ビジュ推しが雑に告ってきて蛙化したので、好みどストライクど真ん中の陰キャ君にオールインした
「この俺様が結婚してやらなくもないぞ!アンリエッタよ!さあ、歓喜に打ち震えるがいい!」
このセリフを聞いて、誰もがこう思ったに違いない。
勘違いナルシスト馬鹿野郎が!!!調子に乗んじゃねぇ!!!
と。
今日も、アンリエッタ・レジェスタシエが学園の廊下を歩けば皆が脇に避け、道を譲る。
しかしいつもと違うのは、ひそひそとした話し声が聞こえてくることだろう。そしてその内容は昨日のあのナルシスト勘違い馬鹿野郎に関することに違いない。
あれと共に私の名前まで挙がっているかと思うと、虫唾が走る。王家をも凌ぐ影響力を持つ公爵家令嬢にして、完璧な私の経歴に傷を付けないで頂きたい。
まあ?あんな顔と剣だけの脳筋男に熱を上げていた私も若干、ほんの少し、悪かったかもだけれど、あれはない。あれを聞いたら百年の恋も冷めるというものだ。
剣術の腕が悪くなかったから、将来公爵家の騎士団に勧誘しようと思って気に掛けて差し上げましたのに、あの気持ち悪さだけでその気が失せましたわ。今からでも私のお金と時間を返して頂きたいものだわ、まったく。
でも、失ったものをいつまでも嘆いても仕方ないわ。しっかり稼いでマイナスをプラスにすればいいだけの話だわ。私には公爵令嬢としての地位も、影響力も、資金も、美貌も、頭脳もあるのだから。
人目がある場所から離れ、よく利用しているベンチだけがポツンと置かれている裏庭の穴場スポットへ腰を落ち着ける。ポカポカとした日差しとゆらゆらと髪を揺らす風が気持ちいい。
さて。今の流行的には何が売れるかしら。
今、私が興しているのが、服飾店、カフェ、美容製品専門店の三つ。
次の夜会では私がデザインした新しいドレスを着ていくつもりだから、きっとこれも売り出せば流行に乗ってくれるだろうし、昨日から販売開始の新作スイーツも完売しているし、新ブランドの美容用品も事前広告を丁寧に行ったおかげか、順番待ち状態が続いているし。
…これは何も手を打たなくても、そのうち損失分を穴埋め出来てしまうわね…。
でも、新しい事業を興すのもありかもしれないわ!いいえ、そうしましょう!
そうと決まればまず初めに、業種を決定しないといけないわね。
私の経営事業の顧客は主に女性、となると男性をターゲットにした新たな事業に挑戦してみようかしら。
でも男性って、どういうサービスや商品を求めているのかしら…。
……どれだけ考えてもアイデア出てきませんわ!こういう時は甘いものを食べるに限りますわ!
思い立ったが吉日!とばかりにサッと立ち上がり、自身のカフェへ向かおうと足を踏み出した。そして建物の角を曲がった時、誰かとぶつかってよろけてしまった。
「誰ですの?ちゃんと前を見て歩いてほしいわ!」
「…申し訳ございません」
ぶつかった相手は勢い余って物を落としてしまったようで、地面には彼の物と思しき本が散らばっていた。彼はそれらの装丁を一つ一つ丁寧に確認しながら拾う。そしてすべてを拾い終え、最後にもう一度「申し訳ございませんでした」と言い残してこの場を去ろうとした。
しかしその相手、ディートリッヒ・へーベルシュカミラ伯爵令息に対して私は我慢ならなかった。
「ちょっと待ちなさい!」
私が呼び止めたことで彼は足を止め、ゆっくりとこちらに振り返ったのだった。
このディートリッヒ・へーベルシュカミラという男は、この学園に特待生として入学からずっと試験で全教科満点を叩き出し続けている、紛れもない天才である。この私が贔屓目なしに天才と認めているにも拘わらず、この男だけは気に掛ける事をしなかった。
何故って?それはこの男の身なりがあまりにも酷いからよ!
この男が身に着けている服装の材質もデザインも悪くないし、使用している装飾品も実用的でありながら上品でセンスがいい。
なのに、なのに!顔面を覆い隠すほどに自身の黒髪を伸ばして清潔さの欠片もないのが、本当に、本当に、許せない!
目がこちらから見えないのであれば、本人だってちゃんと見えていないでしょう?!整えてしまえば視界良好で効率が良くなること間違いなしですわ!周囲の人々からの評判だって変わるに違いない!
今まで抱え続けてきた不満が一気に爆発し、ツカツカと彼に歩み寄って前髪をガッ!と右手で持ち上げた。
「?!何をするのですか!?」
抗議している彼を余所に、私は息を呑んで絶句した。
白く綺麗な肌、整えられた眉、長い睫毛、高くスッと通った鼻筋、薄い唇。
そして何といっても、数々の宝石を鑑賞してきた私が引き込まれるほどの、銀青色の瞳。
美しい
それ以外の言葉が、…いいえ。それだけでは到底表せないほどの…。
「…どうして隠しているのよ?!」
「え?それは、」
「今すぐに髪型を整えに行くわよ!」
「何故ですか?!」
「何故も何もないわ!これほどの美貌をしているのに活かさないなんて、許しませんわ!」
彼の反論も抵抗も黙殺して馬車へ突っ込み、自身の経営している服飾店へ直行する。そしてスタッフ達に引き合わせ、彼の顔面を見せる。
ここに務めている人は全員洩れなく美意識が高いうえに、美しい物や人に目がない。
ならば、彼女達が素顔を知った瞬間に、美魂に火が付くことは自明の理である。
すぐさま髪の毛を整えるグループと服装を選ぶグループ、小物を選ぶグループにそれぞれ分かれ、連携して磨き上げていく。
私は服装選びに参加しましたが、やはり服飾のエキスパートかつ、毎日お客様に接して似合うコーディネートを勧めているだけあって、選んだどの服も彼に似合うものばかり。それに合わせて小物もああでもないこうでもないと議論を交わしながら楽しく選んだ。
髪を切っただけで充分魅力的に変わった彼に衣装一式を押し付けて、試着室へ無理矢理押し込む。
そして着替えて出てきたのが、100人中100人が美青年と認めること間違いなしの美の化身だった。
その完璧な姿をスタッフ全員で観賞して、達成感を味わう。
本当にいい仕事をした。ここ数年で最もやりがいがあったわ!
でも、満足している私達とは裏腹に彼だけは眉間に皺を寄せていた。
「何故そのような顔をするのかしら?どこか気に入らない所がありまして?」
「…皆様が身なりを整えて下さいました事に、感謝申し上げます。しかし、私は一言もお願いしておりません」
私が無理矢理連れてきたのだし。当たり前ね。
「それはそうね。でも、皆の働きは素晴らしかったでしょう?」
「それは、そうですね。ここまで自分が変わるとは思いもしませんでした」
「気に入りまして?」
「…はい」
「良かったですわ!」
スタッフの仕事を褒められると自分の事のように嬉しいわ。でも出来れば、本人にも喜んで欲しかったわね。
無理矢理だったし、好みも聞いていないし。私達の好きなようにコーディネートしたもの。仕方ないわ。
彼は複雑そうな表情をして自身の格好を確認した後、小さく溜息を吐いた。
「…請求書をへーベルシュカミラ伯爵家へ、お願い致します」
「あら、お代はいらないわよ?」
「……は?何を言っているのですか?彼女らの働きに見合う報酬を、私が支払うのは当然ではありませんか!」
嬉しい事を言ってくれるのね、貴方は。
他の令嬢や令息は私の経営するお店に連れていくと、必ず無料で飲食をしたり、商品を持ち帰ったりする。支払おうとしてくれたのは彼が初めてだ。
「そう言って頂けるのは嬉しいのだけれど、私が貴女の姿に納得できなくてやっただけだもの。それでお代を請求するのは詐欺ではないかしら」
「それはそうですが。しかし、一方的に与えられるだけというのは性に合いません。私に出来る事なら何でもしましょう」
その見た目で何でもするはちょっと危機管理が甘いと思うわ。変なことに巻き込まれないように忠告しておくべきね。
「何でも、だなんて軽々しく言わない方がいいわよ。世の中には、常人では想像の付かない事をする人もいるのだから、ね?」
「…そうですね。先程の言葉を訂正させて頂きます。何か私に出来る事はございませんか」
あまり変わっていないように聞こえるのだけれど?本人も納得しているし、これ以上言い募るのは余計なお世話ね。
そして彼にして欲しい事、ね。何かしら?どうせなら、天才である彼の能力を生かせるお願いがいいわね…………ってそうだわ!
「貴方!私と一緒に共同事業をしてくれないかしら?!」
「はい?」
「男性をターゲットにした新しい事業を興そうと考えていたのだけれど、私だけでは上手くいく未来が見えなくて。でも、貴方とだったら絶対に成功するわ!私の勘がそう言っているもの!」
「勘って…そんな曖昧な物を根拠に出されても困ります」
「貴方は私にアイデアをくれるだけでいいの!資金や備品はこちらで全部準備するから!ね?お願い!」
「……はぁ。分かりました、お受け致します」
「ありがとう!これからよろしくね!」
こうして私達は共同経営者となり、議論を重ねて少しずつ事業を進めていった。次第に、学園でも時間の合う時は限りなく一緒に行動をするようにもなった。
そして今日も、ふたりで昼食を食べながら次の試験について話し合っていた時だった。
「アンリエッタ!なぜ我が家への支援を打ち切った?!それに婚約の書状も届いていないぞ!寛大にも俺様はずっと待ってやっているのだぞ?!」
突然来て喚きだしたのは、あの時のナルシスト勘違い馬鹿野郎だった。本当に品がない。私達が食事中なのが見えてないのかしら?こんなゴミだって知っていたら、時間を無駄にしませんでしたのに。
一緒のテーブルにいるディートリッヒ様も眉を顰めているわ。美形はそれでも美しいのね。
「何を言っているのかしら?婚約?私と貴女が?寝言は寝てから言いなさい。それと、たかが伯爵家の三男風情が私に話しかけないで下さる?迷惑ですわ」
「な、な、な、何を言っている?!お前は俺様を愛しているではないか!!だから俺様はそれに応えてやろうと!!!」
何を勘違いしているのか、このゴミは。
私はただ自領騎士団の新人として勧誘するために貧乏伯爵家の支援をしてやっただけで、それ以上はただ顔面が良かったから、崩れないように維持費を出しただけ。
でもそれも、ディートリッヒ様を見つけたから必要なくなったものね。
「愛している?私が?貴方を?何故?」
「何を言っているのだ、アンリエッタ!今ならばまだ、謝れば許してやらなくもないのだぞ?!」
「ですから、何故、公爵令嬢である私が、貴女に、許してもらわねばならないのかしら?」
「将来俺様とお前は結婚するだろ!!だから未来の夫である俺様は広い心で許してやろうと!!」
勘違いも甚だしい。
「貴方のようなメリットも何もない人間と結婚するわけないでしょう?それと、公爵令嬢である私をお前と呼ぶのは不敬でしてよ?我がレジェスタシエ公爵家は今後、貴方方伯爵家とのお付き合いを控えさせて頂きますわね。……誰か、この者を摘まみ出して頂戴」
私の言葉に瞬時に応えてくれた生徒たちによって、汚物は処分されたわ。
まったくもって気持ちの悪い。でも、これですっきり致しましたわ。ゴミの家は我が家の支援がなければ学園に通えませんもの。
「…あれは一体何だったのですか?」
ディートリッヒ様には申し訳ない事をしましたわ。
また今度埋め合わせに何か差し上げましょう。何がいいかしら!
「面倒事に巻き込んでしまって申し訳ありませんわ。未来の領地経営に必要な人材育成のつもりで資金援助をしていたのを、勘違いされてしまったようですわ」
「そうですか。大変でしたね」
「ええ。一応気に掛けていましたのに、無碍にされてしまいましたもの。でも、貴方と出会うための布石と考えたら、いい仕事をしてくれたと思いませんこと?」
「…それはそうですね。私は彼に感謝しないといけないのでしょうか」
そんなの、あのゴミにはもったいないですわ!
「感謝するなら、私にして下さいまし!」
「ええ、ありがとうございます。アンリエッタ様」
曇りのない、ただただ美しいディートリッヒ様の笑み。
彼が笑うだけで周囲からは歓声が上がり、時には人が倒れる。魔性の美。
そんな彼が、私と過ごしている時間を楽しんでくれているようで嬉しいわ。
そして。
「ねえ、ディー?」
「どうかした?アンリ」
ディーが書類に視線を向けたまま返事をした。
今までの私だったら怒っていたけれど、そんな事言っているような暇はない。
あれから私達の共同事業は大成功を収め、今や睡眠時間を割いて何とか回しているほどに忙しい。
そしてその中で私達の仲は深まったと思う。
だから。
「私たち、結婚致しませんこと?」
「……はあ?!」
彼に視線を向けると、持っていた書類を落として目を見開き、私を凝視していた。
常人であれば間抜けに見えるはずの顔も、彼だったら美しく映るのだからズルいわ。
「そんなに驚きます?」
「驚くだろう!普通!」
「それで、返事はどうなんですの?」
「…先ずは恋人からなら」
恋人…デートに行ったり、手をつないだり、キス、なんかもしちゃったり…!?
それはそれは楽しそうですわね!
けれど。
「分かりましたわ!公爵家から伯爵家へ書状を届けさせますわね!」
「私の話は聞いていたか?!」
「うふふ…!」
私、今まで欲しい物は全部手に入れてきましたの。
だから今回も、そのための努力は惜しまなくってよ!
覚悟して下さいませ、ディー?
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でも、
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