌幸である。
源次郎の気負い、はやく兄の役に立ちたいのだという思い。
それが、まだこの幼さを面に残した次男の心持ちとして、自らの幼い頃にも合わせ想えて、昌幸は我儘をゆるしたものであるのかもしれぬ。
真田本家をいまは継ぎ、真田を率いる立場にある昌幸であるが、実をいえば、いまだ幾らも前と思われぬほどのあの時までは、そのような立場になるとは思いもしては居らなかった昌幸なのだ。
三男であった昌幸は、人質として武田家に出され、信玄公の御傍に仕えていた。元服を迎える頃にはすでに兄信綱が家督を継ぐことは定まり、次兄昌輝もまた頼もしく、父幸綱と共に真田の家を支える力となっていた。
三男である昌幸は、父と兄達の真田の結束を誇らしく思いながらも、何処かに己の働き処を願う気持ちが強く焦げるように心の内に潜むことは確かであった。
その働き処を求める昌幸の心持ちを汲んでくださったものでもあろうか。
御屋形様の御恩には、報いても報いきれぬものよ。
いまだに重く心の奥から染み入るように想うのは、そのことである。
御屋形様、…――――。
武藤嘉兵衛は、その刻まで昌幸が持つ名であった。
武田信玄公の指図により、武田の縁戚である武藤家を継ぐ為に、名を替え、武藤を名乗っていた昌幸であるのだ。
まさかに、武藤でなくなることがあろうとは、…――。思いもせなんだことよ。
その刻、いまだつい先日とも思える悲痛の刻。
そのようなことがあろうことかと。
信玄公がお隠れになり、勝頼公がその跡を負われ、絶えぬ戦の中にも特に激しいその合戦。
長篠の合戦にて。
主な御家の方々は、あの戦で命を落とされた。
命を落としたのは、昌幸の兄達だけではない。
そう、何と云うことか。
真田を背負い、武名を家の名をさらに高めると期待されこそすれ、このように戦場に儚くその命を散らすとは。
それも、信綱兄に、昌輝兄までも。
いまだに、信じられぬ思いが消えぬ。
二人共が、同じ戦場に命落とすなどと、誰が想像しえたことであろうか。
―――ありえぬ、ことよ、…。あまりに、ありえぬ。
有り得ぬことは、しかし、戦場において有り得ぬことでなどはなく。
輝く光のように強く昌幸の行く先に常にあった兄達である。その二つの光が、共に同じ刻に消えようとは。
武田二十四将に数えられ、武名轟く御二人が。
その輝きは、激しい戦の波に呑まれ消えた。
そして、わしは、…――勝頼公の採択で、武藤から真田の本家を継ぐ身となった。…―――
想像もせぬ、出来事であった。
天地がひっくり返るようなことなど、御屋形様、――――信玄公の身がお隠れになること以外に、ありはせんと、思うておったが。
父幸綱を思い返す。
頼もしい跡継ぎを得て、喜んでいた父幸綱。
その附託を両肩に背負い、なれど磊落にかれ昌幸を含む真田の者を頼もしく包んで守った、兄信綱の一族の集まりに皆を見て頼もしく笑む姿。
昌輝兄の豪放な笑いは、その風を巻き込むともいわれる剛腕の槍遣いもあって、酒を豪快に呑む姿にもまた実に頼もしく。力自慢の昌輝兄に、一献を賭けて勝負していた矢沢の叔父上との、何時も二人ながらに真っ赤に酔い潰れるまで周りをあきれさせるまでのさま。
いかにも、―――そのようなことがあるとは、天の下に誓って思いはせなんだことよ。
けれど、それは起こったのである。
昌幸はその兄二人の死により、長篠の合戦で討ち死にしたその兄達の替わりに、勝頼公の裁定で真田を継ぐ事となった。
そうとなれば、兄者達の為にも、わしは真田を栄えさせねばならん。
そうして、わしは真田の名を再び頂くこととなった。
それまでも、武藤として御屋形様を支え、真田の兄達に遅れをとるまいと密かに胸に誓っていた昌幸である。
また、兄達の後に生まれたものとして、武田の御屋形様が、昌幸に武藤家を継ぎ、一家を立てることを計って頂いたことへの恩義は何に比すこともできない深い恩義として胸の内にある。
幼い頃の昌幸には、何としても兄達に遅れをとりたくない、兄達の役に立ちたいと熱く焼けてしまうような想いが常に胸に湧き立っていた。
その苦しさを、御屋形様は慮ってくださったのかもしれぬ。
武田信玄公、その懐かしい面影を胸に想いながらも。
その懐かしく胸苦しいような想いは、いまこうして真田本家を負う身となってなお、確かに記憶に刻まれている強い想いである。
で、あるから。
―――源次郎とお呼びください。もう、わたくしは幼い弁丸ではないのです。
はやく大人になりたいという頑なな面持ちの弁丸、否、源次郎信繁に昌幸は頬を僅かに崩したものだ。
元服もせぬというのに、無茶をいうものよ。…
思わずも笑みを零しそうになりながら、此処で笑みなどみせれば、幼い弁丸が意固地になって困ったことをしでかしそうだと、幼い信繁の性分を知ってもいる昌幸は堪えたものだが。
真面目に、意固地に、この兄に比べれば幾らも線の細い子どもは、幾らでも、とんでもないことをしでかす頑固者でもあることを昌幸は知っていた。
あくまで真直ぐでその意味では頑固でもある嫡男として信義を重んずる信幸とは、頑固さが似ているようでまったく異なる所もある信繁の性分である。
よろしい、源次郎。いまから、お主のことを、源次郎と呼ぶようにしよう。他の者達にも、いうておく。
請け負った昌幸を凝っと見詰めて。
――違約なさいませぬよう、父上。
と、云い切った信繁には、しまったと思いながらも、大笑してしまったが。
それに怒りはするが、わかった、源次郎、すまぬ、と謝った父に、その名をお使い頂けますのなら、お許しいたします、とあくまで真面目に眉を寄せて返した信繁である。
我が子ながら、おかしなものよ。
その際のことを思い出すと、いまでも昌幸は笑みが零れる。弁丸が名を改め、源次郎と周囲に呼ばれるようになってもう随分と経つが。
源次郎と名を呼ばれる信繁をみて、既に元服は済んでいるものと思うものも多い。
だが、実際にはいまだ本当に名を改める為の烏帽子親も、元服の義を執り行える次第の整えも、いまだ出来てはいない昌幸であった。
名を、信繁と頂くことは決めてある。
昌幸が、遠く蒼弧として遥かな穹を眺めながら想うのは。
いまは亡き、御屋形様の弟君より御名を頂くこと、信玄公にも許可を頂いてある。
その話をしたときには、随分と気の早いことよと、御屋形様には笑われたものだが。
初めて、戦場に赴き、上杉の軍勢と闘った際、武田信繁、――信玄公の勇猛な弟は、儚い命を露と消えた。
なれど、その勇猛な戦ぶりは昌幸の目蓋に焼き付き、また、兄である信玄公への忠義の姿が、いまだ幼き嫡男に対して、これから息子が生まれることがあれば、そのようにあってほしいと。
信玄公御兄弟のように、兄君を支え、一族を支える力であってほしいと、率直に願い、そう申し出たものであるが。
――御屋形様が亡くなられて、久しい。
さみしく、ぽつりと想うのは、唯々偉大であったその御姿が、未だに亡くなられたとは思わぬほど、目蓋に焼き付き、この胸の内にあるからであろう。
――だが、…さてと、というものだが。
御屋形様を慕う心持ちに寸毫の変化もありはしないが。その御命が亡くなられて、仕舞に跡を継がれた勝頼公も儚くなられ、さて、と。
烏帽子親を、誰に頼んだものか。…
本来なら、勝頼公が生きておられれば、何の迷いも無くその指図に従い、何れかの家臣を勝頼公が指し決め、その烏帽子親の下に信繁も名を改めたに違いない。
…――だがのう、…――。
名を信繁とすることについては、曲げるつもりは微塵も無い。で、あれば、尚のこと。
誰に、するべきか、…――――。
いまだ、元服を正式にはしておらぬ源次郎信繁。
烏帽子親となる相手とは、縁戚を結ぶに等しい為に、慎重に決めなくてはならない物事でもある。
それにより、信繁の命運、否、真田家の命運をもときに動かすことにも成り得る、一つの人生における一大事でもあるのだ。
誰にするか、…――――。
戦は、混沌とした様相を呈している。
吹けばとぶような小さな国衆でしかない真田にとり、一族の後見とも成り得る元服に関わる名付け親――と、いっても既に名は選んであるが―――を、簡単に決める訳にはいかぬ。
源次郎には、不自由をさせているな。
とは思いながら。
しかし、こういった得難い機会は旨く生かさねばならぬ。
後見と成り得る結び付きを、どの家と結ぶのが有利になるか。この生き馬の目を抜く戦国乱世に於いて、幼い我が子の名を改めることにすら、それは調略あるいは、その為の道筋を付ける道具にも成り得るのだと。
幾らかに冷めた眸で、昌幸は刻と処を計り、計略のひとつとして、我が子の名乗りをかえるそのことさえも、手段の一つ、駒のひとつとして胸に置き、掌心に転がしてある。
さて、信繁である。
信繁は、父の思惑など知らず、いまは唯、蒼穹の果てないさまを見あげて、感嘆の面持ちでいる。
信繁の瞳には、いま唯果てない蒼穹が広がっていた。
空が蒼い。蒼穹はあくまで高く、澄んだ青空には、やはり先程より高く鳥の舞う姿が見えている。
わけも解らず、唯駆け出して行きたいような、逸るままに戦に駆け、武功を立てたい、―――端武者ではなく、小倅とはいえ、真田の一族、そのいまは主となる真田昌幸の息子であり、嫡男信幸の弟である信繁であるから、そのような戦表で小者のとるような戦働きなど、するものでないとは解ってはいたが。
いや、わたくしだとて、兄上の為に、そのように戦の表に立つこともあるやもしれぬ。
その際には躊躇わずに、兄上の役に立つのだ、と。
まだ幼さを残す面に、きっとくちを結んで思うのは、やはり武功を立て華やかに戦表に立つ武者達の聞き伝えが、信繁の脳裏にも強く焼き付いているからであろう。
何といっても、槍働きこそが一番の戦働き。
戦の華ともいわれることは、やはり常に憬れと血の湧き立つような思いとともに胸にあるのだ。
尤も、剣をとっては、兄上の方がずうっと剛の者だけれども。
少し眸を伏せて、困ったな、と思うのはそのことだ。
何しろ、当然ながら兄は兄であり、年が上となるだけ、信繁よりも技、力、…――すべてに於いて、やはり一目も二目も周りから見てもまた、兄信幸の方が上であるのだ。
――困ったものだけれど、…。でも、兄上の方が上手いのは当然のことではあるのだが、と。
真面目に困って思うのは、いまだ剛の者などとは口が裂けてもいえぬ己の腕についてである。
体格的に、どうにも兄には劣り、年の差を想えばそれは仕方がないと周囲もいい、納得もしているのだが。その上、兄信幸は確かに信繁の贔屓目をおいても、やはり武に長けた方であると思われるのだ。
剛の者といわれてもおかしくないだけの腕を持つ兄が、しかし、物静かな常において、力をひけらかすことなく端然として在る為に、音に聞える剛勇としたような評判を持ってはいないことは、信繁にとり、ほっともするような、あるいは少しばかり残念でもある心地にもなることである。
兄上は真田を継がれるのだから、単純な剛の者などという評判が立たれても、それは困るのだけど。
何につけても、空を眺めても、こうして野山を里を見張らせる丘の上より眺めてあるときにも、つい兄信幸のことに思いを馳せてしまう。
まあ、わたくしが兄上のことを想うのはいいのだ。何しろわたくしは兄上を援けていくのだから。
けれど、まあ、…。
と、暫し、困ったように樹木を眺める。その間に姿を現しているのは、あれは猪でもあろうか。日陰に動かずにいる塊を、見るともなく、視界の端において注視することから外しながら、ふう、と息を吐く。
わたくしは、兄上のお役に立つことができるのだろうか?
少しばかり、くちもとを結んで想うのはそのことである。
もう、既に随分と以前に思える刻のこと、――――。
そう、それはこの真田の郷でのことでは無かった。
武田の御屋形様、…――――。
想えば、あの御方がおられた頃が、まるで幻のように遠く想われる。
悲痛な想いで主を見送り、口惜しくも怒りと憤りと、物事が何と思った通りにはいかれないものかと。
その理不尽を抱いた、いま既に失われた主の背を見送りし刻の想いは、口惜しさと痛みと共に此処にあるが。
いま、信繁が思いだすのは、それより以前。
もう随分と遠い日であるかのように思えるが、まだそれほど経ちはしていない日々のことだ。
武田の御屋形様のもと、人質として暮らしていたあの頃。
真田を何れ継ぐ身として、信幸はその母山手殿と共に人質にとられていた。尤も、それは珍しいことではなく、父昌幸が城の造作を任された城内において、それほどの不自由を強いられた暮しでもない。
否、むしろ、既に勝頼公が後見として、形は次代の地位を継いだ武田信勝――御屋形様である勝頼公の御子息信勝様と共に、他の家臣の子息らと共に暮らし、あるいは戦の仕置を学び、四書五経などを学び、あるいは、野駆けに武田の若殿と共に駆けることもある。
信勝様と共に信幸は元服し、その信という一字を頂き、将来の宿老としてお仕えする為の日々を暮らし始めていた。
それはまた、武藤家を一度は継いだ父昌幸が、その兄達の思いもよらぬ死により真田を継ぐこととなり、信幸の立場もまた真田を継ぐ嫡男としての立場へと変転したことにもよる。父昌幸は、武田の親類としての武藤家にいまは亡き信玄公により引き上げられ。さらにお仕えする内に、武田二十四将としての地位を固め、また信玄公の両眼の如きものとして戦において重きをなしていくようになり武田家重臣としての地位を得ていた。
武田家宿老としての立場を得た昌幸は、信玄公亡きあと勝頼公を支えてあり、さらに先年、長篠の戦に於いて、思いもかけぬことに真田本家を継ぐ長兄信綱と次兄昌輝が共に討ち死に。勝頼公の裁定をもって真田家を昌幸は継ぐこととなったのである。
かくして、武藤家より出た昌幸は、真田家に戻り、名も真田昌幸と名乗ることとなる。それでも宿老としての立場は変わらず、昌幸は真田でありながら武田家宿老として動くことにもなった。
昌幸の立場が変わり、信幸もまた真田家嫡男として、さらに武田家の次代である信勝様にお仕えする身として、新たな名に於いて元服を行っている。
真田源三郎信幸とは、そうして武田信勝の一字を頂いて得た名であった。
人質として暮らしながらも、それはまた将来の主である信勝の傍で他の家臣達の子等と共に暮らし、お仕えする日々でもある。
また、そうして将来の主を支える為、真田の郷にあるだけでは得られぬ教養や知識、礼儀作法に戦の上での戦い方、その他のことを学ぶ機会でもあり、得難いことでもあった。
そうして、兄信幸が信勝様にお仕えする日々を暮らす中に、源次郎信繁――幼名弁丸は、信勝のもとへ出仕する兄を見送りながら、同じく人質としてある母と共にこの新府の館に暮らしている。
源次郎――弁丸の身分は人質ではない。
兄と母が人質として武田家の元に暮らすのに、まだ幼い弁丸は、兄信幸の配下となるものとして付き従っている。
父昌幸は勝頼公の命により戦に離れ留守が多く、この新府に与えられた真田の屋敷には、兄信幸に母と弁丸。
母の身の回りを世話する女達に、その他の諸々の世話をする小者達が暮らしている。
それに、矢沢三十郎頼幸が、実際の家宰をみる為に付添っていた。
無論、昌幸が留守の間、一行の頭となるのは当然ながら、嫡男信幸。しかし、信幸もいまだ年少の為、その補佐をする為に、この彼等には叔父となる三十郎が、世話をみる形となり付いているのだ。
矢沢頼幸の役目は、まだ幼い兄弟達を守ることであり、また武田の家臣達と信幸との間を取り持つことでもある。
矢沢の家は昌幸の父幸綱の代にその弟である頼綱が立て、以来、矢沢家は真田家を補佐する一家として、その紐帯を強くしてある。矢沢三十郎頼幸はその矢沢頼綱の息子であり、昌幸には従兄弟でもある。
その矢沢三十郎頼幸に守られながら、信幸と信繁兄弟は母と共に新府にて暮らしていた。
新府は、新しく勝頼公が築くこととした城である。
城は、故にいつ何処をみても何処かしら築城の槌音が響き、伐られたばかりの新しい木の香りが、これも真新しい館と共に、忙しく働く人々の動く活気と共にみえている。
弁丸は、その城の造られてく様子が好きであった。
新しい木の香りも、忙しく働く人々もまた好ましい。
土を捏ね、土塁を築き、堀を深く人々が造り上げていく。
動く人々も、その指図をするものたちも。
あるいは、地形を使いより堅固にと日々変化していくさまは、何にもまして見飽きぬものでもあった。
忙しく働く人々に、槌音が響く内には、まるでこの先この城が見舞われる何事をも、予見するものなどありはしない。
唯、働く人々の活気が、気持ち良く空を流れている。
弁丸は、そうして今日もまた与えられた屋敷を出て、城の築かれるさまを見に外へと跳び出ていた。
素早く走り出ていく弁丸の瞳は煌めいている。
森の青葉は深い。その中に切り拓かれて打ち建てられていく新府の城は、いかにもまばゆく、駆けていく弁丸の瞳もまた輝いている。
小柄ですばしこい弁丸の身は、軽く空を駆け飛ぶようにしていく。
今日はこうして、弁丸は新府の城の築かれる中に、切り立つ断崖を見に行こうと決めていた。
滔々と流れる激しい河の岸辺に立つ断崖絶壁を一面とする地に、新府の城は築かれつつある。
その厳しい崖の落ちれば命の無いであろう辺りを、弁丸は今日覗きに行こうというのである。
三十郎殿も、今日は兄上の用に立たれて屋敷におられぬ。
危ない辺りに行くのは、実をいえば止められている。
次男であるとはいえ、供も連れずに歩くことなど、本来は許されることではないが。早朝の用に紛れて、母上の用などいいつけて、巻いた小者達をちらりとおもうが。
ついて来られては、見にいけぬもの。
悪戯に明るく輝く瞳で思うと、また駆ける足を早める弁丸である。
そうした、人質ではありながら、何処か長閑でもあった武田の城――新府城で過ごす年月である。
騒がしい戦の風は、とうにこの真田の郷へと吹き付けている。
百華の咲き誇る春を、山里は忙しくこの初夏に共に迎え、その華は、すでに戦場に散らせようという嵐が到来しようとしている。
華の季節は、山里にはいつも束の間である。
華の咲き、散り誇る戦場の到来を告げる風が吹く。
百華繚乱。
戦場に散る華の、盛大なる刻が信繁達の上にも、いままさに訪れようとしていた。
館へと入る前に、信繁が、ふと蒼さの残る穹を眺めた。
蒼穹を振り仰ぎ、暫し見つめて。
百華繚乱。
華の散る刻は、いますぐ其処に。――――
戦の風が、真田の郷に華を散らそうとしている。
百華繚乱
了




